光の子の決断 sideキル
いきなり倒れたフウをなんとか受け止める。…寝てるだけか。
フウを抱えてバルコニーから部屋に戻り、ベッドに寝かせる。途端に銀色の髪が白いシーツに広がる。
……帰ってきたんだ、本当に。
まるで別人のような気がするのにどうしようもなく俺が知ってるフウが事あるごとに重なって思い起こされる。広がる銀色の髪も、薄く赤みがかかった目も、困った時の表情も、感じ方も……そして、言うことも。
なんの前触れもなく、唐突に核心に触れてくるのに触れたことにさえ気づかず真っ直ぐに進んでいく。なのに俺から近づこうとすると笑って拒絶する。フウのあの笑顔が頭にちらついて手に力がこもる。
戦う術を持ってないと言うつもりはない。フウが特別なのは知っているし、実際それを目の当たりにして実感もしてる。
だけど、それだけだ。多くの術を持ってる訳じゃないし、うまく立ち回れるわけでもない。
ただ真っ直ぐに前を向こうとする。それしか持ってないのに、後ろや横にいる存在に頼りもしないで、ただ立ち向かっていくフウはどうしたってフウのままだ。
「俺は、同じことを繰り返したりしない」
自分に言い聞かせて1つ瞬きをする。目を開ければフウの姿がちゃんと写ってる。
俺はただ真っ直ぐに前を向くフウが怖かった。でもそれと同時に強く惹かれた、その姿に。
自分の髪色が少しづつ普段の藍色に戻っているのに気づく。確認できないけど多分目の色も元に戻ってきてるはずだ。
俺のもう1つの姿。あのアリストという名前を口にしたのは久しぶりだった。精霊族の中での俺の家名。つまりダイトンの姓をもらう前の俺。
けど、ダイトンに養子縁組されてからこの家名を口にすることはなかった。精霊族であるということを知られたくなかったというのも多少あるけど、必要なかったというのが一番。幸いにも、それに頼らなくても俺は戦えたし。でも、この力が役立つならそれを使うことに抵抗はない。
髪の毛の先を引っ張って自分の姿が元に戻ったのを確認して、後のことを外にいた侍女に任せフウの部屋を出る。
そのまま父さんがいるはずの宰相の執務室に向けて足を動かす。遅い時間だけどこの時間ならまだ執務室で書類と挌闘してるはずだから。養子でも息子だからか、特に止められることなく執務室に到着する。
ノックもせずに扉を開けると父さんは一瞬だけ視線をこっちに向け、すぐに山積した書類に視線を戻す。
「ノックをしなさい」
「必要ないでしょ。ここの範囲内なら誰が入ってきてもわかるじゃん」
父さんがの契約神獣の感知能力の高さとその範囲の広さが異質なほどに高いのはよく知ってる。
「そういう問題ではありませんよ。マナーの問題です。しかし、キルがここに来るのは珍しいですね」
「まぁね、なるべく来ないようにしてたし。俺が来るような用はないし」
あえて言わないけど親の七光りと思われるのは気に食わなかったし。軽口を叩きながら置いてある重厚なソファーに身を投げる。
「何かありましたか?」
その言葉は大事な一言が抜けてる。“フウ様に”何かありましたか? が正しい。
「さぁ? 父さんが気にするようなことは何もないんじゃない」
言葉を誤魔化して挑発的な態度をとる。動かしていた手を止めて、向き合って座る形になる。
「言い方を変えましょう。キル、何をしたんですか?」
「別に。ちょっと焦っただけ」
「どういった意味でしょうか?」
父さんを見据えて息を吐く。さっきのフウの表情が鮮明に浮かぶ。
「俺を第3部隊から除名してよ」
「……そうなりましたか。おそらく通ると思うますが、他の者と話してから決定するので追ってまた通達します」
全てを察したのがわかった。その一言でその後に俺が何を求めているのかも。
後は別に言うこともないからさっさと部屋を出る。これ見よがしにため息をつかれた気がしたけど気にしないでおく。
父さんのことを舐めてるわけではない。けど過去の王にすがってるだけの、今を動かせる力があるのに動こうとしない人たちにかまっていられるほど俺は暇じゃない。
それを悪いと言うつもりもないけれど。国を維持するのにその役割をする者が必要なのもわかるし。それに俺だって対象は違えど、すがった側だ。
長い廊下の反対側から知った顔が歩いてくるのを見つけてため息が出る。
こんな時間に何をしてるのか。
「フウの、とこ、行った…の?」
すれ違いざまに声をかけられる。今も寝そうなくらいにふわふわとした目をして、独特な間の取り方をする誘導師の一人であるフラム・パシオン。あの頃からなにも変わってない。なにも変わらずただただ待ち続けてる。
フラムは誘導師の中で唯一、クリエスが王になってからその地位に就いた。フウが地球に飛ばされる前はフウ関連で一緒にいることも多かったけど、フウが地球に飛ばされてからは段々と会話が減っていって、最終的にはお互いに違う道を歩むことになった。俺とフラムを繋ぐものはフウただ一点しかなかったから。お互いに他よりもお互いのことを知っているけど、支えあったり、励ましあったりするくらい近いわけでも無い関係。それを象徴するみたいに、フウが戻ってきてまた俺たちの関係が動き出している。
今でこそ、その地位に相応しいとフラムの力は認められているけど先王の死後、宰相だったクリエスが国王になって誘導師の1人だった父さんが宰相の地位についたことで空いた席にフラムがついたときは揉めたって聞いた。それに今までその存在を知られていなかったフラムが誘導師になれた経緯は俺の他には誘導士と国王、父さんしか知らないから。
ただ、誘導師になるには既存の誘導師、全員の承諾がいるということは国政に関わるものなら誰でも知ってる。それもあってフラムはあの3人にの後ろ盾があるということで表立っての混乱は起きなかったけど。あの3人が認めてるってことは父さんとクリエスも認めていることを指すから。
「……キル?」
「なんでもない」
「そ、っか」
色々考えてたらフラムの視線が伺うようにこちらに向いているのに気づく。
「あ、行ったけど? あいつのとこ」
「やっぱり…」
「なんでそんなこと聞くわけ?」
「ざわざわ、してた……から」
いつものことと言えばそうだけど言ってることがわけわかんない。ざわざわって何? ざわざわの正体がわかったとしてなんなの?
フラムのことは別に嫌いじゃない。けど進んでコミュニケーションを取らないもう一つの理由がこれ。言ってることがわけわかんない。
「どういう意味?」
答える代わりに珍しくフラムが笑う。自分の中では解決したのか何も答えないでフラムがゆっくりと歩き出す。これ以上聞いても無駄なのはわかってるから追いかけたりしない。
やらなくちゃいけないことは沢山ある。俺自身が決めたことだし、同じ結果を招かないためにも。フラムの言うことの正体は多少は気になるけどそんなことを気にしてる暇があったら動かなきゃいけない。