さいしゅうわ 3
Abの世界
ユーリーは、何かに背を預けたまま、ぼんやりと両脚を投げ出している。
誰もいない。
どこにもいない。
視界も白濁している。
死ぬのかな、と思った。
彼の肉体は超回復ができる。でも、それは、意思の力と連動している。
ああ、でも死ぬわけにはいかないな、とも思う。
――あーちゃんとつながっているもの。
彼女に酷いことをした。
うらまれるだろう。
一生涯だ。
でも、それでもいい。
その方がいい。
彼女は、もう自分を見たくもないだろう。
かつての世界の妹さんを救えば、恩を売れるかとも思った。
あの時、彼女の苦しむさまをみて、ユーリーは悲しくて、でもどこかでいっそ喝采したい気持ちだった。あまりにも自分が醜くて笑ってしまう。最低過ぎて気持ち悪すぎて嫌われそうだなとも冷静に思った。
でも、もしかしたら。あれほどの苦痛を取り除けば、もしかしたら。凄く凄く低い確率かもしれないけれども、彼女は、自分のことを好きになってくれるだろう。
そのためなら、百年、千年、万年の戦いなど、ちっとも恐ろしくない。
そう思った。
だから、きっと罰があたったのだ。
くだしたのは、きっと彼女の両親。
かみさまなんて信じてない。あいつらはただの化け物だ。でも彼女の両親の怒りなら、甘んじて受けよう。
昔、ユーリーは村を出てすぐ行き倒れた。
死ぬかと思った時、暗い一本道に立っていて、そこに彼女の両親がいた。見知らぬ男もいて、「カーシム」と名乗った。
――君は、アリアがすきかい? 彼女とずっと一緒にいたいと思うかい?
――そうか。どうか約束しておくれ。アリアを守ってくれると。
――この指輪を持っていくがいい。これは、私とフレデリカの魂の力。私たちは消滅するけれど、その犠牲と対価にこたえ、これに神々が力をくれた。
――君は、この指輪に因果を結ぶだろう。たくさんの人を助けなさい。世界に奉仕しなさい。やがて来る『災い』をくじき、助け、これに糸を結びなさい。いつか、その降り積もる『徳』と因縁の糸がアリアを不幸から守ってくれるから。
――君に、過酷な運命を課す私たちをどうか許してね。いいえ、許さなくていいのよ。でも、どうか、お願い。お願いね……
ごめんなさい、と思う。
彼らの願いには、最後の最期で答えられなかった。
彼女を、誰よりも不幸のどん底に突き落とした。
俺なんかに目をつけられるから、最初から不幸になる運命だったのかな、と唇の端が歪む。
一応笑ったつもりだったけれど、
「何がおかしい」
急に声をかけられて、ユーリーはぎょっとした。
冷たい指先が、頬に添えられる。頤に滑り、また戻り、ばりばりに乾いた血と髪の毛の辺りに触れて、そっとかきあげる。
「あ、あーちゃん、ど……どうして」
視力が回復していない。何故超回復しなかったと後悔が走るが、もう遅い。
気がついたら、全身強く抱きしめられていた。いや、痛まぬようにやんわりと、でも強く強く。
悪寒にも似た震えがユーリーの身体を走る。
温かい。
「ばかなやつ。本当にばかなやつ」
何度も頬を撫でられ、頭を撫でられる。
温かい何かが顔面に落ちてくる。
なみだ?
「痛かったろう。つらかったろう。苦しかったろう。どうして自分で自分を傷つける」
痛くない。つらくない。苦しくない。
それはあーちゃんだ。
あーちゃんを傷つけた。
俺が傷つけた。
「お前が憎いよ。憎くてたまらない。でも、」
ぽたぽたと落ちてくるしずくを、ユーリーは唇で受けた。
「正直に答えろ。お前は、私に憎んでほしいのか?」
「……それで、あーちゃんの気が済むのなら。済むはずもないけれど、憎んでくれてかまわない」
「……」
ユーリーは模範解答のできた自分に満足した。
でも、ああ、でも。
自分は、弱い。願わずにはいられない。
「……も、もし。もし可能なら。俺、のこと。嫌いに。嫌いにならないで」
小さな子供にもどったように、たどたどしく、それでも言わずにはおれなかった。
かろうじて動く左指先で、感触を頼りに、彼女の衣服の端を握る。指先が汗と血で滑って、うまく握れない。
最悪の憎むべきかたきにもなれない。
そうしたら、たくさんのたくさんの雫が落ちてきた。
何度も何度も頬を撫でられる。
「ばかやろう。嫌いに、嫌いになれたら! なれるわけないだろう。こんなぼろぼろになって、こんな酷い怪我してっ」
「痛くないよ、あーちゃん、慣れているよ」
「慣れるなっ 慣れるもんか!! 私が、私が慣れない……こんな風になるな。私が苦しい。ばかやろう。ちくしょう、責任とれ」
「とるよ。とるから……ごめんね。帰せないから……不幸せかもしれないけれど、苦労させないから……」
途端に、頭を殴られた。多分、大分手加減していたのだろうけれど、とても痛い。
「そういう意味じゃないっ もういい。もういい。私がお前を死ぬほど幸せにしてやるからな。もう、二度と。二度と、こんな目にあわせない」
ユーリーは見えぬ目をまん丸に開けて、それから、本当に心からの笑みを浮かべた。
彼女は、なんて。
なんて、
「あーちゃんは、やっぱりヒーローだ。俺なんかより、ずっと」
もうずっと昔から分かっていたけれど。
そんなこと。
――昔苛めていた幼馴染が勇者になって帰ってきた件なんだが。
――彼女は、勇者を末永く幸せにしてやったと聞く。
――その彼女自身については、また機会があれば。
完結です。改稿版にお付き合いいただきありがとうございました。
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