After 救世主と偽りの信仰
誰もいなくなった山小屋で私は敗北感に襲われながら、これからのことを考えてみる。
正直、やられっぱなしで『希望の民』のもとに向かうのは若干抵抗がある。かといって、膨れ上がった教団を相手に私は何をするのが正解なのか答えがでないでいるのも事実だ。教団の嘘を公表したところで、信者には私の言葉は届かないだろう。仮に届いたとして自分が信じていた『救済』が嘘だと理解してしまった人はそれからどの様に生きていくのだろう。『宗教』とは、それ自体が『真実』であることより、時に、『心の安らぎ』の方が信者にとっては『救い』になるという『事実」。実にもどかしい。
ティアは『ロキ』が教団を相手にしているうちは、こちらにはてを出さないでいるだろうと楽観視していたが、今回の誘拐事件でシーズの町に出向いて来て、『救世仮面』の調査をすることは十分考えられる。他人を自己満足で助けようとしたあげくその人たちをもっとひどい状態に陥れ、自分の家族も窮地に追いやるという考えられるなかで限りなく最悪の結果。解決策は『ロキ』の排除しかないのだろうが、それが一番難しい。『ロキ』の話をきくかぎり、ほぼ丸々『王国』を相手にすることと同義のようなものだからだ。
やはり、今できることはティアを信頼して、一刻も早く『希望の民連合』を発足するしかない。抑止力を形成して『希望の民の仲間』の安全が確保されてから、全神経を集中して『ロキの脅威』を排除するしかない。そうでなければ排除するどころか、こちらがやられてしまうだろう。
「くそーーーー!!」
それがベストの道だとわかってはいるが、悔しさとモヤモヤが消えずに口から溢れ出てしまった。
フーっと大きくため息をつく。
「よしっ。」
顔をパチンと叩いて情けない自分に喝を入れる。
「すまなかったなルーク。もう大丈夫だ。」
いや、本当は大丈夫ではないけど、それでも進まなければならない。
ルークは欠伸をして興味無さそうに私を見るが、『しょうがないな、やっと出発する準備になったか?』というような表情を見せ、立ち上がる。
その時、山小屋に物凄い勢いで向かってくる気配を私とルークは察知する。
しかし、これは・・・。私とルークは山小屋を飛び出し、その気配の方に向かって全力で走り出す。数分もしないうちに私たちはその気配の元へとたどり着く。
「どうした? 弥生、緊急事態か?」
そう、そこには息を切らしてホッとしたような表情をした弥生がいた。『神の加護』により体を蝕まれる人間の土地に、わざわざ見つかるリスクを侵しながら私に会いに来るぐらいの事だ。ただ事でないのは間違いない。
「まさかサターナが動き出したのか?」
息を整えるのに必死でまだ答えられない弥生に立て続けに質問をする。
彼女が何を企んでいるか全てを見抜いている気はないが、それでもこんなに早く表立って動くとは思っていなかった。そのサターナが動き出した? もちろん、念のために監視はつけて動向は絶えず報告するようなシステムは作っていたが、それでもサターナを止めることは出来なかったと言うわけか? くそっ、本当に最近の後手後手感は半端ない。『力』の戦いだけではなく、『知』の戦いにおいても連敗続きだ。
「違うのです、ゼロ様。緊急事態には違いないのですが、サターナが動き出したわけではございません。わたくしがここに来たのはファウナの身に異変が起き、ケンタウロス族の里に緊急で帰郷しなくてはいけなくなった事と、ケンタウロス族の族長がゼロ様を連れてくるまでファウナを里の外に出すわけにはいかないという声明を伝えてきたからでございます。」
「ファウナは無事なのか?」
「はい、命に別状はなく、むしろ前より元気になった気がいたすぐらい元気でございます。取り急ぎお伝えせねばと、ゼロ様の居場所を感じ取れるわたくしがこうしてお呼び出しに参った次第でございます。」
「そうか。じゃあ、とりあえずはケンタウロス族の里に行けばいいんだな?」
「はい。しかし、ご家族に危険をお伝えする件はお済みになったのでしょうか?」
「ああ、もう大丈夫だ?」
とは、言っても不安は付きまとうが・・・。
「そうですか、よかったです。では、わたくしたちの仲の方は・・・。」
弥生が嬉々として聞いてくる。
「ああ、うん、まぁ、なんというか・・・。」
決して恋愛することを否定されたわけではないが、『婚約者がいます。』と堂々と宣言してきたわけでもない。
「そうですか・・・。でも、ご家族とは再会を果たせたわけでございますよね?」
「ああ。」
「それならば一歩前進ということで、わたくしは満足でございます。それにゼロ様のご家族の危険度が少しでも下がったなら、本当に素晴らしいことでございます。」
目から鱗が落ちた。
私は何を落ち込んでいたのだろう。2度と会えないかと思っていた家族に会い、会話し、許してもらい、一緒にご飯を食べて、買い物をして、プレゼントを貰って、抱きしめて、また会う約束までした。ティアは『守る』と約束してくれたし、『ロキ』の危険度は十分理解している。これは成功と言わずして何と言うのだろう。
今回もたらしてくれた『幸せ』に気付きもせずに、失敗のことばかりに目を向け悲観し、落ち込んで・・・全く私は何と情けないやつなんだ。
「弥生、ありがとう。」
そう言って、私は力強く弥生を抱きしめた。こうして弥生を抱きしめられるだけでも私は幸せ者じゃないか。どうして、人は幸せの大きさに目を向けずに、不幸せの大きさに目を向けがちになってしまうのだろう。
見方を変えれば世界はこんなにも暖かいのだ。
「よし、ティア、ケンタウロス族の里へ行こう。」
!?
やってしまいましたあああああああああああああああああああ。
顔面蒼白である。小学校の時、担任の女教師を『ママ』と呼んだ時、そして19歳の時に寝言で高校の時の担任の下の名前を呼んだのを彼女にバッチリ聞かれた時と同じぐらいの危機が私に迫っているのを感じる。
元妻の名前で間違えて婚約者を呼んでしまう。
『あるある』だとは思うが、これからの展開もきっと『あるある』なんだろう。
私は『暖かい世界』を見ていた目を閉じ、これから訪れる『冷たい世界』への覚悟を決めた。
今章も最後までお付き合いいただきありがとうございました。
布石の色合いが強い章でしたが、いかがだったでしょうか? 実を結ぶまでは少し時間がかかりますが、それまでお付き合いいただけると幸いです。
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次章からは『ケンタウロス編』が始まる予定です。楽しんで読んでいただけるように一生懸命書かせていただきますので、またお付き合いください。




