Outpost A
クルルルル……。ハイトウォッチの音が、真っ暗な夜空を進んでいる。下の戦場から響く轟音が俺の心を揺さぶっていた。なぜなら、あそこで俺たちが戦っているのは同じ人間ではなく、悪魔よりもなお恐ろしい存在だからだ。俺たちはそれを『メジャー』と呼んでいる。
彼らが現れたのはおよそ五世紀前のことだった。その起源を知る者は誰もいない。そもそも彼らが生物なのかどうかさえ誰も知らない。
メジャーはこの世界の生物や様々な姿を模倣し、瓦礫や金属、ケーブル、そして彼らの真紅のエネルギーコアを使ってその姿を形作る。あるいは、本当は機械なのだろうか?
身体的特徴、数の多さ、そして俺たちが知らない数々の秘密のため、人類がマナなしで真正面から彼らに対抗することはほぼ不可能だった。
プライムとは五世紀前に初めて現れたマナの使い手であり、人類がメジャーに対抗できるようになった。しかし彼らの起源もまた謎のままである。
プライムは政府直属だが、高位のプライムはPivnic、StratOS、epsilon、Stellavoxの四つのユニオンのいずれかに所属する。
俺は大きく息を吐き、お気に入りのMP5を強く握った。こんな状況では、これだけが俺の心を繋ぎ止めてくれる支えだった。
丸く湾曲した窓の外――
戦火の光が至る所で燃え上がり、俺たちが通過しているのは人類の前線基地だった。そこはメジャーが人類最後の砦であるエーカーへ侵攻するのを防いでいる。
外では激しい爆音が鳴り響いていた。それと同じように、俺の心臓も胸から飛び出しそうなほど激しく鼓動していた。これは今まで受けた中で最大の任務だと言ってもいい。正直なところ、この任務は断りたかった。しかし、これは司令部から直接下された任務だったのだ……。
激しく脈打つ心臓の音のほかにも、チームメンバーたちのかすかで冷たい呼吸音が聞こえていた。不安と緊張を抱いているのは俺だけではないだろう。俺は『メジャークラスロード Abyssclaw を討伐せよ』と表示された青いモニターを見つめた。そして、それこそが俺たちをここまで緊張させている原因だった。
「Abyssclaw」
種類:メジャークラスロード Abyssclaw の強襲および討伐
平均生存率(新人):不明
備考:報酬高額。メジャークラスロードとの交戦経験がないプライムには非推奨。
本来、メジャークラスロードを討伐するには新人プライム三チーム以上が必要だ。しかし、真夜中に突然発生した大規模なMajor Expansionの状況では、複数チームを呼び集める時間もなかった。
「メジャークラスロード未経験者には非推奨」と書かれていたにもかかわらず、俺はこの任務を引き受けた。Major Expansionという緊急事態と、財布の中身が尽きかけていたからだ。
チームリーダーのアトラスの簡単な説明によれば、今回は奴らの巣まで乗り込み、高出力電磁兵器でクラスロードを仕留めるらしい。俺なりに説明するとそんな感じだ。
俺たちが二十分以内に集められたプライムは二チームだけだった。アトラスは、可能であれば増援のプライムチームが到着するまで持ちこたえる場所を探すべきだとも言っていた。
一チームだけでクラスロードと正面から戦うのは相当厳しいだろう。まあ俺も詳しいことは知らない。俺自身、クラスロードと戦うのは初めてだからだ。
普段の俺は前線をすり抜けてきた雑魚を狩るだけだったのだから……。
任務内容を頭の中で整理していると、パイロットのアナウンスが響いた。
「投下地点まであと二分。降下準備を開始。繰り返す――」
ピーッ、ピーッ。
サイレンが鳴り響き、真っ赤な警告灯が点灯した。暗闇に慣れていた俺は思わず目を細めた。
「おい、坊主。こういう任務は初めてか?」
身長二メートル近い黒人女性だった。年齢を感じさせる大人びた雰囲気を持ち、体格も大きく頑丈そうだった。彼女は立ち上がりながら俺に尋ねた。
「い、いや……そういうわけでもないです。普段は小規模群の討伐任務ばかりで、こういう大きな任務は初めてなんです」
俺はしどろもどろに答えた。
「ハハハ、やっぱりな。手が震えてるぞ。お前はアタッカーだろ。とにかく私の後ろにいろ。それと任務中にパニックになるなよ」
「了解です」
俺は思わず敬礼していた。
俺は立ち上がり、愛用の銃を背中に背負い、手袋をはめ、通信機器を確認した。そして最後にフード付きの黒いマントを羽織った。
耳を澄ますと、外は前線上空を飛んでいた時より静かだった。しかし、それはまったく安心材料にならない。こんなに静かなのは、むしろ奴らが俺たちを待ち構えているからかもしれなかった。
ピッ。
放射線警報が小さく鳴った。それはクラスロードに接近している証拠だった。
「降下まで三十秒」
それがパイロットからの最後のアナウンスだった。
そして――
ドォン!
次の瞬間、機体側面が攻撃を受け、大穴が開いた。俺たち五人は一瞬で外へ吸い出された。
攻撃と同時に無線は大混乱に陥った。
「攻撃を受けた! 固まれ!」
アトラスが叫ぶ。
「うわあああ! 何が起きた!?」
ついさっきまで降下を待っていたはずなのに、気付けば空中を漂っていた。俺は必死に冷静になろうとした。
地上から赤い光線が撃ち上げられる。奴らはいきなり攻撃を始めた。
「攻撃が来るぞ!」
「エナジーフィールドを展開しろ!」
空中での姿勢制御は俺にとって大きな問題だった。顔を叩く風と銃声が焦りと興奮を煽る。
俺は腰のエナジー起動ボタンを探したが見つからない。何度も訓練したはずなのに。
「くそっ……!」
「気を付けろ!!」
アトラスの叫び声。
俺がエナジーの起動ボタンを探していると、プラズマ弾が一直線に迫ってくるのが見えた。
くそっ……どこだ!?
心の中で叫びながら手探りを続ける。そしてようやく見つけた――だが。
ボタンは故障していた。
「くそっ! 故障してる!」
「シールドを展開しろ! 早く!!」
アトラスは叫んだが、距離が離れすぎていて何もできなかった。
「死ぬ!!」
俺は身を守るように腕を上げた。
その瞬間――
巨大な影が高速で飛び込んできた。
ドン!
目を開けると、先ほど話していた女性が俺の前に立っていた。高速ジェットパックで飛び込み、俺を庇ってくれたのだ。
「早くシールドを開け、坊主。パニックになるなよ」
「故障してるんです! エナジーフィールドが開けません!」
「なるほどな。なら私にぴったり付いてろ」
彼女は盾で弾丸を防ぎながら急降下した。俺もその後を追う。
それを見たアトラスは全員に命令した。
「全員、ディフェンダーに密着しろ!」
俺たちは流れ星のように地上へ落下した。
ドォォォン――
ついに着地した。激しい衝撃で土煙が舞い上がる。
周囲のメジャーたちは音を聞きつけて殺到してきた。
彼らは煙の中心へ一斉射撃を浴びせる。
やがて射撃は止んだ。
俺たちは蜂の巣になったと思ったのだろう。
だが――
「今だ!」
アトラスが叫んだ。
サポーターがスキルを発動する。
発動者を中心に半径二百メートル以内のすべてを、十秒間スローモーションのように減速させる能力だった。
ギギッ。
小型メジャーたちの動きが三十倍遅くなる。
俺はMP5で反撃を開始した。
アトラスは光の剣で素早く正確に敵を切り裂く。
さらにBolth gunで遠距離の敵のコアを正確に撃ち抜いた。
外せば即座に接近し、剣で仕留める。
さすがチームリーダーだ。
俺は心から感心した。
いつか俺もああなりたい。
だが今は目の前のメジャーを倒すのが先だ。
MP5はそこまで強力な武器ではないため、一体倒すにも時間がかかる。
しかし俺のパッシブスキルである装甲貫通――『貫通力増加』のおかげで、比較的楽に倒せていた。
「九……十。時間切れ」
サポーターが告げる。
「まだ三体残ってる。もっと速く!」
アトラスはもう一体を斬り伏せた。
しかしスキルの効果は終了した。
メジャーたちは俺を狙って射撃するが、ディフェンダーが防いでくれる。
敵は屋上へ飛び上がり、遮蔽物を利用して反撃してきた。
それを見たアトラスは光剣の出力をさらに上げる。
そして――
屋上ごと敵を真っ二つに切断した。
「すごい……建物ごと両断した」
思わず声が漏れる。
「クリア。前進する」
アトラスは即座に次の行動を指示した。
「すごいだろ?」
もう一人のアタッカーが話しかけてきた。
人見知りの俺は突然話しかけられ、しどろもどろに返事をした。
「誰か怪我はない?」
小柄な女性サポーターが尋ねる。
全員が首を振った。
擦り傷程度しか負っていなかった。
俺たちは大きな交差点から先の道路へ進んだ。
上空から見た時、廃れたサッカー場に巨大な物体が見えていた。
それがクラスロードではないかと考えていた。
道中で俺は大柄な女性の名前を聞いた。
彼女はディー。
もう一人のアタッカーはエー。
サポーターはビー。
それだけで、今回の任務を共にする見知らぬ仲間たちが少し身近に感じられた。
道中、俺たちは小規模なメジャー群と何度も遭遇した。
アトラスの指示で雷のような速攻を仕掛ける。
音を立てれば大量のメジャーが押し寄せてくるからだ。
進むにつれ、放射線警報はさらに頻繁になった。
これも普通の人間が高位メジャーと戦えない理由の一つだった。
奴らは未知の放射線を放出し、近づいた人間を昏倒させる。
細胞は一分も経たずに壊死する。
そして今――
俺たちは巨大なサッカー場へ到達した。
クラスロードがここにいることは間違いなかった。
しかし、その前にクラスロードを守るガーディアンを突破しなければならない。
俺は再び弾薬と装備を確認した。
その時だった。
誤ってエナジーフィールドの起動ボタンを押してしまう。
すると――
普通に起動した。
さっきまで故障していたはずなのに。
ふざけてるのか?
「お、使えるようになったのか?」
ディーが落ち着いた声で言った。
「俺もよく分からないです。さっきまでは本当に動かなかったのに」
黙っていたアトラスが突然ハンドサインを出した。
「おかしい。普通ならガーディアンがもう来ているはずだ」
確かに。
支配者のすぐ近くにいるのに、周囲は異様なほど静かだった。
しかし今さら退くことはできない。
俺たちが一分失うたびに、前線では誰かが命を懸けて戦っている。
ここで退けば、その犠牲が無駄になるかもしれない。
サポーターが全員に強化スキルを付与する。
アトラスは光剣の出力を最大まで高めた。
そして――
ザンッ!
サッカー場を真っ二つに切り裂いた。
熱で芝生が焼き払われる。
その下から現れたのは、高さ十五メートルほどの巨大なメジャーだった。
胴体は巨大な蟹のようで、左右には巨大な腕があった。
奴は俺たち五人を見下ろした。
その瞬間。
真紅のコアの光が周囲に無数に現れた。
奴らはリーパー型ガーディアン。
闇に身を隠す能力を持つ。
海底の節足動物に似た姿をしていた。
アトラスでさえ存在に気付けなかった。
気付けば完全に包囲されていた。
しかも人間より大きい。
おそらくエリートクラスだ。
「怯えるな。俺たちは勝てる!」
アトラスは鼓舞する。
だが彼の手も震えていた。
俺と同じように。
くそっ……。
多すぎる。
俺一人ではリーパー一体倒すのも難しい。
俺は銃を構えた。
仲間たちも明らかに怯えていた。
ディーでさえ。
「やっぱり変だったんだよ」
ディーは盾を握り直し、大剣を構えた。
「ど、どうするの!? 完全に囲まれてる!」
「心配するな! 俺たちは勝てる! 人類のために! そして奴らを殺すために!」
アトラスが叫ぶ。
ザシュッ――
しかし。
その言葉が終わった瞬間。
彼の身体は真っ二つになっていた。
血が俺の顔に飛び散る。
それでも俺は瞬きすらできなかった。
チーム最強のプライムが。
一瞬で。
何もできずに殺された。
俺は仲間たちを見る。
その表情は――
俺と同じだった。
「きゃあああああああああ!!」
サポーターのビーが発狂する。
そして。
俺は別の音を聞いた。
不気味な音を。
ククククク……
メジャーが。
俺たちを嘲笑っていた。
ああ……。
これが奴の計画だったのか。
メジャーのような圧倒的存在を前にして。
人間である俺たちは。
この運命から逃れられるのだろうか。
俺は何度も何度も考えた。
逃げ道を探した。
だが何も思い付かない。
それに――
俺は仲間を見捨てられるのか?
俺は仲間たちを見た。
絶望に支配される。
身体が勝手に動く。
生存本能。
俺は引き金を引いた。
メジャーへ向けて。
歯を食いしばりながら。
目覚めることも逃げ出すこともできない悪夢と戦うために……。




