第40話 アルバム
休日の昼下がり。
みくが、スケッチブックと色鉛筆、それに俺のスマホをテーブルに並べて宣言した。
「みくね、アルバムつくる!」
「……は?」
ソファで横になっていた俺は、首だけ持ち上げて聞き返した。
「スマホのしゃしん、全部ここにまとめるの!」
「いや、スマホにあるならそれでいいだろ。今どきアルバムって」
「だめ! 紙にするの! 切って貼るの!」
「俺のスマホを切る気かお前は」
「ちがうもん! コンビニでプリントするの!」
みくがぷくーっと頬を膨らませる。
キッチンで麦茶を注いでいた咲が、くすくすと笑いながらやってきた。
「いいじゃん、アルバム。私も手伝うよ」
「えへへ、咲ちゃんありがとう!」
みくが咲に抱きつく。
俺はため息をつきながら、体を起こした。
「しょうがない。じゃあ、コンビニ行くか」
コンビニで写真を数十枚プリントし、アパートに戻ってきた。
テーブルいっぱいに写真を広げ、みくがスケッチブックに貼り付けていく。
咲が横で、色鉛筆で可愛らしいイラストや日付を書き足していく。
俺は……俺はただ、それを見ている係だ。
「あ、これ!」
みくが一枚の写真を手に取った。
動物園で、チーターの檻の前で撮った写真。俺がブレブレで写っている。
「渡くん、この時ほんと、置いてきぼりだったよね」
「……みくが急に走り出すからだろ。あれはチーターより速かった」
「パパがおそいんだよー!」
みくが笑いながら、写真をスケッチブックに貼る。
「じゃあ、これは?」
咲が別の写真を指差した。
植物園の温室。みくが暑そうにへばっていて、俺と咲が両脇でうちわを仰いでいる。
「あっつかったねー!」
「あの日は異常だった。温室なんだから当たり前だけど」
「渡くん、汗だくだったもんね」
「お前もだろ」
咲が少しだけ頬を赤くして、「そうだったかも」と誤魔化した。
文化祭の模擬店で、みくが俺の作った不格好なタピオカドリンクを飲んでいる写真。
公園のブランコで、みくと咲が並んで乗っている写真。
花火大会の屋台で、りんご飴を頬張るみく。
そして、ベランダで咲いた、最初の一輪のピンク色のブルースター。
一枚一枚の写真に、その時の音や温度が詰まっている気がした。
たった数ヶ月の間に、こんなにたくさんの写真が増えていたことに、俺自身が一番驚いていた。
「みくちゃんは、どの写真が一番好き?」
咲が、色鉛筆を置きながら聞いた。
「うーんとね……」
みくが、スケッチブックのページをパラパラとめくる。
「パパは?」
急に話を振られ、俺は少し考えるふりをした。
「……動物園のやつかな。お前がぞうの真似してたやつ」
「えー! あれ、パパもやってたじゃん!」
「俺はやってない」
「やってた!」
「咲ちゃんは?」
みくが、今度は咲を見る。
「私はね……」
咲は少し照れくさそうに笑って、ブルースターの写真を指差した。
「これかな。みんなで毎日お水あげて、やっと咲いたお花だから」
「そっかー!」
みくが嬉しそうに頷く。
「で、みくはどれなんだよ」
俺が急かすと、みくは「えっとね」と、あるページを開いた。
花火大会の夜。
入り口で、見知らぬおばさんに撮ってもらった写真。
みくを真ん中に、俺と咲が並んで笑っている。
「これ!」
みくが、その写真を指差して満面の笑みを見せた。
「みんなでとったやつ! これがいちばんすき!」
俺と咲は、顔を見合わせた。
夕方。
スケッチブックのアルバムが、ついに完成した。
表紙には、みくの拙い字で『たからもの』と書かれている。
「できたー!」
みくが、アルバムを抱きしめてソファの上で跳ねる。
「そんなに大事か」
「うん!」
みくは、アルバムを胸にぎゅっと押し当てた。
「……だって、なくしたくないもん」
「写真なんて消えないだろ、スマホにあるんだから」
「……」
「みく?」
「ううん!」
みくがぱっと顔を上げる。
「だからいっぱいのこすの! またしゃしんとってね!」
「はいはい」
俺はみくの頭を軽く小突いた。
咲も隣で、優しく微笑んでいた。
夜。
みくが寝静まった後、俺は一人でベランダに出た。
初夏の夜風が心地いい。
プランターのブルースターは、最初の一輪に続き、二輪、三輪とピンク色の花を増やしていた。
リビングの方から、何かを片付ける微かな音が聞こえる。
俺は、ブルースターの花を見た。
振り返って、リビングの灯りを見た。
また花を見た。
動物園。植物園。花火大会。
アルバムに並んだ写真が、なんとなく頭に浮かぶ。
そして、今日みたいな日には、たぶん名前がない。
口の端が、少しだけ上がった。
「……知らんけど」
夜風に揺れるピンク色の花びらを、俺はしばらく黙って見ていた。




