第82話 南国の洗礼
あちい……うだるような暑さとはこういうことだな……。湿気もヤバい。日本の夏を思い出しちまうぜ。
こんなクソ暑い中、長いコート着てるのは、俺くらいなんだが……。
街に着いたらまずは服だな。ガチャのものも含め夏用の服が欲しい。
ガチャも今までなら俺の膝の上にいたけど、この気候のせいで、少しでもひんやりしてる乗り合い馬車の床に寝そべったまま、レバーがゆっくりと回っていた。
ホーカムの街を出て、次の目的地であるリ・エオー半島同盟国に向かう乗合馬車に乗り、はや一週間。
国境を越え、俺たちはリ・エオー半島同盟国の海洋貿易の玄関口とされている港湾都市であるリスタルポートの街を目指して街道を南に下っていた。
その街を選んだのは、街の規模が大きくて探索者の依頼が多いのと、他国へ繋がる街道がいろいろと整備された街だとアスターシアに言われたことで決定した。
「ガチャ様、ちゃんとお水飲んでくださいねー。ヴェルデ様もどうぞ」
先ほどの休憩所で水を補充した水筒をアスターシアが差し出してくる。
「ああ、すまないな。それにしても、ここまで暑いとは……。常夏とは聞いてたけども……暑すぎる」
「ですね。あたしが父たちと前に来た時に比べても、かなり暑いかもしれません」
「その格好、あんたらはクルリ魔導王国から来たのかい?」
先ほどの休憩所で新たに乗り込んできた親子連れの父親の方が、俺たちの話を聞いてたようで、話しかけてきた。
「ええ、まぁ、そうです」
「へぇ、陸路で来るなんて珍しいな。みんな海路を使ってくるやつらが大半なのによ」
父親の男性が指摘した通り、俺たちがクルリ魔導王国から乗ってきた乗合馬車は、乗り込んだ当初はあまり客がいなかった。
馬車が混み合い始めたのはリ・エオー半島同盟国に入ってからである。
海路の方が快適な船旅で早く着くとは言われたものの、海の上は身バレしたときに逃げ場がないので、俺たち乗合馬車を選んでいたのだ。
「クルリ魔導王国でもちょっと田舎の方から来たので、陸路からの方が近かったんですよ」
もっともらしい理由を付けて、ごまかす返答を返した。
「ふーん、そうかい。大変だな。でも、さすがにこの国でその格好をしながら過ごすのは、お勧めしないぞ」
周囲を見回すと半裸とまではいかないものの、男の人も女の人も薄手の衣服を着て、肌面積が多い。
それくらいの服を着ないと、この暑さの中では生きられないんだろう。
「ええ、もう十分にこの服が厳しいことは理解してます。リスタルポートに着いたら、この国に合った服を探すつもりですよ」
「だったら、オレの店にも顔を出してくれ。リスタルポートの街で衣料品ならうちが最安値だからな。あんただけじゃなく、連れのメイドさんのもあるし、そっちの探索犬用も扱ってるぜ」
「へぇ、服を扱ってるんですか?」
「ああ、そういえば名乗ってなかったな。オレはヴィー・ベントだ。ヴィーと呼んでくれ。リスタルポートで衣料品店をやってる。あんたは?」
「俺はヴェルデ。見ての通り探索者をしてる。で、連れはアスターシアとガチャ」
アスターシアはヴィーと名乗った男性にちょこんと頭を下げた。
ガチャも自分が紹介されたと気づいたらしく、ヴィーのそばでレバーをギュイン、ギュインとまわしていく。
「ひっ! パパっ!? い、犬!?」
ヴィーの息子らしい小さな子が、近寄ってきたガチャの姿を見て青ざめた表情を浮かべた。
ガチャはその子の様子を見て、慌てて俺の方へ駆け戻ると、前足で自分の首輪にリードを付けるようにと促してくる。
くうう! うちのガチャ、頭よすぎだろっ! 犬が苦手とか理解して、自分から危なくないように示すのすごすぎぃ! 惚れる! 惚れてしまう! いや、もう惚れてる!
俺はすぐにガチャの首輪にリードを付けると、自分の膝上に抱き上げた。
小さな男の子は、ガチャが飛びかかってこないことを理解したようで、ほっとした表情を浮かべていた。
「すまない。この子は昔、犬に追いかけられてケガをしてな。それ以来、犬がどうも苦手なんだ。近づかなきゃ、大丈夫なんだが、さっきみたいに近づくとな……」
「こっちこそ、知らなかったとはいえ失礼をしました。この通り、ガチャは賢い子なので危害を加えることはないし、俺もリードは放さないので安心してほしい」
「たしかによく訓練された探索犬らしいな。うちの坊主の顔色を見て自分から距離をとったしな」
褒められたのを察した膝の上のガチャが、俺の方を見上げると勢いよくレバーを回して喜んでいた。
俺はわしゃわしゃと身体を撫でて褒めてやった。
「ジゼ、ほら、もう大丈夫だ」
「う、うん。ヴェルデさん、ちゃんとその子のリード持っててね」
「ああ、大丈夫。ちゃんと持ってる」
リードを握っているのをジゼと呼ばれた子に見せてやった。
まだ怖いのか、ジゼは俺の膝上で大人しくしているガチャの姿をジーっと見ている。
「話の腰が折れちまったが、服の件は任せておいてくれよ」
「ええ、まぁ、お安くしてくれるなら。財布はアスターシアが管理してるんでね」
「おっと、そうかい。そっちの嬢ちゃんがか――。へー。なるほどねー。あんたらは訳ありかー。へぇー、なるほど、なるほど」
「んんっ! あ、あたしとヴェルデ様は主人とお付きのメイドですよ! 訳ありではありません!」
「まぁ、まぁ、陸路ってのもあるし、そういうことなんだろう。分かってる。分かってる。そういうことになるよな。うんうん」
そういうことってどういうことだ? 貴族出身の探索者がメイドを連れて、探索者生活を送ってるってわりと見かけるとアスターシアからは聞いてるが?
そういうことだろうか? 訳ありと言えば訳ありだが、俺が日本人である方がもっとヤバい訳ありだと思うんで大したことではいはず?
「か、勘違いされては困ります! 違いますからね!」
勘違い? アスターシアの動揺した顔を見ると、ヴィーは俺たちの間柄を何か勘違いしてるのか?
大事な探索者仲間であり、秘密を共有する仲ではあるが……。あと、飯が美味いシゴ出来メイドさんってのもある。
それ以外、勘違いする要素はあるんだろうか?
「ヴェルデ様も首をかしげないでください。ヴィー様の勘違いですから、お気になさらず!」
「そうそう、オレにはお気になさらずーだな。訳ありもんには優しくしろって、じいちゃんからは言われてるし、服の件は出血大サービスしてやろう」
「安くなるなら、俺は助かるが」
チラリとアスターシアに視線を向けると、なぜか赤い顔をしている彼女が『服が安く手に入るなら、仕方ない』と言いたげな頷きを返してきた。
まぁ、手持ちの金に不足はないけど、節約できるところは節約した方がいいからな。
ヴィーが安く服を売ってくれるなら、訪ねてみるのもありだと思う。
なにせ、旅の縁で知り合った人だしな。ホーカムの街のリアリーさんもこんな感じで知り合った仲だし、縁は大事にしていきたい。
「とりあえず、アスターシアの許可が出たので、街に着いたら寄らせてもらいますよ。ガチャも涼しくなる服があるといいな」
話を聞いていたガチャが『暑いの苦手です』と言いたげに俺とヴィーの顔を交互に見ながら、レバーをギュインギュイン回していた。
それからしばらくヴィーたちと、いろいろな雑談をして過ごした。
その翌日、俺たちの乗った乗合馬車は、当初の予定より一日遅れたものの、無事に終着点である潮の匂いが濃密に漂う港湾都市リスタルポートに到着することができた。








