ペルスミス城下町にて 1
こやねが魔法学校に入学してから二日目。
「メルテ!」
「こやねー!おはよう!」
学校が本格的に始まる三日前、こやねとメルテは学校の前で待ち合わせをしていた。
教科書、杖といった学校に必要なものを買うため、二人で城下町に行くのである。
「私、城下町……というか、学校の外に出るのはじめて。部屋は寮を借りてるし」
「そうだったね!じゃあ今日は私がたっくさん案内してあげる!」
「ふふ、頼りにしてる」
そう言って、こやねは肩にかけたカバンの紐をかけ直した。
「でも、いいのかなあ」
こやねが呟いた。
「何が?」
「お金、先生がくれたの」
「ああ!給付の奨学金ね!
外つ世界から来た子が生活に困らないため、国が支援することになってるの。教科書代や必需品の他にも、上限はあるけど自由に使えるお小遣いもある……んだよね?」
「うん。まだお金のことはあんまり分かってないけど」
こやねは、カバンの上からお財布を撫でた。チャリ、と硬貨がこすれる僅かな音が鳴った。
返すあてもないのに、もらってしまっていいのだろうか。
顔をくもらせるこやねに、メルテは明るい声で言った。
「こやね、気に病まなくていいんだよ!その制度はね、こやねみたいに外から来た人の為にって考えられたんだから!さっ、行こ!」
「わっ」
メルテはこやねの手を引き、駆け出した。釣られてこやねも走り出す。
二人の姿を、眩い太陽が照らしていた。
***
ペルスミス城下町は、想像以上に賑やかな場所だった。
石畳の大通りには数え切れないほどの露店が並び、色とりどりの魔法道具が売られている。
空中に浮かぶランタン。
勝手にページがめくれる古書。
瓶の中で小さな雷が跳ね回る不思議な薬。
どこを見ても、こやねの興味を引くものばかりだった。
「わあ……! 見てメルテ! あの本、勝手に動いてる!」
「え? こやねの世界では本って動かないの?」
「動かないよ!」
「へー! じゃあ読みたい時に本を捕まえなくていいんだ、いいなあ」
メルテは感心したように息を吐いた。
「ほら、ここだよ、教科書が売ってる店。『基礎魔法のすすめ』『よくわかる魔法植物』……授業で必要な教科書は全部ここ!」
「わあっ!」
お行儀よく詰められた本を手に取り、こやねは歓声を上げた。魔法の教科書という響きに心が躍った。
二人は必要な本を選び、お会計を済ませ店の外へと出た。通りには人が多く、がやがやと喧騒が二人を囲んだ。
「さっきより人、増えたね」
「私達以外も買い物に来てるだろうし」
メルテは呟くと、くるりとこやねの方を向いた。
「そうだ!こやね、お腹空かない?」
「うーん、ちょっとだけ」
「こっちの先にある『ヤギのこうべ』ってお店、美味しいんだよ!行こいこ!」
「うん!」
そう言って、メルテとこやねが歩き出した、その時。
「わっ!」
「わあっ!?」
どっと押し寄せた人混みに、二人が引き離されていく。
「まっ、とお、通してください……!」
「あっ、こやね!?」
こやねは人の渦に流され、どんどんメルテとの距離が遠ざかっていく。
ようやくこやねが人混みを抜け出した時には、メルテの姿はどこにもなかった。
「どうしよう……。はぐれちゃった……」
とりあえず大通りに戻ろう。
そう思って歩き始めたものの、焦っていたこやねは道を間違えてしまった。
気がつけば、周囲から人の姿が消えていた。
***
薄暗い裏道。
建物と建物の隙間を縫うように続く細い路地には、昼間だというのにほとんど光が差し込まない。
「……ここ、どこ?」
こやねは不安そうに呟いた。
左右を見ても、見覚えのある店はない。
来た道を戻ろうと振り返った、その時。
「ひっ!?」
何者かに手を掴まれたこやねは、思わず悲鳴を上げた。
咄嗟に視線を向けると、そこには黒くぼろぼろのローブを着た痩せた老婆がいた。
「おじょうちゃん、綺麗な髪の毛だねえ。その髪に似合う素敵な髪飾りがあるんだが見ていかないかい?さあこっちだよ、おいで」
「え、あの、ちょっと……!」
老婆は戸惑うこやねにお構い無しにぐいぐいと腕を引っ張る。嫌な予感がしたこやねは必死に振り払おうとするが、老婆とは思えない力強さにふりほどくことが出来ない。
「さあこっちにおいで、さあ……」
見るからに怪しげな店に引きずり込まれそうになった時だった。
《ドゥード》
「煙よ、覆い尽くせ!」
凛とした声とともに、閃光が走る。途端、老婆とこやねを真っ白な煙が覆った。
(なに!?)
突然の出来事に、こやねは目を白黒とさせる。
「こっち!」
「わっ!」
こやねの腕を誰かが引っ張った。慌ててその後を付いていく。
煙の中から抜け出して見えたのは、見覚えのある赤い髪。
それは、オリエンテーションで隣に座っていた少年だった。
「あ……同じ学年の」
「いいから急いで!」
言われるがまま、こやねと少年は走り出した。
***
ようやく路地裏を抜け出すと、大通りの眩しい光景が広がっていた。
こやね達は息を整えながら、壁にもたれかかった。
「あの……」
「君、なんであんな所に入っていったんだ?この辺りの路地裏は危険だって知ってるだろ?」
「ごめんなさい、私知らなくて」
「あ……そうか、君、ここの出身じゃないのか」
少年は納得したようにため息をついた。
「えっと、あなたは」
「カグツだ」
「カグツくん。私はこやね。本当に、助けてくれてありがとう。どうして私を見つけてくれたの?」
「入学式で見た顔が、危ない場所にふらふら入っていくんだ。気になって後をつけたら、案の定変な連中に捕まりかけてるし……」
こやねは顔を赤くした。メルテとはぐれて、危険な場所に迷い込んで、同級生に助けてもらうなんて……。
急に自分が分別のつかない小さな子供のように思えた。
「こやねーっ!」
人混みの中から、こやねを呼ぶ声がした。見知った顔が、ひょこりと現れた。
「メルテ!」
こやねは、反射的にメルテに駆け寄った。メルテは、こやねをぎゅっと抱きしめた。
「こやね!よかったぁ……ごめんね、はぐれちゃって。大丈夫?変な目に遭わなかった?」
「ありがとう。ちょっと大変だったけど、カグツくんが助けてくれたんだ」
「カグツくん?」
ほら、とこやねがカグツの方を指す。
「あーっ、入学式の!」
カグツは軽く会釈をした。メルテはずんずんと近づき、カグツの両手をしっかりと掴みぶんぶんと振った。
「ほんっとにありがとう!こやねに何かあったら私……!」
「あ、ああ。分かったから……」
「よし!カグツも一緒に『ヤギのこうべ』に行こ!その後は杖も見に行こうよ!」
「はっ!?ちょっと待って、僕は……!」
「うん、行こう!ほっとしたらお腹減っちゃった!」
メルテとこやねに見つめられ、カグツは暫く狼狽えたのち、仕方ないと言うように頷いた。
「よし、行こー!この時間なら多分空いてるし!」
「行こー!」
こうして、三人は『ヤギのこうべ』へと向かうことになった。




