ジークはこうして竜を失った
思いつきで書き始めました。不定期更新になります。
8/23:「アルメリア」を「ネヴィア」に変更しまいた
竜騎士。
ペンドラゴン王国では誰もが憧れる職業のひとつであり、『絆』の象徴とも言われていた……この時までは。
ことの起こりは毎年行われる王国主催のパーティーのときである。
2年間の準竜騎士としての予備課程を終え、新人竜騎士としての本課程前の壮行式で、苦楽を共にした若き青年たちとそのペアの女性たちは、一線を保ちつつも貴族平民入り乱れて歓談していた。
そんなおり、
「ジーク=リンドブルム!あなたとの婚約を破棄させてもらうわ!」
突然の告白に声もでないとはこのことだった。
それはジークだけではなく周りの参加者も同じだった。
「……失礼、よく聞こえませんでした。もう一度よろしいでしょうか?」
「婚約を破棄すると言ったのよ。まったく、あいかわらずトロくさいのね……」
あきれたと言わんばかりにジークの婚約者、ネヴィア=ペンドラゴン第2王女は宣告した。
ざわつく周りの反応から聞き間違いでは内容だと判断したジークはひとまず場を治めようとした。
だが、口を開く前にネヴィアは続けて爆弾を投下した。
「代わりに彼を新たな婚約者とするわ!」
ビシっと効果音が聞こえそうなキレッキレの指が差した方向には綺麗な金髪のイケメンがいた。
「初めましてジーク=リンドブルム殿、紹介に預かったアレク=ニズベックだ」
そう言いながら、ネヴィアの隣まで歩き腰を抱いた。
うっとりとするネヴィア、もう収拾不可能である。
「ニズべック?ニーズへック侯爵家と関わりが?」
「知らないのかい?ニーズヘック侯爵家の親類の分家の寄り子さ!!」
どこだそこは!?
会場の気持ちが一部を除きひとつになった。
話にあげられたニーズヘックゆかりの者も首を傾げている。
ご存知ない?そうですか。
「失礼……存じ上げません。予備課程で見かけませんでしたが、それに爵位は?」
「本課程での編入となるから、僕のお披露目は今日からだね。それでもネヴィアとの付き合いはそれなりだ。そして爵位だが、まだない!!」
『平民じゃねえか!!』再びひとつとなった会場のみなさまである。
「心配しないで、私の伴侶となるのだからすぐに爵位を持てるようになるわ」
空気を読まないネヴィアの的の外れた援護射撃である。
「姫様、失礼ですが爵位は簡単に与えられるものではありません。例えば武勲をあげたとしても騎士爵止まり。男爵以上ともなればそれよりも厳しい条件を達成せねばなりませんが……」
「問題ないわ。何せ私の力があれば武勲など余裕よ!!」
言いたいことはそこじゃない。
このご時世、武功だけで平民と王族との婚姻が許されるわけがない。
最低でも子爵、それも領地をもった家に限られる。
そして何よりも、
「姫は現在不調であり、竜化できないではありませんか。彼ひとりで歩兵として戦場に立って武功をたてるのですか?」
そう、ネヴィアは少し前から竜化ーードラゴンになれずにいた。
それは竜騎士としてペアを組んでいたジークが一番よく知っていた。
また、会場にいるジークの友人たちやそのペアの女性も相談されていたためそのことを知っていた。
しかし、そこはネヴィアである。
誇らしげに爆弾を追加した。
もっとも今度は冷えるほうにだが。
「ふふふ、それは問題ないわ!私はアレクと一緒なら竜化できるもの!」
「……は?」
思わず声が出てしまった。
そして会場は先までのざわめきが嘘のように凍りついた。
「全く君は竜騎士としての才能がないんじゃないかい?ネヴィアは普通に竜化して僕を背に乗せてくれるよ」
ネヴィアとアレクの発言に会場は色めきだった。
それは怒号、侮蔑、非難といったもので埋め尽くされていた。
「えっと、姫様つまりはアレクと本契約を結んだのですか?」
なんとか声に出したといった様子でジークは問いかけた。
「え、まだに決まってるじゃない?本契約は本課程を終えてからでしょう。何言ってるの。アレクの方がジークより才能があるから私を竜化させられるのでしょう?」
「そうそう無能は潔く退場したらどうだい?ここからは天才に任せてたまえ、なにせ僕は王国から直々にお声をかけられるほどの天才なのだから」
悪びれた様子を見せないネヴィアとアレクに会場はさらに大炎上である。
唯一この場を治められるであろう国王陛下は泡をふいて気絶した。
側近たちが慌てている。
ジークはなんとも言えない顔で尋ねた。
「姫様、本契約をご存じでしょうか?」
「もちろんよ。『竜たる乙女と雄たる騎士の契りにて、真なる竜騎士空へ舞う』でしょ?何を当然のことを……」
「いえ、予備課程での勉学的な話ではなく、その方法は?と聞いていおります」
テストの解答を諳んじるかのようにネヴィアは得意げに答える。
そんな空気を読めない彼女を他所にジークは震えそうになる声を必死に抑えながら再度尋ねた。
「え?知らないわ。本課程で教わるんじゃないの?父上や侍女たちは『御身を大事にしろ』の一点張りだから」
やっちまった。
そんな空気が会場を包み込んだ。
「姫様、本契約とは貴族の言葉に表すならば初夜でございます。そして本契約された場合、竜化は伴侶以外ではできません。我ら、というよりも女性方に流れている因子が他の男性を拒むのです」
得意顔でまくしたてていたネヴィアはピタリと止まった。
心なしか青ざめており、汗も滲んでいる。
それはそうだろう。
要は『もうヤることやっちまった』とドヤ顔で宣言したようなものだ。
通常、竜騎士に選ばれた者たちは貴族であれば親から、平民であれば教官たちから内々に打ち明けられる。特に竜となる女性たちは処女を守るように厳命される。
しかしながら、今回の場合、花よ華よと育てられたわがままアホ姫と基礎的な事すら学んでいなかった自称天才の組み合わせにより最悪の事態が起こった。
それでも婚約者がいる女性に手を出す。
あるいは婚約者がいながら他の男性に懸想するといった義に反していなければ避けられた。
婚約者、それも国が決めた者を蔑ろにした所業に再びヒートアップ会場。
早い話、ジークは婚約者を寝取られたということである。
「ふ、ふふ、それがどうしたというの?結果的にアレクと結ばれるのだから問題ないはずよ」
「その通りだ。結局のところ、君がネヴィアを引き止められないのがいけない」
若干震え声ながらも威勢を取り戻そうと暴論を吐いた馬鹿どもに、もはや会場の皆さん、特に婚約者のいる方々の怒のボルテージは上限なく上がっていく。
もはやメルトダウン寸前である。
そして大爆発ーーとなる直前にジークの声が響いた。
「承知いたしました。それでは婚約破棄を承ります。お世話になりました」
大きくはない。
それでいて冷たく平坦でなんの感情の込もらない声で会場は静まった。
「え、ちょっと!」
それから、ジークは失礼しますと一言行って会場を後にした。続いてほとんどの者がアレクとネヴィアに侮蔑の視線を浴びせ、早々に退出した。
「なによ。みんなして、私たちを祝うことばをかけていくべきでしょ」
「大丈夫さ、みんな突然のことで戸惑ってるだけさ」
残された2人のつぶやきがむなしく響いた。
阿呆どもはまだ気づかない。
自分たちが誰を傷つけ、誰の逆鱗を全力でゴリゴリしたのか。
そしてその結果自らにどのような災いが降りかかるのかを……




