第6話(最終話)続く日常
正嗣さんは、難しい顔をしていた。
それはそうだろう。
自分の妻と息子が世間に顔向けできない関係になっていて、離婚の危機にあれば。
家族会議は佳境に入っていた。
私と蒼生くんが事情を説明し、正嗣さんが全容を把握するまでに時間がかかった。
「そうか……」
正嗣さんは腕を組んで考え事をしている。
「父さん、本当にごめん」
蒼生くんは土下座をしそうな勢いで深々と頭を下げていた。
「春乃さんがお前の大ファンなのは知っていたが……」
「えっ、知ってたの……?」
「ああ。春乃さんと交際する過程で、推し活のことも聞いていたから」
そう。
私は正嗣さんを家に呼んで、蒼生くんのグッズで作った祭壇も見られている仲である。
「推し活、大事にしていいよ。奪うつもりはないから」
彼は私の趣味を尊重してくれた。
正嗣さんからは蒼生くんが息子である事実は一切語られなかったが。
「……わかった。春乃さんに異存がなければ、一度離婚しようと思う」
「父さん……」
「一度……?」
正嗣さんの不可解な言葉に、私も聞き返してしまった。
「離婚はする。でも、蒼生、お前には負けない。僕ももう一度、春乃さんが結婚したいと思うほどの男になりたい」
「もうその時点でだいぶ正嗣さんに軍配が上がる……」
さすが蒼生くんのお父さん……。
親子で推せる男前な精神性……。
「蒼生、お前が春乃さんを幸せにできないなら、いつでも僕が奪い返すからね」
「でも、離婚して俺も父さんもスタートラインは同じになるんでしょ。俺だって、父さんにも誰にも負けない」
蒼生くんも、正嗣さんも、爽やかな笑みを浮かべていた。
――こうして、私はバツイチになった。
でも、結婚を考えている男性がふたりいる。
こんな未来を、誰が想像しただろう。
「いらっしゃい、春乃さん」
「おはようございます。メロン味のメロンパンあります?」
「春乃さんにはチョコチップメロンパンもつけちゃう」
「こら、蒼生。勝手にパンを持ってくるな」
正嗣さんと、蒼生くん、それから私。
この幸せな三角関係を続けるために、私たちは『世間体』と『普通の家族の形』を永久に捨てた。
正解かどうかなんて、まだ分からない。
それでも私は、今日を選び続けている。
パンの焼ける匂いに、蒼生くんの香水が混ざり、溶けていく。
私たちは、もう二度と、元の場所へは戻れない。
この日常が、いつまで続くのかは――誰にも、分からないまま。
〈了〉




