それぞれの思惑 6
控え室での一件から数時間後、平静を取り戻したコロッセオは再び大歓声が響き渡ることとなる。
「それでは準決勝第一試合、鬼族の秘蔵っ子『夜叉』vs 竜人族の希望『レイス』を始めます。両者、前へ。」
レイスへの応援がまるで地鳴りのように響く。それもそのはずで、彼が負けることはイコール竜人族の優勝はなくなることを意味する。つまり、キャッチフレーズ通り、彼こそが竜人族の唯一の希望である。対する夜叉は一回戦を見る限り冷静な試合運びが出来る戦士である上に『術』の発動を見せていないので、まだ底が見えない。レイスからしても不気味な存在と言えるだろう。
「では、試合始め。」
試合が始まったが、両者共に動かない。こん棒の間合いにも徒手にもまだ遠い。一回戦を見る限り接近距離での戦闘になるかと思ったが、お互い『術』の効果範囲を探っているのかもしれない。これは正直、私も見習わなきゃいけない冷静さだ。
観客もいつの間にか二人の緊迫した空気に支配され固唾を飲んで試合を見ている。
ゆっくりとレイスの腕が青白い光に包まれる。レイスはその場から動かず、手を水平に凪ぎ払う。
夜叉はその動きを見て、間合いがかなりあるにも関わらず、避ける動作をする。そして、距離を更に取る。夜叉の握っていたこん棒の先端が綺麗に切り裂かれた。どうやら夜叉ははじめからレイスの攻撃範囲に入っていたようだ。
「素晴らしい技術と能力ですね。一回戦で戦ったガイルさんより数段上の『術』をお使いのようですね。」
「ほお、わかるか。」
「はい、ガイルさんは触媒を通して物体にまとわりつかせて術をお使いになっておいででしたが、レイスさんは触媒なしでその術を物質化お出来になるようですね。それに伸縮自在とは勉強になります。」
「心にも無いことを。人をおだてるのと攻撃を避けるのは上手いようだが、こちらの生命エネルギーが切れるまで1回戦の様に逃げ続けられると思っているのか?」
「いいえ、ガイルさんと違ってレイスさんの生命エネルギーは大きいようですし、きちんと制御されてて無駄遣いが少ない。逃げててもいずれ捕まってしまうでしょう。」
「ほお、良い目を持っているな。」
忘れていたが鬼族は生命エネルギーを見ることが出来る目を持っているので、1回戦の生命エネルギー切れや、レイスの『術』が伸縮自在であることも見破れたのかもしれない。私もそんな目が欲しい。
レイスが距離を詰め、攻撃を繰り出す。どうやら攻撃の一瞬だけ『術』を伸ばし、エネルギーの省エネを図っているらしい。2人の距離は遠いがここまでは1回戦とほぼ同じ竜人族が攻撃し夜叉が避け続けると言う展開だ。しかし、エネルギー切れを期待できないなら、自ら攻撃に移らないと勝機はない。さて、夜叉はどうするかな。
スピードは若干夜叉が上に感じるが、如何せん相手の攻撃の間合いが長すぎて何度かトライしているが近づくことが出来ないでいるようだ。
「では、少し試させて頂きますね。」
夜叉はそう言うと、右手を硬質化させる。どうやら彼の術は父親から譲り受けたものらしい。おもむろにその右手でレイスの術を殴り付けた。
「ガキンッ」
物凄い音がした。金属と金属がぶつかるような音だ。
「思った通り、物質化している『術』はそれ以上の硬さを持つ物質で防ぐことが出来る。」
「見事だ、鬼族の戦士よ。私の『術』に触れた戦士は貴方が始めてだ。しかし、避けるのが防ぐことに変わっても、私に近づけなければ意味がないぞ。さぁ、どうする?」
レイスは自分の術に触れられたことに対して動揺するどころか、強敵の出現に喜びを感じているようだ。
「そうですね、避けても防いでも意味がないなら・・・。」
夜叉は両手を天にかざす。
「降参します。」
ええええええええええええええええええええええええええ。
いや、これ、私の心の声だけじゃなく、観客も、レイスも、読者様もみんな『ええええええええええええ』って、なってるでしょ? ここから反撃に出て良い戦いが繰り広げられる雰囲気出してたじゃん。何で、降参してんの?
「しょ、勝機、レイス。」
自分達にとって喜ばしい結果なはずだが、会場からは喜びの声は聞こえず、ざわめきが空気を支配している。
「待て、夜叉。勝負はこれからだったはずだ。貴方は私を愚弄しているのか!!」
レイスは勝ったにも関わらず激昂している。
「やだなぁ、愚弄だなんてとんでもない。このままやっても勝てないと思ったから降参したんだから、リスペクトしてるに決まっているじゃないですか。」
言っていることは間違いない気がするが、どうも相手を見下しているように聞こえる会話だ。やはり、弥彦の言う通り危険人物なのかもしれない。
「この大会はお互いが全力を尽くすことに意味があるのではないか!!」
「レイスさん、貴方や竜人族の価値観を私に押し付けるのはやめてください。私は戦いに意味を求めません。ただ、楽しければいいんですよ。でも、もし、どうしても私と決着がつけたいなら竜人族の頭領になってください。そうしたら今度は全力でお相手しますよ。まぁ、私は貴方が巨人族の彼や、あの化け物に敵うとは到底思っていませんけどね。」
嫌な奴認定おりました。いや、口調の丁寧さに騙されそうになったわ。こいつ、クズだわ。
「貴様!!」
激昂したレイスの喉元に信じられないものが突き立てられる。
「わからない人だなぁ、役者不足だって言ってるでしょ。」
そう言った夜叉の右手から青白い光が伸びている。紛れもなく先程レイスが使っていた術だ。
「く・・・。」
言葉を失うレイス。
「わかった? 本当は竜人族でも乗っ取って、鬼族と戦争でも始めようかなって思ってたんだけど、あの化け物にはまだ勝てる気がしないから、とりあえず、帰ります。」
得体の知れない狂気を感じる。ここで、倒しておくべきか・・・。
「親父殿ぉ。挨拶はまた今度きちんとさせてもらいますが、それまでご自愛ください。たぶん、次会うときが親父殿の命日になるんで。」
大声で弥彦に話しかける。竜人族の神聖な大会の場でなければすぐにぶっ飛ばしてやるんだが・・・。
「では、化け物さん。私は引きますが、頑張って竜人族の里を守ってくださいね。」
今度はまさかのこっちに話しかけると言う行動に出る。どうやら私が手を出せないのを見越しているようだ。
「私はここの長になる気はないが・・・。」
そう返答すると、夜叉は嬉しそうに笑って。
「いえいえ、そう言う意味では無かったんですが、まぁ、もし、貴方が鬼族と竜人族の両方の頭領になるような面白いことがあったならきちんと準備して殺しに行かせていただきます。ああ、暗殺とかは襲撃は性分じゃないのできちんと宣戦布告するのでそこら辺はご心配なく。」
「頭領になる気はないと今伝えたと思うが・・・。」
「ええ、確かにお聞きしました。でも人の気持ちは変わるものです。気長に心変わりを待たせていただきます。私もきちんと準備しないで返り討ちとか嫌なので、こっちも時間が長く掛かりそうなので、お互いゆっくり気持ちを盛り上げていきましょう。」
こいつも人の話を聞かない人種の人間だ。まぁ、いい。時間が掛かるなら、それまでに弥彦と色々相談して対策を練ろう。
「では、皆さん、お元気で、さようなら。」
そう言い残し、夜叉は嵐の様に去っていく。嵐の後に残ったのは言う知れぬ不安と、屈辱にまみれ膝をついたレイスだった。




