第三十八話 ポートシーガルの黒猫
「ドクター。ドクター・コセ。報告です」
「なんや、アカツキ。ずいぶん早いなあ……まだ明け方やんか」
ふわあ、と大きな欠伸を漏らしながら、ドクター・コセと呼ばれた男はソファーの上で上半身を起こした。ソファーというのは名ばかりの、擦り切れた布張りの長椅子であるが、こういう場所で眠るのは慣れている。
「三日月島に放った仮称:人工ブラッドナンバー001に続き、グウェルバート氏に納品した002も反応が消失しました。何らかの方法で魔力を遮断されていると推測します」
「またかあ。やっぱ撃破イコール回収されてまうんやな、こりゃ改良しようにも研究しづろうてしゃーないわ」
ボサボサの黒髪を、片手で雑に搔きまわし、コセはため息を吐いた。
モニターから発せられる機械的な声は、無駄に機嫌を取ったりしない。これでいい、これがいい、と頷きながらコーヒーの支度をする。
彼ないし彼女───アカツキは、コセが作った人工知能だ。性別はとくに指定していないし、今のところ姿かたちもない。中性的な声でただ、必要な指示をこなし報告をしてくれるだけの存在である。
「それからもうひとつ。ジュダス氏に納品した儀式用アイテム一式は既に使用され、目的を果たしたとグウェルバート氏から報告がありました」
「あー、あれか。無駄にならんかったなら何より。ほんま、なんでワイがあんなキモい思いして死体集めの指揮せなあかんねん。魔王復活に協力するとは言うたけど、どう考えても人選間違ってるわ」
当時を思い出し、気持ちの悪さに「うえー」と舌を出す。直接触れることはなかったとはいえ、死臭漂う中でおびただしい数の死体を箱詰めし出荷するなど、正気の沙汰ではない。
「……あれ、その報告グウェルバートはんから来たんや?ジュダスとかいうオッサン、ドヤ顔で報告してきそうでウザイなー、思っててんけど」
「ジュダス氏は死亡したとのことです。詳細は不明です」
「え?死んだん?まー、あんなエラそーにふんぞり返っとるからや。エラそーなコモノは最初に死ぬって定番やろ」
はは、と乾いた笑いをコーヒーで喉に流し込み、スリッパから靴に履き替えた。
この生活を始めてそれなりに長いが、未だに自宅内で土足というのは抵抗があるものだ。■■人のサガというやつだろうか。
「次はモノホンのブラッドナンバーを改良させてもらえるって話やからな。前の二つよりはなんぼかマシやろ。たぶんやけど」
この仕事をこなすことで、魔王軍の利益になるのは明白だ。コセとしては衣食住が保証されるうえに、好きに研究を続けられる。ウィンウィンというやつである。
無事復活したらしい魔王にはお目にかかっていないが、話を聞く限り気が合わないこともなさそうだ。
───世の中、面白ければそれでいい。
「ほな、ちょっと早いけど今日も始めよか。アカツキ、昨日のデータ出してぇや」
*****
真昼間だというのに、太陽は影も形も見当たらなかった。
もくもくと湧き出てきた黒雲が空を覆い、バケツをひっくり返したような大雨が、吹き荒れる風と結託して襲い掛かってくる。小型のケルピー船は、転覆しないよう波を乗りこなすので精一杯だ。
「だから今日はやめたほうがいいって伝えたんでさァ!言わんこっちゃねェ」
匠の技でケルピーを操りながら、御者は不服そうに叫んだ。
「オジサンそれ、新人メイドに言ったでしょー?出発するときに泣きながら謝られたよ、伝えようとした時にはもう話が進みに進んでて、言える空気じゃなかったーって」
「あのメイドが悪いわけじゃないよなぁ、最近忙しくてみんなピリピリしてたし。俺でも言い出しづらいよあんな空気」
窓の隙間から侵入してきた海水をせっせと外に追い出しながら、双子も叫び返す。これくらいの音量でないと会話が成り立たないほど、スコールというのは喧しいものなのだと改めて実感した。雷、雨、風、波……自然が殴り合っているみたいだ。
あれは、ギャビンの島から帰宅した翌朝だった。
母ダリアに状況を共有するなり、ちょうど緊急の案件がある!と有無を言わさず初仕事が決定したのである。
あれよあれよという間に話が進み、準備も早々に送り出され今に至る。ダリアあるあるの無茶ぶりではあるが、たしかに急を要する事態ではあった。
シディアたちが向かっているのはベーヌス島の北側、首都から見て北東に位置する町・ポートシーガルだ。
針山のせいで陸路で向かうのは困難を極めるため、交通手段は海路一択。特段大きくはないが、活気のある港町だと聞いている。
とある人物からの定期連絡が途絶えたので、無事を確かめに行くというのが双子に任された仕事だった。
その人物は町長などの有力者を暴走させないための監視役で、信頼のおける老人だという。監視役の存在自体が初耳だったが、ベーヌス島は地形の都合で、首都以外に島主の目が届きにくい。お目付け役の一人や二人、置いておくのも納得である。
「ここから岩場に沿って、数分も歩けばポートシーガルの港でさァ。こんな場所ですまねェ、坊ちゃんたち。くれぐれもお気をつけて!」
嵐に今にも流されそうな、桟橋と呼ぶのが正しいのかもわからない小さな足場に、双子は降り立った。御者の都合で入港できなかったからだ。
(上陸ならまだしも、入港すら許されないとなると……)
おそらく彼はこの港町で暮らしていた、もしくは家族が住んでいるのだろう。
───実の娘を、殺したんでさァ。
御者の言葉を思い出し、シディアは荷物の持ち手をギュッと握りしめた。
横殴りの雨の中、港を目指し歩を進める。
御者の言った通り、数分で港への出入口らしき古びた小さな門が見えた。昔はこの道も通路として使われていたらしいな、などと考えながら風に負けじと足を動かしていると、前を歩いていたアリスが立ち止まった。よく見ると、門の下に人影がある。
その人物が纏う黒いフード付きのマントに、シディアは身を強張らせた。あの日の恐怖と、太腿の痛みが脳裏によみがえる。
「懲りずに今度は陸から侵入しようってワケ?何度来ても、あんたら海賊にはカリカリ一粒すら渡さないっつーの!だぁー、弾が勿体ないから帰った帰った!」
知らない、若い女の声だった。
ティラミスではないと分かり安堵した後、女がこちらにライフル銃を向けていることに気づき戦慄する。大きな誤解が生まれているようだ。
「ま、待ってくれ!俺たちは首都から派遣されて来たんだ」
「トマスって人、知らない?あたしたち、その人に会わないといけないの」
アリスが監視役の名前を出すと、女は銃を下ろした。双子はふぅ、と息を吐き門に歩み寄る。
「ふーん。先生に会うために来たんなら、悪いヤツじゃなさそーだね」
「先生?」
「トマスは、ウチが通ってた学校の先生だよ。恩師ってやつ」
その時だった。雨足が弱まり晴れ間が見えると同時に、突風が三人に襲いかかり、目の前の彼女の黒マントを剥ぎ取ったのだ。
「あっ……」
声の印象よりも顔は少々幼い。シディアと同年か、少し歳上くらいだろうか。
ショートカットの黒髪に、日に焼けた肌、明るい黄緑色の瞳。胸の谷間が露わな派手な服装に目がいきがちだが、それ以上に目立つ特徴があった。
頭の上に生える黒い三角形の耳と、細身のダメージジーンズから伸びる黒い尻尾である。
慌ててその場にしゃがみ込み、猫耳を両手で隠すと、黄緑の瞳がおずおずとこちらを見上げた。
「……み、見た?」
「あー……うん、けっこうしっかりと。大丈夫、俺たちは獣人や半妖に偏見は無いよ。なあ、アリス」
「あわわ、猫耳カワイイ……じゃなかった、えっと、魔王軍でもなさそうだしね、うん」
可愛いもの・美しいものにめっぽう弱いアリスを横目に、シディアは右手を差し出した。
ライフルを大事そうに抱えながら、右手を伸ばしシディアの手を掴む彼女に、警戒心はもう感じられない。
「俺は冒険者のシディア。こっちはアリステア」
「アリスって呼んでね」
「ウチは猫妖精のネオン。この町の自警団?レジスタンス的な?レジスタンスはなんか違うか……ま、そういう系やってる。ヨロシク~★」
第三十八話 ポートシーガルの黒猫 <終>




