22.闘技場 【3章】
街の東側に、それはあった。
円形闘技場──コロッセオ。
古代ローマの遺跡を思わせる巨大な石造りの建造物が、青空を背に堂々とそびえ立っている。
外壁には無数の柱が連なり、アーチ状の入口がいくつも口を開けていた。
風化した石材の表面には、かつての戦いの痕跡──剣傷、焦げ跡、ひび割れ──が刻まれている。
歴史を感じさせる威圧感。
ここで、どれだけの戦士が拳を交えてきたのか。
俺は首を鳴らしながら、正面ゲートをくぐった。
「すごいでしょ?」
隣を歩くリリィが、得意げに胸を張る。
「この闘技場、建国当時からあるんだって」
「三百年以上の歴史があるの」
「へぇ」
俺は壁に手を触れた。
ひんやりとした石の感触。
指先に、無数の戦いの記憶が宿っているような気がした。
(ここで、俺も戦うのか)
拳を握りしめる。
血が、熱くなる。
久しぶりの感覚だった。
受付は闘技場の入口すぐ横にあった。
石造りのカウンター。
その向こうに座る受付嬢は、思ったより若い。
二十代前半くらいか。
整った顔立ちに、きちんとした制服。
冒険者ギルドとは違う、洗練された雰囲気があった。
「いらっしゃいませ」
にっこりと微笑む。
営業スマイル。
でも、目は笑ってない。
値踏みするような視線が、俺の全身を舐めるように観察していた。
(ああ、こいつもか)
俺のボロい服装、疲れた顔、冒険者カードに記されたFランクの文字──。
きっと全部、見透かされてる。
でも、構わねぇ。
「武闘会に出たい」
俺は、真っ直ぐに言った。
受付嬢が、少しだけ目を細める。
「武闘会ですね」
ペンを取り、何かを記入し始める。
「では、資格試験を受けていただきます」
「資格試験?」
「はい」
受付嬢が、淡々と説明を始めた。
「出場希望者全員が受ける実力テストです」
「審査員との模擬戦で、一定の実力があると認められれば本戦トーナメントに出場できます」
カウンターの上に、規約書が置かれる。
細かい文字がびっしりと並んでいた。
リリィが横から覗き込む。
「あ〜、そういえばあったね」
軽い口調で言う。
「雑魚ばっかり出ても興行にならないから」
「最低限のフィルターかけてるんだ」
「その通りです」
受付嬢が頷いた。
「審査員は、元Aランク闘士のバルドスです」
元Aランク──。
その言葉に、リリィが少し表情を引き締めた。
「五分間耐えるか、ダウンを奪えば合格」
受付嬢が、俺の目をじっと見る。
「資格試験は現在実施中です。よろしければ、このまま参加されますか?」
俺は、ニヤリと笑った。
「おもしれぇじゃねぇか」
拳を鳴らす。
「やってやるよ」
受付嬢の目が、一瞬だけ揺れた。
驚き──だろうか。
それとも、呆れか。
どっちでもいい。
俺は、もう決めた。
試験会場は闘技場の中央にあった。
巨大な円形の闘技エリア。
直径五十メートルはあるだろうか。
地面は固く踏み固められた土。
周囲を石造りの観客席が取り囲んでいる。
天井はない。
青空が、そのまま見える。
風が吹いて、砂埃が舞い上がった。
(ここで、戦うのか)
胸が高鳴る。
観客席には、ちらほらと人影があった。
数えるほどしかいない。
十人いるかどうか。
暇つぶしに見に来た連中だろう。
酒を片手に、だらしなく座っている。
そして──闘技エリアの端に、挑戦者たちが待機していた。
五、六人。
みんな緊張した顔をしている。
武器を握りしめたり、深呼吸したり、仲間と小声で話したり。
俺とリリィは、その列の最後尾に並んだ。
「緊張する?」
リリィが、小声で聞いてくる。
「しねぇよ」
本当だ。
むしろ、ワクワクしてる。
試験が始まった。
審判が、中央に立つ。
そして──審査員が入場してきた。
バルドス。
元Aランク闘士。
年齢は四十代後半くらいか。
がっしりとした体格。
筋肉質だが、無駄な贅肉は一切ない。
短く刈り上げた髪。
顔には無数の傷跡。
鼻は曲がっている。
何度も折れたのだろう。
目が、鋭い。
獣のような眼光。
ただ立っているだけで、圧がある。
観客席から、どよめきが起こった。
「バルドスだ」
「今年も容赦ねぇな」
一人目の挑戦者が、舞台に上がった。
魔法使いだ。
若い男。
二十代前半くらいか。
杖を握りしめている。
手が、震えていた。
審判が、開始の合図を出す。
「始め!」
瞬間──。
「ファイアボール!」
魔法使いが叫んだ。
杖の先端から、炎の球が放たれる。
だが──。
バルドスは動かなかった。
ただ、手を翳しただけ。
「ウォーターシールド」
水の壁が出現し、炎を飲み込んだ。
ジュッ、という音。
白い蒸気が立ち上る。
次の瞬間──。
「サンダースピア!」
バルドスの手から、雷の槍が放たれた。
空気を裂く轟音。
「ひっ……!」
魔法使いが、目を見開く。
避ける余地もない。
ドガァン!
直撃。
魔法使いの体が、宙を舞った。
地面に叩きつけられる。
白目を剥いている。
痙攣している。
「三十秒、失格」
審判が、淡々と告げた。
治癒師が駆け寄り、倒れた魔法使いを担架で運び出す。
観客席から、ため息が漏れた。
「また瞬殺か」
「今年は厳しいな」
二人目。
剣士だった。
バルドスも剣を抜く。
今度は少し粘った。
バルドスの攻撃を、必死に剣で受け止める。
火花が散る。
金属音が響く。
だが──三分が限界だった。
バルドスの剣が、剣士の武器を弾き飛ばす。
そして、柄で腹を突く。
「ごふっ……!」
剣士が、膝をつく。
「三分二十秒、失格」
また一人、担架で運ばれていく。
観客席の声が、さらに大きくなった。
「今年は合格率低いな」
「審査員のバルドス、手加減しねぇからな」
三人目、四人目、五人目──。
全員、失格だった。
誰一人として、五分を耐えられない。
ダウンを奪うなんて、夢のまた夢。
バルドスは、圧倒的だった。
魔法、剣技、体術──全てが一流。
しかも、手加減なし。
容赦なく叩きのめす。
観客席は、既に諦めムード。
「今年は全滅かもな」
「まぁ、毎年こんなもんだろ」
そして──俺の番が来た。
「次、鬼塚剛さん、入場してください」
審判の声。
「お」
俺は立ち上がった。
「んじゃ、いってくるわ」
リリィが、にっこり笑った。
「頑張ってね!」
「おう」
砂の舞台、中央に立つ。




