ロメオとジュリエッタ 12
「とうとうここまでたどり着いてしまったのですね、ロメオ。」
悲しそうにジュリエッタが呟く。
「ジュリエッタ。色々聞きたいことはあるが、まずはひとつだけ答えてくれ。その子は俺の子か?」
「ええ、そうです。」
目から涙がこぼれ落ちるロメオ。
「抱いてもいいか?」
「ええ、そうしてやってください。」
ジュリエッタの目も涙が潤んでいるようだ。声も微かに震えている。
ジュリエッタと赤ん坊に歩み寄るロメオ。赤ん坊を差し出すジュリエッタ、受けとるロメオ。何か完全に私たちが場違いに感じる。
「名前、名前はあるのか?」
「ええ、ローレンスと言います。」
「ローレンス。女の子か。いい名前だ。」
「おぎゃああああ、おぎゃあああああ。」
名前を呼ばれたローレンスが泣き出す。あたふたしてどうしていいかわからないロメオからローレンスを受けとるジュリエッタ。
「まずは謝らせてくださいロメオ。私はあなたに酷いことをしました。今でも『真実』を話すべきか迷っています。本当は私のことを諦めて・・・いえ、それは本心ではないかもしれません。私もずっとどうしたらいいかわからないまま、時間だけが過ぎてしまいました。本当にごめんなさい。」
「ジュリエッタ。私には本当にわからないことだらけだ。きちんと理由を話してくれ。」
顔が歪むジュリエッタ。口を動かそうとするが声が出てこない。
「ワシが代わりに話してやろう。」
さっきまでのたうち回って気絶したジャイロが部屋に入ってきた。
「ジャイロ様。しかし・・・。」
「いいんじゃよジュリエッタ。今回のことはワシにも原因がある。すまぬなロメオと小わっぱども。暫くこの老いぼれの昔話に付き合ってくれ。今回のことに繋がる話なのでな。」
「わかりました。よろしくお願いします。」
ロメオが丁寧に頭を下げる。
「ことの始まりは今から40年前。あの頃の猫人族と犬人族は長年のいがみ合いに終止符をうち友好的な関係を築き上げつつあった。その折、当時の巫女様であった猫人族の女性が魔族にさらわれてしまうと言う事件が起きた。ワシらは協力して方々手を尽くし、巫女様を発見するに至った。魔族との戦いは熾烈を極め、巫女様を奪還するまでに多くの同胞が命を落とした。ワシが『魔族100人斬り』などと呼ばれるようになったのはこの戦いが理由だが、実際に命を落とした同胞は裕にそれを上回る。そんな戦いを経て、奪還した巫女様であったが、ワシは助け出した彼女に一目惚れしてしまった。彼女も私に好意を持ってくれたようでワシらが男女の関係になるのにさほど時間はかからなかった。しかし程なくして問題が発覚する。彼女が妊娠したのじゃ。」
まるで、ロメオとジュリエッタの話を聞いているのではないかと思えるほど、話の展開が酷似してきた。
「猫人族と犬人族の間には子どもが産まれないとされているが本当はそれは間違いなのじゃ。実際に子どもが産まれにくいのは間違いないが、決して子どもを宿すことが出来ないわけではない。ただし、生まれてくる子供は犬人族でも、猫人族でもなく、必ず我ら部族が二つに別れる前の姿『阿吽族』の姿で生まれることとなる。」
ただの伝説だと思っていたが、もともと一つの部族だったのは事実のようだ。
「生まれたときは猫人族も犬人族も大して違いがない為、阿吽族であることはまずわからないが、成長するにつれてその違いが顕著に現れてくる。その事を知った私たちは2人の関係を隠し、魔族の土地から助けてきた奴隷の娘として実の娘を私が育てることにしたのじゃ。私たちは犬人族の里に住んでいたが、娘が成長するにつれ犬人族の子どもたちと共に暮らすのが難しくなってきた。子ども達の無邪気な悪意がそれを許さなかった。自分達と違う姿をした我らを娘を攻撃し出したのだ。」
時に子どもは無意識で自分と違うものを傷つける。それは言葉であったり、手をあげたり。異世界でもその悲しい現実は変わらないらしい。
「私と娘は犬人族の里を出てこの隠れ家に移り住んだ。この家はもともと私と娘が住むために建てたものだった。ここを訪ねてくれるのは当時の巫女様、つまり母親といとこのローマンそれと犬人族の里で娘と仲良くしていてくれたジェームスだけだった。彼らは娘の姿を差別しない唯一と言ってもいい娘の親友だった。娘がここでの暮らしに耐えられたのは彼らが娘と時間を共有してくれたからに他ならない。」
ここで頭領たちの名前が出てくるとは・・・。幼少時の彼らは心の綺麗な少年たちだったらしい。
「娘は耐える生活を強いてしまったが、それでも娘はすくすくと優しい女性に育ってくれた。そんなある日、巫女様が病気にかかってしまい、命を落としてしまう。娘が15才の時のことだ。私たちは悲しみに暮れたが、私たちを襲った悲劇はそれだけではなかった。娘が次の巫女に選ばれてしまったのじゃ。」
巫女が亡くなると次の巫女が生まれると言うのは、実際に赤ん坊として生まれるのではなく引き継ぐ場合もあるらしい。
「巫女を務めることはその姿を大衆の面前に晒すと言うこと。しかし幼少時のトラウマは娘を苦しめ、それを受け入れることが出来ず・・・。」
ジャイロが言葉を詰まらせる。
「自ら命を絶ってしまった。」
悲しい沈黙が流れる。
「私とローマン、ジェームスはそれぞれ無力感に冴えなまれながらも自らの責務を果たすことでどうにか前を向いて進んでこれたと思っておる。しかし、今回、ジュリエッタがロメオの子どもを宿したことであの悲劇の記憶が甦り、ワシらの歩みを止めてしまった。まず祈ったことは2人の子どもが男の子であること。少なくともそうすれば『巫女』を引き継ぐことはしないですむ。ご覧の通りそれは叶わなかったが、私たちはその可能性も考慮してジュリエッタに過去の話をし、一縷の可能性を残すようにロメオと決別することを懇願した。ロメオが猫人族の嫁を娶り、女児を授かる為に。そうすれば『巫女』を務めるのはその子になる可能性もある。可能性は低いかもしれないが、私たちには過去の後悔を繰り返さない為に考えられたのはその方法と、万が一『巫女』をロメオとジュリエッタの子が引き継いだ時のために猫人族と犬人族の交流を途絶えさせること。そうすることでどちらの部族に巫女がいなくても、相手の里に巫女がいるんであろうと国民が思い込み特に追求することはなくなると思ったのじゃ。これがワシらの企みの全てじゃ。すまなかったなロメオ。そして、ジュリエッタ。」
ロメオは突きつけられた現実に何も言えないでいる。愛する人が自分から離れた理由、父親が背負った悲しみ、そして、自分の娘が背負うかもしれない悪夢を突きつけられたのだから気持ちはわからなくない。
が、
「ジャイロさん、あなたの娘さんには哀悼の意を捧げます。でも、それはロメオさんとジュリエッタさん、そしてローレンスの家族を引き裂いて良いことにはなりませんよ。あの時ああしておけばとか、こうしておけばと考えることはあるでしょう。実際、今回のケースがあなたたちの過去に似ていたことで、『今度こそ』とか『2度と同じ失敗はしない』とか思ったんでしょうが、それはただの自己満足でしかありません。」
「言いにくいことをはっきり言うな、小わっぱ。わかっておる。いや、わからされた、お主にワシの凝り固まった固定概念ごとぶっ飛ばされてな。ワシの・・・ワシらの考えなどただの過去の後悔に捕らわれた自己満足、あの時何も出来なかった自分達が許せない愚か者たちの間違った行為だったと。しかし、それがわかったところで結局解決策なんて思い付くことは出来ないがな。小わっぱはどうだ? 何かいい方法があってワシらに文句を言っているのか?」
「残念ながら、何にも策はありません。」
「そうか、お主なら或いはと思ったんだが・・・。」
「策や方法はないが、その前に教えてくれ、何に対しての策が必要なのですか?」
「何にって・・・。」
「ジャイロさん、よく考えてください。今、何の問題がローレンスに起きているかわかりますか?」
「だから『巫女』になるか、ならないか・・・。」
「違いますよジャイロさん、ローレンスに起きている問題は父親と一緒にいられないことです!! 将来のことに対して不安はあるでしょう、特に同じような境遇の娘や親友を失った人たちには。だけど、それは今の幸せを捨てて求めることなのか? 今を捨てれば必ずローレンスは幸せになれるのか? 違うだろ!! あなたた3人は結局ローレンスを救う為と言いながら、あなたの娘を救おうとしてただけなんですよ。 『過去』ではなく『今』、そして『未来』を一緒に考えて行きませんか?」
ジャイロの悲しみの咆哮が部屋に響き渡る。ロメオとジュリエッタは抱きしめあい、愛娘を大事そうに見つめている。過去と現在、未来が複雑に絡み合った一件は解決してはいない。が、今この瞬間、間違いなくこの部屋にあるのはお互いを愛し合う幸せな家族の姿だった。




