自由の代償と束縛 2
「すみません、族長様に呼び出されて参ったゼロと申します。理由は知りませんが、昨日までこちらの里には入れなかったとお聞きしたのですが、今日からは入ってもよろしいのでしょうか?」
立派な門の前に立っている門番に、念のために尋ねる。まだルールとやらが解除された保証がないし、何より門の上から向けられている数本の矢が、私たちの里への入場を拒否しているように見えるからだ。
サッと手をあげ、矢の標準から私たちを外すように指示を出す門番。
「お待ちしておりましたゼロ殿。族長から話は聞いています。どうぞお通りください。」
口調は丁寧なのだが、眼光が鋭い。明らかに敵視されている気がする。しかし、今はその事を気にしている場合ではない。何れにせよ、歓迎されないことは覚悟していたことだ。
門が開き、中の様子が明らかになる。私たちを見かけると、里の人たちが我先へと家に隠れ出す。里が荒らされた形跡などはないので、襲撃などを恐れている様子ではない。ならばきっと例のルールとやらの影響だろうか? 私たちが進む道には人がいなくなり、家から様子を伺っている。きっと、里への入場を許可されても『触れるのが禁止』などの制約があるのかもしれない。
案配されるままに私たちは屋敷の客間に通される。暫くすると、ファウナに似の美人のケンタウロスと、頑固一徹的な黒髪のケンタウロスが入ってきた。
「はじめまして、ケンタウロス族族長の『ファースト』と申します。」
てっきり黒髪の頑固一徹が族長かと思ったら、まさかの美人族長だった。
「いてっ。」
弥生につねられた。
「そしてこっちは戦士長の『ファーネス』と申します。今回の件でどうしても同席させろとごねましたので、連れてきてしまったのですが・・・。」
どうやらファーネスからはあまり歓迎されていないようだ。仏頂面でこちらを睨み付けてくる。私は極力彼を見ないようにして、
「はじめまして、私がゼロです。今回はお招きいただきありがとうございます。連れは私の隣から、弥生、サラサ、しのぶ、そしてルークです。」
「何が、はじめましてだ。」
ファーネスが明らかに小バカにした様な態度で挑発してくる。
「ファーネス、控えなさい!! すみませんゼロ様。実は私たちは竜人族の武術大会の時に現地におりまして、あの状況ですし挨拶は出来ませんでした、ファーネスはその時から『一方的に』ですがゼロ様を知っているため『はじめまして』という気持ちにはなりにくいんだと思います。」
あの現場にいたと・・・。うん、それは不味いね。
同族の仲間をコロッセオ中の観客の前で裸にひんむいた男がいたら誰だって覚えているだろう。友好的な態度なんてとんでもない、むしろ殺したいほど憎んでいてもおかしくない。ファウナの態度がああなのですっかり気にしていなかったが、ケンタウロス族からしたら私は仲間を裸にひんむいた変態糞野郎って認識に違いない。
門番からの敵意も当たり前だし、里の人がいなくなったのだって、例のルールが云々ではなく、『あんな変態を子どもには見せれない』とか、『同じ空気を吸うのも嫌』って、ただ単に私が警戒されたに違いない。
むしろ、こんな当たり前の感覚すら失っていた自分が恥ずかしくなる。
「そ、その節は、真に申し訳ございませんでした。まさか、ファウナさんが女性だとは思わず、挑発に対して我を忘れてというか・・・。」
『女性じゃなくて男性ならいいの?』と、サラサの目が輝いているが、完全無視を決め込み、族長さんと戦士長さんに謝罪をする。
「いいのですよ、ゼロ様。あれはあの子の力が未熟だったため起きてしまったこと。悪いのはゼロ様ではなく、弱かったあの子なのですから。まぁ、里の誰よりも強かった『あの子』が『弱い』とはおかしな話ではあるのですけど・・・。」
にっこりと微笑みかけるファースト。
「でも、そこの隊長さんも、里の人々もそうは思ってないみたいだね。『敵意』に満ちた視線をめっちゃ送ってきてる気がするけど!!」
サラサが逆ギレ気味に文句っぽいことを言う。
「里の者は『敵意』というより『疑惑』と『恐怖』の眼差しをゼロ様に向けてしまっているのでしょう。繰り返しになりますが、ファウナは天性の格闘センスとその実直な性格によるたゆまぬ努力によってあの若さでケンタウロス族史上初めてと言われる『術』を使い10本の矢を同時に操ることに成功した我が里の英雄です。その英雄が何も出来ずにゼロ様に敗北し、あまつさえ『奴隷』の様に付き従っているとなれば、人々がその様に感じても仕方ないと思います。私はその限りではなく、ゼロ様の『力』をきちんと把握しているつもりなので、『疑惑』も『恐怖』も『敵意』もございませんが、里の人々の気持ちはお察ししていただけると幸いです。」
「里の人々の気持ちをお察しさせていただいたとして、そこの隊長さんの眼は確実に『敵意』だと思うのですが、いかがでしょう。」
しのぶが余計な一言を付け足す。
「申し訳ありません。ファーネスは『疑惑』や『恐怖』よりも『怒り』が勝ってしまっているのです。しかし、これもわかって頂きたい。自分の娘があの様な目に遭わされて、怒らない親がいるでしょうか?」
・・・少しの間、沈黙が流れる。
ん、ちょっと待てよ。うまく理解できなかったけど、『自分の娘』『親』を組み合わせて導き出される答えは、
「つまり、ファーネスさんはファウナさんの父親であるということですか?」
「今、族長がそういったであろう!! 確認など不要だ。私は貴様が辱しめを与えたファウナの父親だ。本来ならこの命に変えても貴様を血祭りにあげるところであるが、娘との約束があるので我慢はしてやる。だが、貴様は絶対に許さん!!」
はい、心得ています。こちらがどんなに取り繕っても、例え娘本人が気にしていなかったとしても、『父親』として、許せるわけがない。
「ファーネスさん。今一度お詫び申し上げさせてください。本当に申し訳ありませんでした。」
これも自己満足かもしれないが、私は再びファーネスに頭を下げる。
「くどい!! 貴様が何と言おうと、ワシは貴様を許すはず・・・グハっ。」
突然起きた事態に、私と仲間は身動きが全くとれなくなってしまった。ファーストがファーネスを思いっきり踏みつけたのだ。
「あらあらファーネス、私はさっき言いましたよね、『控えなさい』と。あなたが『娘』を思うのもわかります。しかし彼らは今、私に招かれた客人です。無礼を働くということは、私に対する侮辱と見なしますよ。それに、あの子がああなってしまった原因は自分の弱さだけではなく、あなたのせいでもあるんではないでしょうか?」
「ぐ・・・。申し訳ございませんでした。」
「はい、良くできました。では、きちんとゼロ様たちにも謝罪を。」
「・・・申し訳ございませんでした。」
目が物凄く血走っていて怖いんですけど・・・。
「いえ・・・。」
ファーストさんが穏やかな口調で物凄く怖いし、ファーネスさんは謝ってはいるが今にも飛びかかって来そうなほど興奮している。
「では、本題に参りましょうか。」
穏やかな口調のファーストがいよいよ本題を口にする。
「結論から言いますと、娘に二度と近づかないで頂きたいのです。」
!?
「娘ですか?」
正直、何の事を言われているかわからなかった。
「そうです、ファーネスと私の娘、ファウナに二度と近づかないでください。」
今、衝撃の事実がファーストの口から発せられた。




