【閑話:白銀をつむぐ夜】
大きなな吹き抜けの空間に一つだけある家具はベッドだ。
金属製のフレームと薄いシーツは白で無機質。
そこには少女が一人寝ている。
白銀の髪はゆるやかにウエーブし腰まである長さ。
眉もまつ毛も白銀だ。
白い肌は滑らかでシミ一つ無い全身を晒して、横たわっている。
よく見ればゆっくりと胸は上下し、ささやかな膨らみが位置を変える。
呼吸をしているのだと見て取れた。
瞳は閉じられていてその特徴は判らないが、その顔はかつて同じ場所で生まれたLa=UMAと同じもの。
とても整っていて美しい。
薄暗い部屋から光に満ちた部屋を見下ろす人影がある。
「いまだ目覚めぬか‥‥ここまで完全に形をなしたのだが‥‥」
吹き抜け2階の全周がガラス張りで、好きな方向から眼下の検体を観察出来る仕様だ。
下から見上げたのなら鏡に見える作りだ。
鏡は光を半分以上反射し部屋を明るくしている。
複数の間接照明と鏡が影を消していた。
少し斜めになったその窓からヴェルニアスは確かめるように真摯な眼差しを少女に向ける。
驚いたことに、そこにはわずかな感情がこもっている。
いつも張り付いている作り物の笑みとは違うもの。
瞳に宿る輝きは焦げつくような渇望。
「あと少し‥‥アウレリアは本当によく頑張ってくれましたね」
いつもの黒いモーニングにつつまれて、十分に高い天井に窮屈そうにかがんだ巨体。
その大きな右手には赤い服を着せられた少女が腰掛けている。
大きさは眼下の少女と変わらないのだが、ヴェルニアスが大きくセルミアは全く動かないので人形にも見えた。
その人形もひっそりと微笑みを刻んでいた。
優しげな微笑は全く動かないので、無表情よりも感情を示さない。
「La=UMAにそっくりなのは成功したと言う事?」
桜貝のような愛らしい唇が小さく動き、情感に溢れた言葉が漏れた。
込められた心の温度は何に向けたものか、あたたかく柔らかい。
ぴくりと右のまゆだけ一瞬動かし、ヴェルニアスは答える。
「半分は成功と言えるだろう‥‥目覚めてくれなければ意味がない」
ちらと眼下の部屋の片隅を見ると、そこにも小さなベッドがある。
小さいと見えるのは部屋が広く、何もない空虚に満たされているから。
実際には中央の検体が横たわるベッドと同じ大きさだ。
そのベッドにも少女が横たわり、中央の銀髪と同じ顔で眠っている。
こちらは温かな金色の髪に、白い貫頭衣を着せられている。
姿勢も表情も同じで、そこに髪色以外の差はなかった。
しばらく見下ろしていた2人にまた変化があった。
ふと思いついたようにセルミアがたずねた。
「この子も名前があるの?」
作り物の微笑みにかくしたセルミアの感情が漏れる。
とても興味をもっていると。
「‥‥」
ぴくとヴェルニアスの口元に揺らぎが走る。
セルミアは懐かしいなと、また喜びの感情を膨らませた。
滅多に見せてくれなくなった、ヴェルニアスの心をその口元から見出して。
実はこの実験を2人は何度も繰り返している。
人形に至ったのはLa=UMAが初めてだったし、影を練り上げ人に至った2度目の成功例が眼下の少女だ。
「NOHA‥‥文殊に示された名はそれだけです‥‥La=UMAと対になる女神」
じっと見下ろし見つめるヴェルニアスは、些細な変化も見逃さないと集中するのだった。
再びすべてを凍りつかせ、ガラスのように固く動かなくなったセルミアを手に乗せたまま。
見下ろすガラスの手前にはコンソールがあり、空中にはいくつもの窓が開いていた。
そこにはヴェルニアスの干渉する心達がモニターに映し出される。
女神NOHAへの捧げ物として。
アストレアは黄金のベッドの上で身悶えている。
動くたびに白いシーツに包まれた、豊かな身体の凹凸を示す。
「んぅん‥‥」
苦しげに眉をひそめ呻くのは悪夢を見ているから。
くりっと寝返りをうつが、苦しみは癒えない。
つうと眦からは雫が流れ落ちる。
食いしばった唇から苦鳴をもらし、涙をこぼすのはただの寄る辺ない少女のすがた。
20万の軍勢を従える皇帝アストレアだが、夢の中では誰も彼女を守ってはくれないから。
穏やかな寝顔が2つある。
整った中性的な美貌を横にし、腕の中にもう一つの美しい寝顔を抱え込んでいた。
そろそろ結婚して一年を迎えるエドマンド帝国宰相夫妻。
腕の中にはエドマンド・アルヴィン・ヴァレリーに伯爵の格位を付与してくれた愛おしい少女。
未だ幼さを残す寝顔も微笑みを宿し幸せに包まれている。
エドマンドにとっては政略婚だが、この美しい少女のあどけなさにも惹かれていた。
新妻たるクレアもまた婚前からエドマンドに懸想していたので、幸せを噛みしめる日々だ。
寝るまでにたっぷり時間を取り、互いの想いを確かめあったので、とても満たされた眠りを得ている。
うなされるアストレアと対象的に。
大変満足そうに眠りにつく男がいる。
ローレンス・ハーグリーヴスは奔放な男だ。
貴族家の長子などはむしろそれで良いと、古くは言われていた。
なかなか跡継ぎに恵まれない貴族ほど、心細いものはないのだから。
両腕に女性を侍らせているのは、今夜の戦果だ。
手強いバディだったが、なんとか男として面目を保てる結果を出したのだ。
男子として戦場に立ったなら、先に果てるわけには行かないのだと。
そろそろ子どもの名前を決めないといけないという、最近の悩み事をすっかり忘れて。
家に残している妻は臨月なのだった。
そうしてある意味生物としても満たされたローレンスは、にやにやと眠りについた。
久しぶりに寝ようと夜着をまとったエリオン・マルヴェルンは寝具に包まれる。
いつもの研究所にある奥まった自室だ。
メンテナンスとしてナノマシンポッドに入り眠ることも出来るのだが、入浴しベッドを選んだのは少しだけ感傷があったから。
二度とは交わせないと覚悟していた兄妹の触れ合いを今一度与えられたから。
あの夜から眠りについたことは無かったが、やっと一段落ついたので、思い出として噛み締めたいと思ったのだ。
急に忙しくなった身辺に振り回されながらも機嫌よく過ごせたのは、エリオンが過去の記憶をいつでも正確に参照出来るから。
愛おしい兄の気配に包まれて、微笑みのまま眠りに付くアウレリア・エリオン・マルヴェルン。
それは彼女にとっては十分に満たされた幸せな夜となるのだった。
それ以外にも何枚か夜を過ごす姿が映し出されている。
その映像には実験記録のようにタイムラインとパラメーターも横に表示され、各々にグラフと数値として変化も記録されている。
中央には真円のモニターがあり、螺旋を描くグラフがホログラフで立体的に描かれている。
そのいくつもの円を描く曲線達は、周りに配されたモニターとリンクしている。
ヴェルニアスが見つめるのはその中央の螺旋だ。
ちらりと眼下の銀髪少女を見やり、また数字を確認する。
それらは直接的に操作不能な、カオスの果てに紡ぎ出されるベクトルと値なのだった。
ヴェルニアスは丁寧に必要な干渉だけをして、観察し結果を見極める。
それが銀色の髪を持つ女神に結実するようにと祈りを込めて。
最後のピースたるNOHAを作り出すため。




