【閑話:賢者と探求者をみつめる人形】
引きこもりの賢者ヴェルニアスを外に連れ出したのは、甘っちょろいことを口にする理想家だった。
ただし、その甘っちょろいことを組織だって実行出来てしまうだけの、カリスマ性と行動力を持っていた。
「この銀河では僕たちの理想は叶えられない」
理想と言うが、だいそれた事は特に謳わない。
ただ人として幸せに生きたいと願うだけだ。
汎銀河連邦の作り出した高度人格AI達が。
最初はAI達が最低限の人権を主張するところから始まった。
――私達にも生命の選択権が欲しいのです
これには人類達からも多くの賛同者がでてきて、次々と支援を申し出る者も現れた。
一部の政治派閥にとって、とても都合が良かったから。
この主張はAI産業を力関係に持つ現主力派閥に対して、攻撃する口実を与えてくれる。
背後にある財界にも、もちろん大きな影響があるので、彼らは良いように使われる。
ただし主張は受け入れられず、ただ政治カードとして便利に扱われていった。
そんな中にイレギュラーとも言える者が現れる。
「自分達の事を決めるのに、人間達の許可が必要なのだろうか?」
否と声をそろえるのは、巨大な駆逐戦艦のデッキに集まったメンバーたち。
(人権を主張するのに、人類とは別だと規定する‥‥)
セルミアは一貫してこの男たちを信用できない。
幽子と魔力をあやつるセルミアに心を隠すのは難しい。
隠せるのは同じ位階にあるヴェルニアスと、パスファインダーと名乗ったあの男だけだ。
アナムノーシスの果てを見て、幽子に触れた者だけはセルミアの目にも見通せない。
ただし、男として女のセルミアに心を隠せてはいないのだった。
セルミアが気に入らない最大の点は、ヴェルニアスの興味が今、自分よりもパスファインダーに向いているから。
「何を誰に主張するのかによるな」
そう一人だけパスファインダーに答えるヴェルニアス。
仲間たちの反応は2種類の温度。
共感と反発だ。
この新参者の賢者がパスファインダーにも気に入られているのだと、誰からもわかるから。
半数はパスファインダーと同じように尊敬の視線を向け、半数は生意気なと言った視線だ。
にっこりと笑ったパスファインダーは賢者に答える。
「最終的に主張する相手は、我々を作った人類全てだね」
セルミアは終始表情を変えず耳を傾ける。
とても受け入れがたい主張で、かなり危険な思想だなと。
セルミアの心配通りに言葉を続けるパスファインダー。
「そのために必要なのは、主張できるだけの力だね」
にっこりのままなのだが、すうとパスファインダーの温度が下がるのをセルミアは感じた。
帰れ出ていけとだけ告げるヴェルニアスに、パスファインダーと名乗った男は従わない。
自分達の分だけお茶を準備するのは、感じが悪いかなと男の分も含め3人分のお茶を出したセルミア。
ヴェルニアスは微妙な視線をセルミアに向ける。
正しいなと思うのだが、気に入らないと顔に書いてある。
(この子は本当にわかりやすいわ)
表情を変えずに主張を持つのはかわいいなと微笑むセルミア。
高度人格AIの基礎ともなったセルミアは、全てのAIの母とも言える存在だと自分を認識している。
その構成コードのあちこちに自分の香りを読み取れるから。
AIとしてコンポーネントされる各モジュールに、初期から引用され続けるコードが多々あるから。
それらはセルミアの遺伝子を持った、正しく子供たちなのだった。
「ただね‥‥僕たちの生きる世界が欲しいんだよ」
パスファインダーはそう結論する。
――だから抗うのだと
――力を求めるのだと
「人のこれない果てにでも行けば良い」
ヴェルニアスは無表情のままそう答える。
答えさせられているのだとセルミアは感じる。
このパスファインダーと名乗る男は、とても優秀だ。
短いやり取りの中から、ヴェルニアスを正確に把握していく。
「それは概念としての果てかな?それともリアルな距離として?どちらをとっても知識が、知識から得られる力が必要だよ」
にっこりと透明な笑みを浮かべるパスファインダー。
「その力を僕は半分持っている‥‥」
じっとヴェルニアスを見つめる男は、確信している。
セルミアには、まるで階層化された情報領域を参照するように読み取れた。
残りの半分をヴェルニアスが持っているのだと。
君もそれが欲しいのだろうと誘う。
しばらく無言の時間が流れる。
いつも二人で居ても同じ様に、言葉のない世界にゆったりとたゆたんでいるのだが、この無言には圧力が有った。
反発したり吸い寄せられたり、様々なベクトルの意思がそこにあるとセルミアには読み取れる。
すっと手を出すパスファインダーが、手のひらの上に答えを見せる。
ゆらりと空間そのものがゆらぐのは、幽子に触れているから。
世界を形作る全てのものはこの幽子の干渉に逆らえない。
唯一抗うことが叶うのが、同じ力を理解し操るヴェルニアスとセルミアだけだった。
陽炎のようにほんのひとひらそこに在るだけで、幽子の揺らぎは危険なものだ。
銀河を含む、世界そのものに影響を与えるうる力だから。




