第22話 「暗雲光紅」――全てを捨てて、逃げたから。
とにかく走った。
肺が焼ける。視界が揺れる。 頭の奥で何かが軋む音がする。
この十日間、アクラは無理をしていた。
死んだ詩丸の言動をなぞり、笑い方まで真似て、 その詩丸を殺した諜報人と同じ屋根の下で眠る日々。
いわゆる故人エミュってやつだ。
平気なふりをして、壊れないふりをして、 自分を削り続けていた。
陰の自分でも、秀でた才能がなくても、呪いとかいう訳わかんねぇ不幸にあっても、新しい環境ならなんとか自分を騙せるんじゃないのかって。
今回の追放は“原因”じゃない。 でも確実に、引き金だった。
——逃げたい。
できることなら、消えてしまいたい。
それが、彼の本音だった。
どれだけ走ったかわからない。
息は細くちぎれ、汗が目に入り、足は枝に裂かれ血で滲む。
やがて一本の木に体を預け、荒い呼吸を整えていると——
「——花火……?」
西の空が、音もなく紅く染まっていた。
闇を切り裂くような、まっすぐな光。
幻想的で、美しくて、どこか不吉。
「もしかしたら——祭り?」
行くあてもない。 森で野宿するよりは、街の雑踏のほうがましだ。
何より——雑音が欲しかった。
考えをかき消す音が。
歩き続けるうちに、空は薄明るくなっていた。
夜がほどけ、朝が滲み始める。
数時間走り続けてやっと辿り着いた街は、昨日までいた城下街とは別世界だった。
崩れかけた建物。 煤けた壁。 それに似つかわしくない長蛇の列。
人々はお椀を手に、黙って並んでいる。
「……難民?」
予感は当たっていた。
「す、すいません 何かあったんですか?」
アクラが列に並んでいた老人に声をかける。
「なんだぁ?小僧っ子 お前も逃げてきたんだが?」
白く長いヒゲが特徴のご老体だ。
「いや、おれはちょっと……まぁある意味逃げてきました」
罪悪感からか、俯いたまま答える。
「おらたちは国境谷の近くから逃げてきたんだべ ——お前 昨日の夜中 見ながったが? 空が紅くなってまってよ」
――国境谷。
どこかで聞いたことがある。
――どこだ。思い出せ。いつだ?
「お、おれもみました!てっきり花火かと…」
「なーんも!ありゃおっそろしいがった……」
老人の声が震える。
「西の森の奥からとんでもねぇ魔力を感じちまったんだ」
「……魔力!? ちょ、ちょっとまってください。西の森の先って……」
「んだ……バリエ帝国との国境谷だべ」
――そうだ。
立ち入り禁止区域。
エペが言っていたあの場所。
なんでも、ゾラン王国とバリエ帝国が争わないようにと、過去の英雄たちが作った巨大な人工谷のことだ。
「森の奥から二人の人影が見えたべ……!」
「ひ、人影……!?」
「おらはあれは人間じゃねぇって確信してるべ!」
隣で震えていた老婆が叫ぶ。
「爺さんや……あれは魔族にきまってるど!」
老人はゆっくり頷いた。
「ワシは…若い頃 孤誓隊という隊で戦士をやっていたんじゃ……それで過去に魔族と戦った経験があってだな…昨日みたヤツらは間違いなく魔族じゃ……!」
——また孤誓隊。
胸の奥がひりつく。
1週間前に現れた魔族となにか関係があるのだろうか。
"爆"を使いこなし、バロロの右腕を奪い、アズラル村を半壊させ…ジャメラポムを殺してしまった、あの魔族だ。
「お前も難民なら並ぶといいど。べっぴんさんの孤誓隊員がスープ配ってくれてるべ」
アクラはお椀を受け取り、列に並んだ。
(こんな時間に孤誓隊がいるのか…)
ふと疑問に思う。
同期たちは確かに昨日まで校舎にいたはずだ。
アクラよりも先にここにたどり着いているはずがない。
(あ、いや。同期とは限らないのか)
孤誓隊。
アクラが所属している16歳組以外にもそういえば組があったのだ。
(じゃあここにいるのは…後輩か先輩ってことになるのか)
やがて自分の番。
「おはようございます!」
そこに立っていたのは、透き通るような白肌に淡青の長いポニーテール。
右に流した前髪から半分覗く額。
透明感があり思わず惹き込まれてしまうほど美しく青い双眸。
清楚な純白の軍服風コート。
——そして、涙を流していた。
「だ、大丈夫ですか!?」
アクラが咄嗟に声をかけた。
「ご、ごめんなさい!ここにいる皆さんの昨日の出来事……聞いてるだけで涙が……」
泣きながらスープを注ぐ。
「昨日、魔族がきたって噂……」
「やっぱり……そうですか」
彼女は顔を伏せる。
「少し お話をしませんか?あなたが最後なので……」
こうして2人は公園のベンチへ移動する。
湖が広がっており、朝日が美しくそれらを照らしている。
森の中からは鳥のさえずりが絶え間なく聞こえていた。
「あなた、孤誓隊…なんですよね」
「はい!孤誓隊員18歳組の氷翠ルカサっていいます!」
柔らかく、しかし同時にどこか安心するような音色でルカサと名乗る少女はこたえた。
「おれは秋月アクラ……どうして孤誓隊がこんなところにいるんですか?」
「そ、そんな……敬語なんて使わないでください!ここでは自然体でいいんですよ」
少しだけ、気持ちが軽くなる。
「ルカは…ただ 助けが必要な人に手を差し伸べただけです……!」
「——え?でも見た感じ、ここにいる隊員って…あなた一人だけ……だよな?」
まさか。たった一人であれだけの量の配膳や避難指導をしているというのか?
「あたりまえですよ。同期に迷惑をかける訳には行かないので独断でここまで来ました!」
迷いのない善意。
「——すごいな」
「えっ?そ、そんなことないです……」
「おれは……城下街からだよ」
「——逃げてきた それだけさ……」
涙が込み上げる。
「わかります…辛いですよね……」
ふわり、と抱きしめられた。
「ここでは自由ですよ なんでも話してください」
彼女も泣いていた。
全部吐き出してしまえば楽になる。 でも——
「ごめんなさい…まだ心の準備が……」
また、偽った。
「いいんですよ。大丈夫です。ルカはいつでも待ってますから……!」
彼女は涙を拭い、ポニーテールを結び直す。
「何かあったら 誓刃校に来てください!ルカでよければどんな時でも話しましょうね」
「あのっ!」
「?」
「ありがとうございましたっ!」
彼女は涙ぐみながら手を振った。
——尊敬。
確かに、芽生えていた。
だがアクラはまだ知らない。
森の奥から伸びる影が、 ゆっくりと近づいていることを。
紅い信号を放った元凶の双つの存在が。
鋭利な刃が、 彼の未来を切り裂こうとしていることを。
◇◇◇
次回:幽灯の双呪
ついに、謎の2匹の魔族とアクラが接触する。
不思議な雰囲気を纏うアクロウという子魔族。
親しげな素振りでアクラに接近するが……
彼らの目的とは何なのか。
――味方が居ない今。無属性の彼に何ができる。
「狂奏戦線」
◇◇◇




