9・相対する《仮面の女たち》
闇に包まれた地下道を、一人の女が歩いていた。
ランプに照らされる顔は、竜を模した仮面に隠されて口元以外を覗う事は出来ない。
長い髪、黒いローブ、金属の滑車がカカトに装着されたブーツ。
今の外見から、ここへ侵入した者がフランシスカであると理解できる者は存在しないだろう。
――まずいわね。
胸の中で呟く。
想像より、遥かに時間がかかっていた。
相手は魔素の流れを人工物の仕切りで巧妙に誤魔化し、地下道の入口までも念入りに偽装していた。発見するだけでも大仕事だったのだ。
フランシスカの見立てでは、この地下道は古代魔法文明の遺跡だ。
錆つき腐食し、土と埃と苔に塗れた金属の壁と床。恐らく千年以上も放置されていたに違いない。
人工物とは言え、あまりに年月が経ち過ぎた為に魔素も《帰って》いる。だからこそ《封魔結界》の中心部に選ばれたのだろう。
――近い。
魔素の気配で理解できた。間もなく封魔結界の内部に入るのだ。
数メートル先に見える曲がり角。恐らくその先だ。
恐らく、警備も配備されているだろう。戦いは、避けられない。
――だったら。
自身に魔術を行使する。
《身体強化》、人間の潜在能力を百パーセント引き出す術。
例えフランシスカといえども、結界内部で魔術の使用は不可能。だが、魔術による暗示で身体能力を強化された体は、ただの肉体でしかなく、自由に動き回ることができる。
――どこにも抜け穴はあるってワケよ。
くすりと笑い、壁の影から顔をのぞかせる。ランプはとっくに消していた。
道の先は、開けた広場になっていた。
まず目に入ったのは、呪紋陣。地面に描かれた幾つもの文字と図柄は、封魔結界の範囲を《確定》させる為のものだ。
そして、等間隔に置かれた半径一メートルはあろうという巨大な水晶球が四つ。こちらは、結界を《安定》させるためのもの。
当然、武装した護衛達も存在する。
その数、十人。誰もが武器を携え、軽鎧で武装している。
一見しただけで分かった。
――かなりの、手練れね。
心の中で舌打ちした瞬間。
「あら、ハムスターちゃんが一匹紛れこんでるようで」
どこかおっとりとした女の声が響き渡った。
「気づかれていないとでも思ったの? こちらはとっくにお見通しなのに」
嘲る口調はもちろん罠だ。だが、広場への入り口は一つだけ。
そして、時間はもう残されていない。
ならば、彼女が行う事は一つだけだ。
息を大きく吸い込む。
前屈みになり、爪先に全ての力を溜めこむ。短距離走の姿勢だ。
そして、呼気と共に溜めた力を爆発させ――
弾丸の如く通路から飛び出したと同時――
かちり。
奇妙な音がフランシスカの鼓膜を震わせた。
直後、彼女に襲いかかってきたのは《矢の嵐》。
壁の穴に仕込まれた矢が、何らかの装置によって一斉に発射されたのだ。
十メートル。五メートル。
矢は一瞬にして距離を詰めてくる。
――だけど、甘いっ!
前に出る勢いのまま床を踏み込み、跳躍。
潜在能力を解放された肉体は、常軌を逸した速度で天井すれすれまで飛び上がる。
凶器の群れが足元を過ぎ去って行くのを風で感じる。
回避成功。
「おあいにく様」
だが、相手はフランシスカの行動を読んでいた。
別の穴から、第二波が放たれる。
――まずっ!
背筋を虫が這う感触。
今、彼女は跳躍の最高地点にいた。
動きを縛り、矢で射抜く。
非常に効率的な作戦。普通の人間ならば確実に殺されていることだろう。
だが、フランシスカは普通では無かった。
宙を舞う彼女は、身を縦に捻り、回転させ――
《天井を、蹴った》。
直後、一刹那前まで彼女が存在した空間を矢が貫く。
「そんな、デタラメなっ!」
戦慄の叫びを上げるリーダー格の声など知ったことではない。
そのままくるくると前転しつつ、地面に着地。
鳴り響く地響きめいた轟音。巻き上がる土煙。
「あら、もう弾切れ?」
土煙の中心で、無傷のフランシスカが嘲るように言い放った。
――ホントは、少しだけ危なかったんだけどね。
いくら身体能力を強化していたとしても、彼女は生身の人間だ。
刺されれば痛いし、首を刎ねられれば死ぬ。さらに、人間の限界を越えた機動は確実に肉体を内部から傷つけていた。
だが、それが何だというのだ。
不敵に笑い、敵たちを睨む。
相手はじりじりと距離を詰め、フランシスカを完全に包囲していた。
「どうも、謎の不審者です。多くは言わないけれど、ここから消えて欲しいんだけど?」
「それはそれはご丁寧に。どなたか存じませんが、こんな地下にまで何の御用かしら?」
リーダー格の女も、仮面を被っていた。
だが、顔を隠そうとも、口調を変えようとも無駄だ。
フランシスカは相手の正体を知っている。
彼女が倒すべき相手。もっとも憎むべき、敵。
ライムリア・ヘレノア・セタ。
「んー。ちょっと、パーティーがあるって聞いて?」
爆発しそうな感情を必死に制御し、軽口を叩く。
今、彼女がやるべき事はライムリアの抹殺ではない。カエデを勝たせることだ。
「ダンスなんてどう? なかなかサマになってるでしょ?」
滑車を床に擦りつけ、リズムを取る。同時に、腰に下げた薄刃の剣を抜き、曲芸じみた振り付けまで披露してやる。
「なるほど。素晴らしい出し物。それでは、そうね。人生最後の仮面舞踏会、楽しみなさい、とでも言っておこうかしら」
ライムリアの一言が合図だった。
周囲の男たちが統制された動きで前へ出る。
血で血を洗うダンスパーティが、今始まろうとしていた。
次回、謎解きのフラグがすべて出そろいます。
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