Anotherストーリー
これは人間軍にアフラマズダを打った後のストーリーです
「お前らも..ありがとう」
魔力を受け取り俺はとっておきの呪文を放った。
極大光呪文
魔王に向かって打った以上の光。
巨大な矢が複数に向かって発射された。
光が収まったあと。
あたりを見わたす。
「え」
全てが壊れていた。
世界が。魔物が、人が。
「セラ!リーゼ!フィオナ!ルネ!」
必死に彼女たちの名前を叫ぶ。
光が取していく。
金色の残滓が空に溶けて消えた。
後に残ったのは一沈黙だった。
何もない。
地平線まで。
焼け爛れた大地。
蒸発した川。
えぐれた丘陵。
かつて人だったものの影すら残っていない。
もう一度叫んだ。
名前を。
一つずつ。
声は枯れていた。
それでも叫ばずにはいられなかった。
瓦礫の下を掘った。
岩を退けた。
走り回った。
膝が擦り切れても。
爪が割れても。
何かが手に触れた。
冷たい。
金属。
鎖。
見慣れた意匠。
リーゼの腕輪だった。
血に塗れて。
持ち主の姿はない。
あるのはこれだけ。
次に見つけたのは眼鏡。
フィオナが知識の神殿で貰ったと言っていたあの眼鏡。
レンズが割れている。
それだけ。
それだけだった。
「セラ、セラは...どこに...いるんだ」
心が壊れそうだった。
セラ。
いつも俺の心の中心だった。
歩いた。
当てもなく。
壊れた世界の中を。
何日経ったのかわからない。
食べ物は残っていた。
干し肉。
硬いパン。
味がしなかった。
水だけで流し込んだ。
足の裏が裂けていた。
治さなかった。
治す気力がなかった。
ヒーラーの手はまだ光を灯せるのに誰のために使えばいい。
丘を越えた。
風景は変わらない。
灰色。
茶色。
黒。
何か見えた。
岩に寄りかかるように倒れている人
影。
小さい。
銀色が見える。
走った。
転んだ。
立ち上がってまた走った。
息ができない。
肺が痛い。
一そんなことはどうでもいい。
辿り着いた。
銀髪の少女が横たわっていた。
目を閉じている。
胸が一微かに上下していた。
「セラ、セラ!」
叫んだ。
彼女はまだ目を覚さない
抱き起こした。
軽い。
いつも通り。
49キロ。
変わっていない。
頬に触れる。
冷たかった。
唇が乾いている。
ヒールをかけた。
最も弱い回復。
それでも今はこれが精一杯だった。
掌から淡い光が滲む。
セラの睫毛が震えた。
微かに。
もう一度。
「.....ん。」
薄く目が開く。
焦点が合っていない。
ぼんやりと空を見ている。
それからゆっくりと視線が下りてきて一俺を捉えた。
「た...すく?」
掠れた声。
砂漠みたいひび割れた。
「ここ.....どこ?みんなは?」
周囲を見回そうとして一見えたのだろう。
何もない世界が。
目が大きく見開かれた。
「......え?」
「よかった...」
俺はセラを抱き抱えた。
体が強張った。
状況が理解できていない目。
けれど俺の温度だけはわかった。
「た、翼.....みんな.....みんなどこ?」
返せる言葉がなかった。
「いない」とは言えない。
「死んだ」とも。
抱きしめる腕に力を込めることしかできなかった。
それが答えだった。
理解が追いつくまで数秒。
それから一震え始めた。
がたがたと。
子供みたいに。
「うそ.....うそでしょ?リーゼさん......フィオナさん......ルネ....」
名前が一つ出るたびに鳴が重なった。
俺にしがみつく手に爪が食し込む。
痛い。
それでいい。
しばらく泣いた。
声を上げて。
涙と鼻水でぐしゃぐしゃになりながら。
やがて一静かになった。
泣き疲れて。
ぼそりと。
「.....二人だけ?」
「...あぁ。」
俺から離れなかった。
離れたら消えてしまうみたいに。
顔を俺の胸に押し付けたまま。
「.....私のせいだ。」
小さな声だった。
「私があの時、急いで進もうなんて言わなければ.....もっと準備してれば.....みんな死ななかった。」
セラは自分を責めていた。
あの日、人間領への撤退を主張する仲間たちを振り切って魔王城への強行突入を決めたのはセラだった。
「今しかない」と。使命感に突き動かされて。
ぎゅっとたすきを掴む手に力が入る。
「ごめんなさい.....ごめんなさい.....」
誰に謝っているのか。
俺にか。
自分にか。
それとも一もういない誰かにか。
風が吹いた。
二人の影だけがある世界で、少女のすすり泣く声だけが響いていた。
日が暮れ始めている。
「お前は悪くないり全部。全部俺のせいだ。俺が...闇雲に..極大魔法なんて打つからだ..」
顔を上げた。
赤く腫れた目で俺を睨んだ。
「違う。」
強い声だった。
さっきまで泣いていた少女とは別人のような。
「翼は魔王を倒したんだよ。あのまま戦ってたら私たちが死んでた。私が一番近くで見てたんだから......わかるよ。」
セラの指が俺を叩いた。
弱く。
ぺちん、と。
「自分が悪いとか言わないで。それ聞いたら私もっと辛くなる。」
目にまた涙が溜まっていた。
必死に堪えている。
歯を食いしばって。
「.....二人で背負おうよ。半分こ。ね?」
そう言って一また俺に顔をうずめた。
甘えん坊の本性が出ていた。
意地を張った直後にこれだ。
本人も気づいていないだろう。
空には星が瞬き始めていた。
二人きりで見る星空。
残酷なほど綺麗だった。
「..結局何が正しかったんだろうな」
顔をうずめたまま首を横に振った。
「わかんない。」
正直だった。
飾らない。
勇者の言葉とは思えないほど素朴な一言。
「でもさ.....正しいかどうかなんて、最初からなかったんじゃないかな。」
少し顔を離して空を見た。
星を目で追いながら。
「魔王は世界征服しようとした。私たちはそれを止めようとした。.....それだけでしょ。どっちが正しいとかじゃなくて。」
膝を抱えた。
寒いのだ。
夜が来ると気温が落ちてくる。
毛布もない。
「.....ねえ翼。これからどうする?」
問いかけは単純だった。だがその裏にあるものは重い。
「これから」なんてあるのか。
この世界に。
二人しかいない世界に。
「..俺は...セラを..守り..続ける...」
突然涙が出ながらも続けた。
「どんなに..魔物が攻めてきても..人間がこようと..同じような悲劇が起ころうとも..俺は...セラを..セラを…守る...」
固まった。
呼吸が止まった。
一秒。
二秒。
それからセラも泣いた。
今度は声を殺さずに。
ぼろぼろと。
堰を切ったように。
「ずるい.....そういうの......こんな時に言うの.....ずるいよ......」
文句のようで文句じゃなかった。
嬉しかったのだ。
どうしようもなく。
16歳の少女はずっと誰かにそう言ってほしかった。
「守る」と。
たったそれだけの言葉を。
俺に抱きついた。
正面から。
しがみついて。
顔をぐちゃぐちゃにして。
「私も......私も翼のこと守るから.....もう誰もいなくても......二人だけでも......」
守れなかった者たちの名前は出さなかった。
出せなかった。
でも忘れない。
背中に背負って歩く。
それが二人の選んだ道だった。
その瞬間、抱き抱えていたはずの彼女の体が崩れていくのがわかった。
「え...」
魔王の討伐。
それはゲームのクリアを意味していた。
光の粒子になっていた。
指先から。
ゆっくりと。
砂時計の砂が落ちるように、セラという存在が解けていく。
セラは自分の手を見下ろした。
透けている。
驚いた顔はしなかった。
どこかでわかっていたのかもしれない。
「あはは.....やっぱりこうなるんだ。」
声は震えていなかった。
笑っていた。
「ゲームクリアってそういうものだよね。勇者が魔王倒したら......エンディングで......」
肘まで消えていた。
感覚があるのかないのか、わからない顔で笑っている。
俺の顔を両手で包もうとして一片手はもう消えていたから一残った手を伸ばした。涙で濡れた俺の頬を撫でた。
「泣かないでよ.....守ってくれるんでしょ?」
肩が消えた。
鎖骨が透けて見える。
星明かりがその向こう側から差し込んでいた。
最後まで笑っていた。
声が薄れていく。
光が舞い上がって夜空に溶けていく。
「なんでなんだろうな」
彼女が光の粒子になって空に散っていくのを俺は見たなんで。
「なんでこんなにも」
彼女と会ったその時からずっと。
「この世界は美しいのだろうか」
涙すら粒子となって舞っていく。
壊れかけている世界を色々なモノで染め上げていく。
世界の終わりを感じるこの瞬間にもう一度。
「好きだ」
光は答えなかった。
ただ優しく瞬いて一空へ昇っていった。
星と混じり合うように。
銀色に。
腕の中にはもう何もなかった。
温もりも、重さも。
服の袖だけがくしゃりと残って、それも風に攫わ
れて消えた。
好きだと言った。
届いたかはわからない。
届かなくていい。
これは俺自身への手向けだった。
言えなかった言葉。
言う資格がないと思っていた言葉。
涙はもう枯れた。
粒子になって散ったから。
代わりに胸の奥が空洞になっていた。
どこまでも深い穴。
何を詰めても埋まらない。
夜空を見上げた。
星が降っているように見えた。
流れ星か、光の名残か。
区別はつかなかった。
つける必要もなかった。
やがて一俺も目を閉じた。
…………………………………………………………
俺は元いた世界に戻ってきた。
なんも変哲のない平凡なただの部屋。
机の上には一つのゲーム機があった。
俺はゲーム機を手に取った。
私も好きだよ
画面には一言。
美しい夜景の背景にそう書かれていた。
俺は部屋の窓を開けて空を見上げた。
星々の一つ一つが美しく光っていた、彼女が粒子になったあの時のように。
カーテンが揺れた。
春の夜風。
少し冷たい。
画面の文字は消えなかった。
ずっとそこにあった。
「私も好きだよ」。
あの声で生される。
笑いながら言う声。
照れ隠しに怒ったふりをする声。
窓の外、星が一つ流れた。
明るい光を残して夜の向こうへ消えていく。
俺はゲーム機をそっと机に置いた。
電源は切らなかった。
スリープの青いランプが暗い部屋で静かに点っている。
それだけだった。
それでよかった。
それから、何ヶ月かが過ぎた。
季節は移り変わり、あの夜のことを語る相手はいない。
「彼女」がいた世界のことも。
全部俺の中にだけ存在している。
夢だったと言われれば否定できない。
証拠は何もない。
ゲームソフトが一つ、机の引き出しに眠っているだけ。
普通の日々が続いていた。
大学に行って、バイトをして、飯を食ってる。
繰り返し。
退屈で平凡な毎日。
けれど一時々、空を見る癖がついた。
夜になると窓を開ける。
星を探す。
銀色っぽい光を見つけると、少しだけ笑う。
あの言葉はまだ、画面に残っている。




