第8話 漆黒のワインディングと、革つなぎの谷間
ここは野呂山。俺たちの乗る黒塗りの外車は、街灯ひとつない暗闇を縫うようにして、ぐんぐんと標高を上げていく。
今から3~40年前、バイクブーム全盛期には『峠を攻める』ライダーたちで溢れかえっていたという、地元の走り屋たちの聖地だ。今はその熱狂も遠い過去。たまに夜景目当てのカップルがドライブに来るくらいで、すれ違う車もほとんどない。
道は片側一車線だが、路面はひび割れ、つづら折りの急カーブが連続している。免許を持たず、普段は電動ママチャリに乗るのが精一杯の俺にとっては、ここをバイクで飛ばすなんて、物理法則への挑戦を通り越して自殺行為にしか思えない。
ふと膝の上を見ると、丸まっていたミケたろうの髭が、静電気を帯びたようにピンと逆立っていた。さっきまで眠そうにしていた金の瞳が、暗闇の中で爛々と輝き始める。
「……ミケたろう。何か感じてるのか?」
ミケたろうの背中の毛が、風もないのに逆立った。
「まあニャ。いるみたいだニャ……。なかなかの『脂』が乗った強者がニャ」
その言葉に呼応するように、俺の左手首がぶるぶると震えた。UFOマニアの父さんが自作した『特殊磁場感知装置・マークIV』が反応しているのだ。俺の腕時計に仕込まれたセンサーが異常磁場を察知し、スマホのアプリへと「非物質的質量:接近中」の警告信号を送り続けている。
さらに、ミケたろうの眷属にされた影響だろうか。俺の感覚は今、野生動物並みに研ぎ澄まされていた。夜目が効き、車外を流れる湿った草木の匂いや、風を切る音の中に混じる『異質なノイズ』が手に取るようにわかる。
「今感じた気配を、よく覚えておきなさい。後で必ず襲ってきますわよ」
隣に座る奏先輩が、横顔に厳格な色を浮かべて命じてくる。その冷徹な声の響きに、俺は思わず生唾を飲み込んだ。バトルの予感が、胃のあたりを冷たく締め付ける。
***
車は峠道を登り切った先にあるロータリーを抜け、広い駐車場へと滑り込んだ。そこには、一台の見慣れない大型トレーラーが、闇に潜む巨大な獣のように静かに停車していた。
「二人はここで待機していなさい。わたくしは支度がありますので。……すぐ戻りますわ」
先輩はそう言い残すと、颯爽と車を降りてトレーラーの方へと消えていった。
四月の山の上は、想像以上に冷え込む。車外に出て待っていると、十数分後に大型トレーラーの後部扉が重々しく開放された。プシュッ、というエアブレーキのような音が響き、路面にスロープが降ろされる。奥の作業用ライトに照らされて、一人の人影が現れた。
そこに立っていたのは、身体のラインを容赦なく強調するロードレーサー仕様の革つなぎに身を包んだ、奏先輩だった。彼女は一台の純白のフルカウルバイク――どう見ても排気量750cc以上はありそうなマシンを押し出し、左腕にフルフェイスのヘルメットを下げている。
「先輩! 今日はバイクで除霊するんですか? ……っていうか、うちの高校ってバイクの免許、取得禁止じゃなかったでしたっけ?」
「ホーッホッホッホッ! 愚問ですわ、天応くん」
先輩は不敵に笑うと、つなぎのフロントファスナーを少しだけ降ろした。そしてあろうことか、露わになった豊かな胸の谷間から、一枚のカードを指先でつまみ出したのだ。
「……っ、どこに、何を挟んでるんですか!?」
(……待て。今の動き、“取り出す”ための角度じゃない。演出だ)
「プロの陰陽師がいざ移動という場合に、『足』がなくては仕事になりませんもの。十六歳の誕生日を過ぎてすぐに、運転免許は取得済みですの」
誇らしげに掲げられた免許証。だが、俺の異常に研ぎ澄まされた観察眼(とマニア特有の細部への執着)は誤魔化せない。一瞬、月明かりに照らされたその券面を脳内カメラがズームする。
「……先輩。その免許ですけど、車種の欄……『原付』しか載ってないんじゃ……?」
ギクッ、と先輩の肩が跳ねた。しかし、彼女は一瞬で鉄面皮を取り戻す。
「……よく見ましたわね。さすがの観察眼ですわ」
「いやいや、それより今の、完全に無免許運転の独白ですよね? そのバイク、原付じゃないですよね?」
――ドスッ!!
俺が言い終わるより早く、すでに先輩の拳は“そこにあった”。目にも留まらぬボディーブローが、俺の鳩尾を正確に撃ち抜く。
「アウッ!? ど、どうして……事実を……」
「些細な事には、目を瞑るように! いいわね?」
「……イエッサー……(声にならない絶叫)」
膝を折る俺を見かねて、足元のミケたろうが声を上げた。
「奏! わしの相棒をいじめるんじゃないニャ。それより、これから始める『除霊・調伏』の説明をしろニャ!」
「……そうですわね。では、お話ししましょう」
***
夜21時。駐車場を包む闇はいよいよ深まり、俺たちは一度、暖房の効いた車内へと戻った。初老のダンディな運転手さんが、気を利かせてサンドイッチと温かい缶コーヒーを差し入れてくれる。
「では、この野呂山の怪異について説明しますわ」
「お願いします!」
俺はコーヒーの熱で凍えた指を温めながら、先輩の言葉に耳を傾けた。
「ずばり……怪異の名は、『首なしライダー』。現代に蔓延る、暴走系の新妖怪ですわ。夜の山道を攻めるライダーや改造車を標的に、どこからともなく背後に現れて『ハイビーム』で追い回します」
「追い回すだけなんですか?」
「いいえ。奴に追いつかれ、追い越されるその瞬間……犠牲者は見てしまうのです。大型バイクに跨り、超高速でマシンを操るそのライダーに……『首』がないのを」
「ヒエェェェェ……ッ! 人間だったモノの怨霊……一番データ化しづらいやつだ!」
俺が震え上がると、ミケたろうが呆れたように鼻を鳴らした。
「翔、お前。未確認生物とか妖怪の類は平気なのに、幽霊系は怖いのかニャ?」
「当たり前だろ! 意思疎通ができない残留思念は、未知のウイルスより厄介なんだから! ……っておおい! ミケたろう! ツナマヨのサンドイッチだけ全部食べるんじゃない!」
「ご馳走様でしたニャ。ウマウマですニャ!」
「はっ! わたくしのも、ツナサンドだけ抜き取られてますわ! この泥棒猫めぇーっ!」
「油断するのが悪いのニャ。それより奏、本気でそのバイク(無免許)で、あの『首なし』と勝負するつもりかニャ?」
「そのつもりで用意したのよ。……当然、あなたたちも協力してもらうわよ!!」
奏先輩の凛とした、しかしどこか狂気を孕んだ宣言が、静まり返った車内に響き渡った。
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