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人魚の里と赤い悪魔 10

「確かに、昔は楽しかったなって言っていられるほど俺たちの立ち位置は明確ではないな、ロキ。単刀直入に言うが、立場上、人魚族に手を出すなら俺はお前の部隊を全滅させる。」


兵士たちから失笑が漏れる。精鋭部隊の自分たち500人がたった一人に全滅させられるわけがないと思っているのだろう。


「ゼルダ。どういう経緯でそうなったかは知らないが、今は亜人の『勇者』でもやってるのか?」


「話すと長くなるが、『勇者』ではなく、『用心棒』かな? まぁ、お前が亜人にとっての『魔王』なら『勇者』になるのも悪くないかもしれないが・・・。」


「いやいや、『元』とは言え、一緒に『魔王討伐』した仲間を『討伐』って、洒落になってないから、それ。」


お互い軽口で話している様に聞こえるが2人の間には物凄い緊張が張りつめている。一挙手一投足を見逃さないように観察し合う。一歩相手より出遅れば、無事では済まないことを知っているからだ。もちろん、単純な力だけだったら私の方がだいぶ上だが、『正々堂々でない』戦いをやらせたらこの男は本当に厄介だ。そうなる前に事態を収拾しなくては・・・。


「取り敢えず、今回は一旦退いてくれると助かるんだが・・・。」


「そうだな。こちらも部隊を全滅させられては困るからなぁ・・・。でも、手ぶらでかえると国王に怒られるんだ。どう、一匹だけでいいから人魚くれない? 何でも美容だか長生きだかに効果がある食材らしいくて・・・。」


『食材』。そう、彼らの人魚の捉え方は、もといた世界の『豚』や『牛』への感情と大差ない。そこに悪意があるわけではなく、それが当たり前なのだ。


「悪いがそれは出来ない。」


「参ったなぁ。ゼルダと戦うんなら、今、このメンバーだけじゃ勝てないからなぁ。」


冷静な戦力判断。しかし、彼の話を信じるならば、違うメンバーがいれば勝てるということだ。


「よし、じゃあ、帰るけど、この話を国王に伝えるから、お前、また『お尋ね者』決定だからけど、それでいいな?」


「ああ、恩にきるよ。」


「お前ら聞こえたな、全軍撤退準備だ。国王には俺が今起きたこと報告するけど、確認の為に聞かれたら今見たこときっちり言うんだぞ。」


「しかし、隊長・・・。一人を相手に逃げ出すなんて、我らの威信に影を落とす結果になりかねませんか?」


兵士の一人が納得できずに声をあげる。


「あ? あのなぁ、俺は威信とか沽券とかそう言うことに興味がないわけ。だからここでプライドとかそういうのより生き残ることが大切なんだよ。もし、お前が命より威信が大事なら、止めないから目の前の『化け物』と戦ってみろ。」


息を飲む兵士。


「し、失礼しました。」


どうやら兵士君にもロキが本気だということが伝わったらしい。


「で、ゼルダ。今回は諦めるけど、次あった時はきちっと殺させてもらうから。」


「せめて、オブラートに包んで倒させてもらうぐらいにしとけよ、そこは。」


「ああ、悪い悪い。そう言えば、さっき言ってた『恩にきる』って、話な、気にしなくていいからな。」


そこまで言うと、イヤらしい笑顔を見せるロキ。


「お土産を置いていくから。」


バンっ、と、大きな音がして部隊後方に置いてあった檻が破られる。中には部隊の鎧と同じ深紅の色をした大蛇がいた。大蛇はそのまま川に飛び込み下流へと泳いで消えていった。


「ほら、ゼルダ。早くあの化け物を追わないと大変なことになるぞ。そうそう、ひとつ教えといてやるが、あの化け物殺すと体内の『猛毒』が外部に溶け出す仕組みになってるらしくてな、湖一つくらい軽く汚染出来るらしいぞ。頑張って捕縛するんだな。」


失敗した。自分への攻撃ばかり警戒していて川が里へ続いているという事実を意識していなかった。ロキは昔から人の嫌がることをするのが本当に上手い。ここでロキを捕まえようとすれば大蛇は私より先に人魚族の里に着いてしまうだろう。かといって、解毒剤を持っているであろう彼らを見逃す訳にはいかない。


「あ、そうそう、解毒剤は俺たち持ってないから・・・。ワクチンとか言うのを打たれて、それで俺らには毒が効かなくなってるらしいんで、解毒剤探しても無駄だぜ。」


くそっ。こっちの考えまでやつの手のひらの上か。


「撤退だ。急ぎ王都まで帰る。じゃあな、ゼルダ。王都で待ってるぜ。」


奴は部隊に目もくれず一目散に逃げ出す。


果たしてどちらを追うべきか・・・。一瞬悩んだが、私は大蛇を追うことにした。すでに後手を取らされている。これ以上後手に回らされることは避けるべきだ。その考えさえもロキに誘導されているかもという不安を抱えながらも、私は川沿いに里を目指して全速力で走る。途中、仲間たちとすれ違うときに事情を説明したが彼女らを待っている余裕はない。


人魚族の里に着くとすぐに私はサラサを呼び、事情を説明した。その後、彼女を通して人魚族の人々に情報を伝えてもらった。


スピードからして、大蛇を追い抜いてきたことは間違いないが、大きな川の中で、大蛇の姿を発見することは出来なかった。何れにせよ、数分から数時間でここにたどり着くだろう。


力のないものの避難は無事に終わったようで、川が流れ込む場所にはジュゴンを含んだ屈強な戦士たちが待機している。一応、全員の避難をお願いしたのだが、自分の里を守るのに客人だけ戦わせるわけにはいかないと言われては、それ以上強くなにも言えなくなってしまう。私と数人は陸に、あとの全員は湖の中で待機している。


「誰か、あれを止める手立てや『術』を持っている人はいますか?」


大きな声で戦士たちに問いかけてみる。正直、倒すことが出来ない敵は苦手だ。ロキはそれも見越して『あれ』を解き放ったんであろう。


「水の結界の中に閉じ込めるのは如何でしょうか?」


戦士の一人が答えてくれる。


「結界はどのくらい持ちますか? それと強い力を加えられても大丈夫ですか?」


「継続時間は大きさにもよりますが、交代で術をかければ数日は持ちます。ただ、あまり強い力を加えられると砕けます。」


正直、それではあの大蛇相手では役に立たないだろう。


「他にありませんか?」


「地上に誘きだして、そこで、倒すというのは?」


「それでもこの土地の土壌を汚染してしまう可能性があります。」


自分で聞いておいて否定ばかりするのは気が引けるが、気遣っている余裕はない。


「他にありませんか?」


私が再び聞いた時、少し上流で監視していたしのぶの大声が響き渡った。


「御館様。敵が来ます。」


くそ、いつも通り行き当たりばったり作戦しかないか。しかし、今回はいつもと違い、上手く守らないと人が大勢死ぬ。


「皆さん、命だけは大切にしてください。」


「ゼロ殿も。」


私たちは川を注視する。


しかし、戦闘は思いもよらないところから始まった。


「御館様、後ろです!!」


いつの間にか川を出て、音もなく忍び寄っていた大蛇の牙を間一髪で避ける。大蛇は何事もなかったかのように、湖に侵入した。


陸の上という千載一遇のチャンスを潰してしまった私は、ただそれを見守ることしか出来ない。水の中での戦いを経験したこともなければ、どうやって戦うかを考えたこともない。


この世界で『力』の戦いなら誰にも負けないと思い込んでいた私はまた自分の無力さに気づかされることとなった。

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