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未来の娘がやってきて、隣の席の美少女が『通い妻』になった〜青い花が咲く日まで、俺たちはまだ気づかない〜  作者: リディア


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第1話 見知らぬ幼女と、潰れた豆腐と、俺の自意識

「ねえ、渡くんの家の冷蔵庫、昨日の豚肉まだ余ってるよね?」


 放課後の教室。

 部活生の声が遠くから聞こえる中、隣の席の藤原咲ふじわらさきが、スマホをいじりながら当然のように聞いてきた。


「……なんでお前が、俺の家の冷蔵庫の在庫を正確に把握してるの」


「だって昨日、スーパーの特売で一緒に買ったじゃん。消費期限、明日までだよ?」


「だからって、なんでお前が俺の食糧の在庫管理までしてんだよ」


「心配なんだもん。渡くん、一人暮らしをいいことに、すぐ『もやし炒め』だけで夕飯を済まそうとするから」


「栄養価と満腹感のコスパ最強だろうが。もやしは学生の味方だぞ」


「だめ。今日はちゃんと豆腐も買って、お肉と一緒に炒めること。タンパク質が足りてません」


「お前は俺のオカンか、それとも専属の栄養士か何かか」


「ちがうってば!」


 咲はぷいっとそっぽを向いた。

 夕日が窓から差し込んで、その少しむくれた横顔を淡い橙色に染めている。


 怒っているのか呆れているのか分からない顔だが、その口元はちょっとだけ嬉しそうにゆるんでいて。


 そして咲は、右の耳たぶを、そっと指先でつまんだ。


 ――出た。


 あいつが照れてる時の、特有の癖。


 本人は無自覚のようだが、俺はここ半年くらい、その仕草をずっと知っている。


「……一人でご飯食べるのって、味しないじゃん」


 咲が、ぽつりと、自分に言い聞かせるような小さな声で言った。


「せめて、ちゃんとしたもの食べなきゃ、だめだよ」


 その声のトーンが、いつもより少しだけ沈んでいるように聞こえて。


 俺は、言い返す言葉を見失った。

 自分でも「少し口出ししすぎたかも」という自覚はあるらしい。だったら最初から、新婚の嫁みたいなことを言うなよ。こっちの自意識がバグるだろうが。


「……分かったよ。帰りに豆腐、買っていく」


「よしっ」


 咲が満足そうに頷く。

 その花が咲いたような笑顔を直視するのがなんだか癪で、俺――青木渡あおきわたるは、逃げるようにカバンをひったくって教室を後にした。



 マンションの廊下を歩きながら、俺は手首に食い込むコンビニのレジ袋を持て余していた。


 中には、絹ごし豆腐と、なんとなく気分で追加した菜の花のおひたし。

 誰かに自慢したくなるような豪勢な献立でもない。でも、誰かに「買ったぞ」と言える献立ではある。


「……あいつに言われた通りに豆腐買ってる俺、チョロすぎないか?」


 一人ため息をつく。


 あの「よしっ」という笑顔を思い出すと、逆らえなかったのだ。誰かが自分の今日の食事を気にしてくれている。その事実が、一人暮らしの自炊という空虚な作業に、少しだけ意味を与えてくれる気がして。


 ポケットから鍵を取り出し、冷たい金属のドアノブに差し込む。カチャリと無機質な音が響く。


「ただいま」


 誰も返事をしてくれない、静かすぎる一人暮らしの部屋。

 それでも言う習慣だけは抜けない。冷蔵庫の低い唸り音だけが「おかえり」の代わりだ。


 玄関でスニーカーを脱ぎ、廊下へ上がろうとした、その時だった。


「あっ! おかえりー!」


 声、がした。


 テレビのつけっぱなしではない。

 リビングの奥から、はっきりと。それも、高くて澄んだ子供の声だ。


「……ただいまっ、と?」


 俺は玄関で完全にフリーズした。

 ぱたぱたと小さな足音がして、リビングへのドアが勢いよく開く。


「パパのにおいする!」


 幼女だった。


 ふわふわの茶髪を二つ結びにして、見たこともないデザインの水色のワンピースを着た女の子。年齢で言えば、小学校一年生くらいだろうか。


 首から小さなポシェットを下げたその子は、満面の笑みで俺を見上げている。


「…………」


 俺は無言で後ずさりし、一度玄関のドアを開けて外を確認した。


 うん、俺の部屋だ。部屋番号は間違っていない。


 もう一度ドアを閉める。


 幼女はまだいた。幻覚ではないらしい。


「だ、誰だ!? どこから入った!?」


 反射的に、俺は豆腐の入ったレジ袋を盾のように構えた(まったく意味はない)。


「えへへ〜」


「えへへじゃなくて! ピッキング!? 鍵かかってたよな!? 令和のピッキング犯って幼女なの!?」


「えへへ」


「さっきからその返事しかないじゃん!?」


 笑ってる。なんで笑ってんの。

 俺は床に膝をつき、幼女と視線を合わせた。


 こういう時は、焦らせたらダメだ。相手は子供。落ち着け、落ち着くんだ青木渡。常識的で優しいお兄さんを演じろ。


「……ねえ、お嬢ちゃん。お名前は?」


「みく!」


「みくちゃん。ここ、俺のお部屋なんだけど。みくちゃんのお家じゃないんだけどな?」


「ううん、ここだよ! いつもとおんなじ匂いするもん!」


 みくは満面の笑みで言い放った。


「パパ! みく、ちゃんと来れたよ!」


 ――パ、パパ?


 俺の心肺機能が、音を立てて停止しかけた。


「ちょ、ちょっと待って落ち着いて俺から落ち着く。ストップ。タイム」


 俺は頭を両手で抱え込んだ。


「俺に子供はいない! 絶対いない! なぜなら俺は高校二年生だから! 細胞レベルで身に覚えがない!」


「パパ……みくのこと、忘れちゃったの……?」


 みくの大きな瞳に、じわっと涙が浮かぶ。


 やばい、泣かせた。この世で一番罪悪感を煽られるやつだ。誰かを一人ぼっちにさせてしまったような、強烈な焦燥感。


「ちょ、泣かないで! ごめんごめん! 俺が悪かった! でもパパじゃないから、とりあえず『お兄ちゃん』って呼ぼう? な!?」


「……じゃあ、お兄ちゃん」


「なんであっさり妥協したの!? 設定ガバガバすぎない!?」


 俺のツッコミを無視して、みくはぱあっと顔を輝かせた。


 そして、首から下げた小さなポシェットを小さな両手でごそごそと漁り始めた。


「お兄ちゃんに見せたいもの、持ってきたの!」


「見せたいもの?」


 なんか取り出そうとして。

 ぽろっ、と。

 彼女の小さな手から、何かがこぼれ落ちた。


 フローリングに転がった、水色がかった薄紫の、小さな種。


「あっ」


「これ……植物の種?」


 俺が拾い上げると、みくは慌てて両手を差し出した。


「ブルースター! だいじなやつ!」


「ブルースター? ……そっか、大事なやつなんだな。ほら」


 俺がそっと手のひらに返してやると、みくはほっとしたようにポシェットに種を戻した。


 それから。


 みくは俺を見上げて、ちょっとだけ照れたように、はにかんで笑った。


 そして、その小さな手が。


 そっと、自分の右の耳たぶをつまんだ。


 指先で、そっと。

 ピシッ、と。


 俺の脳内で、何かのパズルが強烈な音を立てて組み合わさった。


「……は?」


 手から、レジ袋が滑り落ちた。

 べちゃっ、と嫌な音がして、せっかく咲に言われて買った絹ごし豆腐がパックの中で粉砕された気がしたが、そんなことはどうでもよかった。


 藤原咲は、無意識に照れると右の耳たぶを触る。


 俺はそれを知っている。


 そして目の前の、「パパ」と呼んできた謎の幼女は今、全く同じ仕草をした。


 まるで、遺伝レベルで刻み込まれたかのように。


「えっ……うそ、だろ……?」


 声が震えた。

 みくは不思議そうに小首をかしげている。


「お兄ちゃん、どうしたの?」


 どうしたの、じゃない。

 待て。落ち着け俺。論理的に考えろ。ありえないが、もし万が一、この子が未来から来た俺の子供だとして。


 あの特徴的な癖を持っているということは。


 つまりこれは、どういうことだ。

 俺と。

 隣の席で、いつも世話を焼いてくる藤原咲が。


 ――将来、結婚するってことかぁああああああああああああああああああああ!?!?


 潰れた豆腐の音より、誰もいないはずだった部屋で、俺の自意識が爆発する音の方が、絶対にデカかった。


ここまで読んでいただき、ありがとうございます!


第2話では、

未来の娘を名乗る少女と、

隣の席のヒロインがついに鉢合わせします。


「え、どうなるの?」


と思っていただけたら大成功です。


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