38.大垣のフリーライブを見てから帰ります
もうすぐか…
時間は13時50分、ステージ横に立てられたイベント内容が書かれたボードを見に行く。今回の出演者は3組。彼女の他、すっかりお馴染みになったゆうそら、初めましての男性2人組だ。14時からと17時からの2ステージ、出演順は書いてない。フリーライブで出演順不明というのは文化なのだろうか。
それでも今回は事前にイベント情報を調べているから驚きはない。俺はステージ前に置かれた適当な椅子に座って開始を待つことにした。その時、さらっと客席を見渡したが、大阪で会った彼女のファンは見当たらないようだ。大阪からも結構な距離離れてるから仕方ない。
時間は13時55分、ステージ上にはショッピングモールのスタッフが登場してオープニングのMCを開始。これもショッピングモールでフリーライブを見る時にはお馴染みの光景だ。
時間は14時1分、スタッフと入れ替えで彼女がステージ上に姿を見せる。外は残暑厳しいが今日は季節先取りなのか、秋っぽい衣装。なぜか、この季節の衣装が彼女に一番似合ってる気がした。簡単に音のチェックを終えると、1ステージ目開始だ。
「こんにちは。神崎ありさです」
「土曜日の午後、お買い物中の方も沢山いらっしゃると思いますが、音楽で盛り上げていきますよ」
1曲目から『スカイハイウェイ』で盛り上がる、この曲から始める事は滅多に無く、今日の彼女は何かが違うように感じた。ここのステージは1階にあるものの、その上は吹き抜けになっていて上の階まで音と声が響き渡る。まるで大きなコンサートホールで演奏しているかのようだ。
続けて2曲目も盛り上がる系の曲を演奏すると、ステージ前だけでなく、吹き抜けになっている上の階からステージを覗いている人達まで手拍子を送って盛り上がる。そしてMCでは決まったばかりのワンマンライブの告知で一息。後半は1曲落ち着いた曲を演奏して最後の4曲目も盛り上がる系の曲。こんなセットリスト、フリーライブでは始めてだ。
「ありがとうございました。神崎ありさでした」
「次はゆうそらさんのステージです」
大きな拍手に送られてステージを降りる彼女、秋の装いはちょっと暑そうに見えたが、最高のステージを見せてくれた。この後は物販タイム、いつものように列が落ち着くまでステージから少し離れた場所で待っていることにした。それにしても今日は特別な事でもあるのだろうか、初めて来る場所だが凄い人だ。
2番手のゆうそら、彼女の演奏に刺激を受けたかはわからないが、1曲目から盛り上げる系の曲で飛ばしていく。2曲目に入ると、ショッピングモールの一角で行っているフリーライブとは思えないくらいの盛り上がりを見せる。
そんなゆうそらの2曲目終わりのMC中、彼女の物販列がやっと途切れたのが見え、急いで物販席へ向かった。2ステージ目の途中で帰るだろうから、今話しておく必要がある。
「こんにちは」
「しいさん、大垣まで来ていただいて、ありがとうございます」
「楽しんでいただけましたか?」
「1ステージ目、凄い盛り上がって楽しいライブでした」
「そう、残念ながら時間の都合で2ステージ目途中で帰ります」
「楽しんでもらえたようで何よりです」
「お疲れじゃないですか?無理しないで下さいね」
「17時15分くらいまで居ますが、今のうちに言っておきます。また、横浜で」
「はい。また横浜で会いましょう」
彼女との話を終えて物販スペースを後にしたのは、ゆうそらの3曲目が終わる頃だった。俺は元居た場所には戻らず、物販スペースの近くでゆうそらの演奏を最後まで聴くことにした。ゆうそらの演奏が終わると、物販スペースへ向かう人達と入れ替えでステージの付近に移動。ゆうそらの物販にも長い列が出来ていた。
ステージ前に戻ると、この3組目が目的だろう女性ファン達がステージ前に待機。俺はステージが見える後方の柱付近という定位置でステージを見ることにした。見た目は爽やか系の2人、曲も見た目と同じように爽やか系で、ハモリが特徴的だ。しかし、MCに入ると軽妙なトークで会場の爆笑を誘う。関西のミュージシャンはMCを休憩時間にしないという、お馴染みの光景だ。
3組目の演奏が終わり、物販スペースに並ぶ列を見るのも3回目。この後は16時から子供向けのイベントが行われるらしく、すぐにステージの準備が始まり、客層も一変。朝から移動してきた俺は疲れが見えてきたため、2ステージ目が始まるまで休憩することにした。
時間は15時43分、会場を離れ、休憩できる場所を探してウロウロ。しかしショッピングモール内は人が多く、フードコートも満席状態。仕方なくショッピングモールを出て隣にあったゲームセンターで涼みながら休憩を取ることにした。
時間は16時50分、イベント会場は相変わらず人が多い。俺は時間になったらすぐ帰れるモードでステージ後方の柱付近に場所を構えた。すると、ゆうそらのファンの人と遭遇、話をしていると2ステージ目が始まるようだ。
時間は16時55分、オープニングは2ステージ目も1ステージ目と同じ流れ。何か制限時間があると約5分のMCが異常に長く感じる。
17時1分、彼女がステージに登場。1ステージ目と同じく準備を終えると、すぐに演奏を始めた。ゆったりした落ち着いた曲、引き込まれるような彼女の歌声と演奏に、制限時間で焦ってた俺の心が浄化されていくようだ。一旦時間の事は忘れて彼女のライブに身を委ねることにした。
2曲目は去り行く夏を惜しむかのような寂しげな曲。1ステージ目とはイメージが異なる曲を演奏しても、彼女の歌声に引き寄せられ、多くの人が立ち止まって聴いて行く。しかし、時間は残酷な事実を告げる。2曲目が終わり、MCを始めた時点で17時12分、タイムリミットまで残り3分。
3曲目を聞くと帰れない可能性がある…
ステージ上にいるMC中の彼女に気付くか気付かないかの合図を送って、後ろ髪を引かれる思いで静かに会場を後にする。と思ったら、偶然目の前を通りかかったゆうそらの2人に声を掛けられるといったハプニング。
「あれ、お帰りですか?」
「2ステージ目始まったばかりですよ」
「あ、今日は時間の都合でこれから帰らなきゃいけないので…」
「ごめんなさい。また次の機会に」
「お気をつけて」
急いで大垣駅に戻らなきゃ…
話もそこそこに今度こそショッピングモールを後にする。俺は記憶を頼りにと言いたいところだが、そもそも道は単純。大垣駅までは迷う事は無く、到着したのは17時32分。汗をぬぐい、息を整えながら青春18きっぷを用意。有人改札を抜けて名古屋・豊橋方面のホームに向かった。
列が出来ている乗り口もあったが、慣れてきた俺は空いている編成の端の方を目指した。17時37分、豊橋行きの新快速電車が到着するとすでに人が乗っている。どうやら大垣駅始発ではないようだ。それでも座席には余裕があり、簡単に座席は確保できた。まだ噴き出す汗を拭いながら涼しい車内で一息。
青春18きっぷを使い始めて3回目の遠征、帰りは毎回トラブっている。なぜかこの時点で、嫌な予感が頭を過ぎった。念のためヤツに教えてもらった運行情報サイトを確認すると、東海道線は名古屋駅から豊橋駅付近で10分程度の遅れ。不安感が一層大きくなる。
時間は17時40分、電車は豊橋駅へ向かて出発。するとすぐに一度聞いた事があるアナウンスが流れる。
「今日もJR東海をご利用いただきありがとうございます。この列車は新快速の豊橋行きです」
「この列車は新快速列車ですが、イベント開催のため笠寺駅に臨時停車いたします」
また笠寺駅に臨時停車か…
早朝から移動して疲れが出てきた俺は、アナウンスに不安を抱えながらも豊橋駅までは寝ていく事を決めた。途中色んな事が起きたかもしれないが、目が覚めたのは電車が蒲郡駅停車中。時間を確認すると19時2分、5分ほど遅れているようだ。
気になって次の浜松行きの時間を調べると豊橋駅19時11分発、このままだと間に合わない確定だ。電車は豊橋駅に向けて進んでいくが、途中で19時11分に。前回の記憶だと浜松行きは待ってくれない。一気に終わった感が襲って来る。
19時14分、電車は6分遅れで豊橋駅に到着。急いで階段を駆け上がると19時11分発の浜松行きは出発していなかった。他の人も同じことを考えているのだろう、みんな急いで浜松行きの電車に飛び乗る。乗り換え客を待った浜松行きは結局7分ほど遅れ、満員状態で豊橋駅を出発した。
電車は少し遅れながら浜松駅を目指しているが、電車が高塚駅に到着時点で9分遅れの19時49分。嫌な予感がした俺は浜松駅からの乗り継ぎを確認、すでに静岡行きが出発している時間だった。かなりヤバい。電車が待ってなければ帰れなくなってしまう。
車内では同じく静岡方面を目指す人達が慌ててスマートフォンを操作している。多分同じことを考えているのだろう。俺はついでに浜松駅から新幹線の時間も確認した。
19時54分、8分遅れで浜松駅到着。乗り継ぎの静岡行き普通列車は隣のホームで待っていたが、何かのイベント帰りだろうか、似たようなものを持っている人が目立ち、すでに多くの人達で満員状態。そこに豊橋方面からの乗客が加わり、静岡行きは朝の通勤ラッシュ並みの混雑だ。
俺はその光景を見て、静岡行きに乗るのを諦めて新幹線ワープ方向に舵を切った。一旦改札口を出て新幹線の乗り換え口へ向かうと、次は20時17分発のひかり号との表示。急いで時間を調べると、ひかり号が静岡駅に到着するのが20時37分、静岡駅で熱海に行く電車は21時14分発まで無い。浜松駅で見送った普通列車が静岡駅で接続する電車に乗るようだ。
うーむ… 何だ?
うまく行かない感が漂ったその時、俺の今の状況を知ってか知らずか、ヤツから一通のメッセージが届いた。長々書いているのは慣れたが、後半の方に重要な事が書かれていた。
今日は沿線でイベントが多く、青春18きっぷ利用者も加わって電車が遅れたり、トラブルが発生する可能性が高い。そんな時は静岡県を一気に抜けてしまうのがお勧めだと。浜松駅から三島駅まで新幹線で移動するのだが、テクニックとして分割自由席特急券を使うというものだ。やり方は浜松駅から三島駅を買うのではなく静岡駅で分割、浜松駅から静岡駅と静岡駅から三島駅の2つの自由席特急券にするという。乗車券は分割せずにそのまま浜松駅から三島駅まで。その3枚を自動改札に通せと。
長い…
全部読んでると時間が無くなる。必要な所だけを覚えて、自動券売機で分割した自由席特急券と乗車券を購入。しかし、本当に3枚の切符を入れて自動改札機を通過できるのだろうか。恐る恐る切符を入れてみると、ちょっと処理に時間がかかって焦ったが、無事に自動改札を通過できた。
時間は20時7分、次はひかり号だが三島駅に停車しないので、後のこだま号まで待つことに。しかし、こだま号が三島駅に到着してから接続が無ければ意味がない。浜松駅の待合室で三島駅からの接続を調べると三島駅21時36分の熱海行きがあって無事辿り着けそうだ。
ホッと一息ついたところで待合室を見渡すと、隣にコーヒー店とお土産屋、待合室の外には弁当屋が見える。が、弁当屋はすでに電気が消えている。色々と気になるものはあるが、トイレを済ませたら時間は20時17分に。東京方面のホームに上がって5号車の乗り口で待つことにした。
20時21分、こだま号が浜松駅に到着。車内はそこまで混んでいない、適当な窓側の席に座ると、この場所の特権を利用して早速スマートフォンを充電。時間は20時25分、こだま号は時間通りに浜松駅を出発。
やっぱり新幹線は快適。大垣を出てから心が落ち着く余裕がなくここまで来たが、新幹線に乗ってやっと落ち着き始めた。三島駅までの約1時間を睡眠時間にしようと寝る体制に入ったが、結局眠れず気付けはもうすぐ三島駅。スマートフォンの充電は出来たが、気力と体力の充電はわずかだった。
21時13分、新幹線は三島駅に到着。再び自動改札に3枚の切符を恐る恐る投入。3枚処理するからだろうか、時間がかかるこの瞬間ドキドキするが、無事通過できた。切符を買うという手間はかかるが、ヤツの言う通り数百円安いからお得だ。
新幹線改札口を出て、青春18きっぷで在来線改札口を通過。熱海方面のホームに上がると21時36分発の熱海行きは10分ほど遅れているとのアナウンス。遅れはもう仕方ない、何もないホームで待つこと約30分、熱海行き電車は10分遅れの21時46分に到着。車内は少し混雑、熱海駅まで立って行くことにした。
電車は9分遅れの21時59分に熱海駅到着。急いで東京方面のホームへ移動すると、東京行き電車はすでに待っていた。俺は編成の後方、グリーン車よりも後方の車両に向かい座席を確保した。これが最後の乗り換え。
22時9分、時間通り熱海駅を出発。ふと、ヤツに教えてもらった運行情報サイトを確認すると、横浜までは遅れ無し。試しに浜松駅で見送った電車がどうなったのか調べると、20分ほど遅れていたとの情報。静岡駅での乗り継ぎがうまく行ったかはわからないが、新幹線使って正解だったかもしれない。
流れる景色を見ながら思う。俺がやっているような遠征旅は旅行や帰省など一般の人が思う旅とは違う。目的のためにお金を掛け、それ以外にはお金を掛けたくない。そうやって目的中心に考えていると、何度も行くには格安移動を選択するようになる。それは、長時間の移動時間を強いられ、トラブル発生確率が高くなり、タダでさえ辛い移動がトラブル発生でより一層辛くなる。これが連続すると目的そのものを見失って遠征行きたくないという方向に心が向いてしまう。
良くない考え方だ…
行きは目的のためにテンションも上がり、アドレナリンも出てるから気にしたことは無いが、帰りは目的を失い心が不安定になる。もう少し体力面も精神面も健全な形で遠征旅を終え、次も行きたくなるようにしたい。
などと考えていたら寝ていたようで、気づくと電車はもうすぐ大船駅。ここまで帰ってくると、浜松駅辺りで感じた不安感よりも、帰って来れた安心感のパーセンテージが大きくなる。そして楽しかったライブの思い出がよみがえり、また遠征行きたくなる。
不思議なものだ。途中、熱海駅辺りでは不安定で負の方向に引かれていた心も、家が近づくにつれて正の方向に戻ってくる。1時間ほど前に考えていたのは何だったんだろう。
そして時間は23時21分、時間通りに電車は横浜駅に到着。有人改札を青春18きっぷで通過すると長い長い1日の終わり。いや、感覚的には短かい一日が終わった。
この遠征が終わると次は大阪ワンマンライブまで遠征はない。しばらくお預けになりそうだが、また行けることを楽しみにして家路に付いた。
おっと、その前にコンビニで晩ご飯を買わなきゃ。これも遠征後のお馴染みだな。