第94話 違うんだけど、違うんだ!
「あの子がヴェルデを呼んでくれとうるさくてな。知り合いか?」
ヴィーの指さした先にいるのは、金髪縦髪ロールをなびかせる若い勝気な少女だ。
着ている服は庶民的だが、放っている気配がちぐはぐさを感じさせている。
だが、俺には全く見覚えのない少女だった。
「知らない子ですね。まぁ、いちおうご指名なので対応しますが」
「すまんな。トラブルようなら衛兵を入れてもいいぞ」
「相手は若そうですし、そこまでこじれるとは……」
「ヴェルデ・アヴニール! ようやく見つけたっ! あんた! こんな場末の衣料品店に隠れてるなんて聞いてないわよっ!」
俺の姿を認識した少女が、目の前に来て指を突き付けてきた。
相手は俺のことを知っているらしい。
でも、会った覚えは――。
「話さないといけないことができたのっ! ちょっと顔を貸しなさいっ!」
「えっと、誰ですか? 俺を知ってるみたいだけども。あいにく俺には貴方のことを知らないのですが……」
途端に少女の額に青筋が走るのが見えた。
「はぁ!? 知らない? どの口がっ! あんなことしたのにっ!」
少女の放った言葉にベント商会に来ていた客たちが『あんな若い子に何をしたんだろうか?』と口々にざわつき始める。
いや、いや、いやっ! 違うって! 別に俺はそんなことしてないって!
背後に視線を向けると、ヴィーとラナが『まさか、メイドとご主人さまの訳アリカップルと元婚約者の修羅場?』という顔をしていた。
違う! 違う! 知らない人ですっ! そういうんじゃないですからっ!
「あ、あの本当に何の話をしてるのか分からないのだが?」
「はぁ! あんた私のこと忘れたの!? マジで最悪なんだけどっ!」
ガチャが俺の足元に来て、『白状した方が、今後の自分の対応に影響しますよ』的な視線を送ってくる。
ガチャぁああああああっ! 違うって! マジで知らねぇええっ!
なんでこうなるんだよぉおおおっ!
散々なダメージを負った俺に、背後から肩を叩かれた。
肩を叩いたのはアスターシアだ。
慌てた様子で俺に耳打ちしてくる。
『この声って、あの時の人ですよ』
「メイドは余計な口を挟まないでほしいんだけどっ! 私はヴェルデ・アヴニールに話しているの!」
アスターシアからの耳打ちで、少女の声に耳を傾ける。
たしかに機械を通しての音声だったけど、喋り方が似てる気がするぞ!
あの時の潜水艦に乗ってた人っぽいな。
だとすると、ドローンのカメラを通して俺たちの顔を認識してるのも理解できるし、俺が彼女に対して認識がないのも頷ける。
だぁあああああっ! でも、なんで俺に会いに来てるんだよっ!
あの話は黙ってたはずなのにぃいいいいっ!
とりあえず、こんな場所で立ち話をする相手でもないし、どこか別の場所に変えてもらわないと俺たちの命が危ない気がする。
「ば、場所を変えようか。ここでは話せる内容ではないし、ガチャやアスターシアも含めて別の場所で話し合おう」
俺の発言に周囲のざわつきが一層大きくなるのを感じた。
違うんだっ! そういう意味じゃないんだっ! 言いたくても言ったら別の意味で俺の人生が終わりかねないんだよっ!
少女は俺からの提案に、腕を組んで勝ち誇ったような顔をした。
「ヴェルデ・アヴニールがそこまで言うなら、メイドと犬を連れて場所を変えるのもやぶさかではないけど」
血の涙が流れだしそうなストレスを抱えながらも、意思を貫き、ヴィーとラナに仕事を抜けることを伝えた。
「す、すみません。いろいろと話し合いすることがあるので、俺とアスターシアとガチャは少し抜けますぅうう!」
「あ、ああ。流血沙汰にはならないよな?」
「え、ええ、大丈夫です。ちゃんと話し合ってきますので」
誤認されまくっているが、話し合った後でちゃんと訂正の報告させてもらうつもりだ。
今のままだと、俺が婚約者との関係を捨てて、お気に入りメイドを連れて逃亡した貴族っぽく見えてしまっているしな。
それだけは絶対に訂正させてやるっ!
決意を固めた俺は、勝ち誇ったようにニヤニヤする少女の手を取った。
「ぶ、無礼者っ! 私の手を勝手に握るんじゃないっ! あ、こらっ! どこに連れて行くつもりっ! ちょっと、ちょっと! 待ちなさいって! 引っ張らないで!」
「ちゃんと話し合いができるところに行く。あんたもそっちの方が都合がいいだろっ!」
「そ、それはそうだけど――」
「だったら、ほら急いで! アスターシア、ガチャも行くぞー!」
「あ、はい。ヴィーさん、ラナさん、夕飯までには戻ります」
「ああ、アスターシアちゃん、負けるなよっ! 応援してるからなっ!」
「そうそう、二人はお似合いだからね。負けたらダメよ!」
「アスターシアさん、僕も応援してるからっ!」
「え? あ、はい。頑張ります。ガチャ様ー行きますよー!」
ガチャを抱え上げたアスターシアが、俺に合流すると、話し合いができる場所を求めて街の中に繰り出していった。








