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背の高い女

 胡散臭い笑顔の変なやつに出会ったのは、俺が忘れていた過去の元凶と再会をした日だった。


 何かに追いかけられていて、逃げていた、何に追いかけられているのかもわからずにただ逃げていた。つまずき転びそうになっても耐えては走り続け、服が泥まみれになろうが、自分が今どこにいるのかさえも分からなくなっても逃げ続けていた時、鈴の音が聞こえ誘われるように音がする方へ走っていった。これが追いかけてきている奴の罠じゃないことを祈って。


「神社……⁉」


 人ならざるモノならこれでどうにかなるかもしれない。


 そう思って中に入ると、閉じられているはずの御社殿が開いていたから、罰当たりは承知の上で中に入って扉を閉め身をひそめるもさっきまで走っていたせいか息が上がっていて、バレてしまわないか鼓動が早くなる。


 少しでも抑えようと口を手で覆うがそれでも近付いてきている気配に心臓が落ち着かない。


「ポポポ」


 喋っているのか鳴いているのかわからない声がすぐ傍まで迫っていた。

 俺は昔からこんな目ばっかり合っていたな。走馬灯に近いそれを思い出し、神様なんていないと何回思ったことか。今だって思っている、神様がいるのであればどうして俺をこんな目に合わせると言うのか。性格が悪いからなのか、それとも俺が何か悪さや嫌われるようなことをしたんだろうか。


 確かに毎度何かに襲われる度に神様を恨み、神様が本当にいるなら助けて見せろと喧嘩を売ったこともあるのは事実——しかしそれが悪いと言うのなら俺はどうすれば良かったというのかを教えてほしい。


 襲われれば良かったとでも?


「ポポ……」


 未だにそう鳴く何かが近くで俺を探している。流石にもうバレるだろう。これならまだ走り続けていた方が良かったのではないか、こんな行き止まりしかなく、唯一の出入り口は何かわからないモノに塞がれてしまい、自分の判断に後悔をしていた。


「うちの神社に何か用かな? 悪いけどうちは君のような怪異が来る場所ではないよ、さっさとおかえり」


 外から男の声がする、話の感じ的にここの神主であることは間違いなさそうだが、けれど帰れと言われて簡単に帰るような相手なのだろうか。あんなのと会話ができ、退かせることができるということは相当の力の持ち主なのだろう。


「出ておいでよ。そこにいるんでしょ?」


 明らかに俺を呼ぶ声がする、恐る恐るゆっくりと扉を開け顔を出すとそこには和装に身を包み、羽織を羽織った、胡散臭い笑顔の男がそこにいた。


「君面白いモノに目を付けられているね」


「別に好きで目を付けられているわけではない」


「ふぅん……まっ、別に興味ないからどうでもいいんだけどさ」


 じゃあ聞くなよ。なんて言えるわけもなく、多分今この感じでいくなればこいつは俺の命の恩人、になるだろうしな。


「勝手に入って悪かったな。それじゃあ俺は帰る」


「何言ってんの? 君は帰れないよ」


「——は?」


 何を当然のことを言っているんだと顔が言ってくる。実際の顔なんて胡散臭い笑顔だったが。


 こういうタイプを俺は知っている。何を言っても意味がないってことを。


「それで、俺はどうすればいいんだ?」


 溜息交じりに聞くと、むすっと頬を膨らませている。


「君を助けてあげると言っている僕を目の前に随分な言い方だね」


「お前の顔が胡散臭い」


「あのまま君を差し出しても良かったんだよ?」


 それでも尚笑顔が崩れることはなく、不気味だ。笑顔を崩さないことも、笑顔でいるから何を考えているのかもわからない。助けてくれると言うのは本当なのか、それとも騙されているのか?


 あいつらとグルなのかもしれないし、グルじゃなくてもこういう笑顔を崩さないやつっていうのは大概何かをかくしている、主にサイコパスだ。

 暇つぶしに俺は最後にはあいつに差し出される運命だという結末も捨てきれない。隙をついて逃げなければ。大丈夫だ、今までも一人でどうにかしてきたんだ。どうにかなる。


「別に君の好きなようにしたらいいんだけどさ、あまりお勧めはしないよ」


 部屋へと案内していた足を止め振り向き、俺に忠告してきたその目は、さっきと違い目を開き、俺のことを見透かすようにジッと見ていて、さっきまでの嘘くさい笑顔がそこにはなかった。ただの神社の神主かと思っていたが、なんだか謎な奴だな。全部何もかもお見通し、そんな目をしているこいつが俺は気に入らない。お前のすべてを知っている、そういわれているみたいで腹が立つ。


「君の名前を聞いていなかったね。僕は安倍清治、きみは?」


「俺は濡羅吏陽向」


「そう、陽向君、改めて宜しくね」


 失礼なのはわかっているがあまりよろしくはしたくない。こいつとこれからもよろしくするってことは俺はこれからも何かわからないものに襲われ続けるということだろ、そんなのは断る。


「とりあえず今日は一日この部屋にいてね。僕が開けるまで開けちゃだめだよ、開けてって言わない、僕が開けるから君は開けないで。あとなんて言われても答えないで言葉を出しちゃダメ」


 どうやら俺の夜ご飯はないらしい。何も言わずに襖を閉めて出て行ってしまった。


 スマホは電源が落ちているし何も出来ず、すごく暇である。そもそも出来た所で音を出してしまってもいいのかわからい以上下手なことはしないほうがいい。


 でも、トイレがしたくなったらどうすればいいんだ? そう思いあたりを見渡すと簡易的なトイレが置かれていた。


 それを見た俺はトイレは極力ギリギリまで我慢しようと思った。


 特にやることもないし床に横になってゴロゴロしていても時間は立たない、壁に掛けられている時計の針の音だけをずっと聞いている。このまま暗示にでもかかって、今まで見えている何かが見えなくなってしまえばどんなに生きやすい事か、それかいっそのこと夢でしたってオチにでもなってくれたなら。


 このまま目を瞑って目が覚めたらあの時に戻っていてやり直せたら、俺はこんなところで時計の針の音なんて聞いていないだろう。


「陽向君? もう寝たかな?」


 返事しようと思った時、この部屋に入れられた時に言われた言葉を都合よく思い出した。


 何を言われても答えるなと言われていた、もしかしたら約束を守るか試されているのかもしれないしもしくは——最悪のパターンも考えられる。


 無視をしたからって怒られるわけじゃない、むしろあいつは返事をするなと言ったんだ。ならここは無視一択。何か言われても返事をするなと言ったのはあいつだ。


「陽向君、寝たの? 起きてるよね、知ってるyよ。なんで無視するのぉ? ねぇねぇねぇねぇねェねェネェネェネェネェェェェェェエエエエ」


 叫んだ後に聞こえた『ポポポ』と言う声ですべて理解した。ここに、襖の目にいるのはあいつじゃないことに気付いた瞬間急に汗が噴き出してきた。


 仰向けになって天井を見ていた状態から一寸も動けない。金縛りにあっているわけじゃない、わけじゃないが動けない。


 服と畳が擦れるような音を出しただけでもダメな気がして動けずにいる。呼吸も荒くならないように気を付けてはいるものの少し息を吐くのも躊躇われる、出す息が震えているのがわかる。心臓の動きが速い、うるさい、この音すらも聞こえているのではと思えてならない。


 早くどこかに行ってくれ……どれくらいそう念じていたかもわからない、声にしそうなほど念じていた。その時間はほんの数秒かもしれないし、数時間だったかもしれない。


 襖の奥でポポポと言っていた何かは急に怯えだした。


「あ、いや、別に脅かしたかったわけで何かしようとしたわけじゃ——痛い! やめ、やめてえええええええ」


 ……向こうで何が行われているのか、痛々しい音がするということ以外はわからないしわかりたくもない。


「やっ、お疲れ様」


 涼しい顔で襖を開けて声をかけてきたそいつの隣にはさっき話した時にはいなかった子どもがいた。


「見てんじゃねえよ人間風情が」


 この子どもは誰なのかと見ていたら舌打ちをされた。されてしまった。暴言も吐かれてしまった。


 初対面なのにその態度はどうなのだろうと思うが今はそいつの横で泣いている、ずっと俺に襲い掛かってきた何か、何度も同じことを言って申し訳ないが俺はこいつがなんなのかを知らない、唯一知っているのが人間ではない何か、そのためそいつのことになるとどうしても「人間ではない何か」と言ってしまう。


「それで君を襲っていたこいつだけれどね、こいつは八尺様と言うんだ。名前くらいは知っているかな? とある掲示板で有名になった妖怪の一種なんだけれどね、彼女はいわば変態みたいなものだよ」


 言葉を失うしかなかった。


 俺は八尺様と言われたそいつの話はしらない、知らないけれど変態の妖怪というのもまた聞いたことがない話だ。そもそも俺はそんな変態に追いかけられていたのか。どういう反応をするのが正解なのかもわかりやしない。


「その反応の感じ八尺様事態知らない感じかな? 八尺様なんて言われているけれど、ようは男の子が好きな変態、そうだね、俗にいうショタコンっていえばわかるかな? 八尺様と言うのはつまりソレなんだよ」


「子供しか興味のない——八尺様? がどうして俺の後なんか付け回していたんだ?」


「さあ? そこまではしらないよ。僕は博士じゃないんだよ、本人がいるんだから本人に聞きなよ」


「私だってしらないわよ。この方角の封印が壊れたから来てみたものの都会過ぎて力がみるみる少なくなっちゃって行き倒れそうになっていた時に美味しそうな匂いがして近付いたらあんたがいたのよ。本当はもっと小さくてかわいい子が良かったんだけど、さすがに空腹には抗えなかったわ……」


 じっと見つめてくる八尺様はよだれを出しながら『指の一本くらいいいでしょ?』と目を輝かせて聞いてくる。良いわけあるか。


 ただの空腹で俺はこんな目に合わせられたということなのか? 確かに食欲は三大欲求でもあるが、それで人に迷惑をかけるのはどうなんだ? 三大欲求だからとやっていいこととやっちゃダメなことくらいあるだろう、妖怪だから許されるとかそんなものはこの世に存在はしない。


 この際妖怪なんて非現実的なものは存在しないとは言わない。今現在進行形で“ソレ”に会っている真っ最中だからだ。


 しかしこまったものだな、腹が減ったから襲われかけたというのなら俺はこれから先また襲われる危険があるということ。さすがに迷惑以外の何物でもない。


 ストーカーのように遠くから眺めているだけなら別にいいけど、こうして接近してきて危害を加えられかねないならお札でも持ち歩くか……妖怪は幽霊とは別だしお札が効くかなんてわからないしな。


「そんなに何を悩んでいるの?」


「話しかけないでくれ、今妖怪にお札は聞くのかを考えているんだ」


「貴様! 主様になんて口の利き方だ。これだから人間は嫌いなんだ。主様、こんなやつほっといてもよかったのではないですか?」


「まあまあ、落ち着いて、それで、妖にお札は効くのか、だったかな? その答えだけれどね、効くとも言えるし効かないとも言える。理由としてはね、少し難しいかもしれないけれど、まず前提としてお札というのは万能じゃない。対妖怪用とかなら効くけれど、彼女は怪異なんだ、それが怪異になってしまうと対妖怪用は効かない。対怪異用なら別だけれどね」

「ゲームの属性みたいなものか」


「そういうことだね、自分で簡単に変換出来るなんて君は天才型だね。簡単に言ってしまえばそういう感じだよ。水属性の敵に火属性なんか使っても全然効かないでしょ? でもお札が効くか効かないかだけなら対専用のお札と言う、そういう意味ではお札という手は効く。でもね、それがすべてってなってしまうと答えは変わってくるんだよ。なぜかと言うと怪異の中には“神様”もいるんから」


「神様って——」


「文字通りの神様だよ。神様相手になってしまうとお札なんて効かないしなんなら誰も手を付けたくない。神様を相手にはしたくないんだよ、神様の怒りは買いたくないでしょ?」


 神様が人を襲う時もあるってことか……そりゃそうだよな、何度も神様に助けてくれって祈ってきたのにガキの頃から俺は見たくないものが見えるんだ。神様みんながみんな味方でいてくれるなら俺のような奴なんてこの世にいないし、もっと不幸な奴だって報われている。


「そんな神様のことで落ち込まないでよ。僕の心が痛むでしょ」


 ムスッとした声で俺に言い放つ。そんなこと俺だって知ったこっちゃない。しかも全然傷付いていない言い方だろ。


 なんだろうな、この気持ち。うざいというのか、あんまりこういう体質のせいで人と関わってきてないからうまいこと言葉にできないけどあれだ、うざい。


「とりあえずは、なんでも難しく考えない方がいいよ。この世に簡単に答えが出るものなんてないわけだしさ、それに、神様ってたくさんいるんだよ? いい神様もいれば意地悪な神様だっている、人が好きな神様もいれば嫌いな神様だっている。神様ってそういうものなんだよ。八百万、なんて言われているんだし、神様なんて力の持った一般人だよ。君だって嫌いな人間や好きな人間いるでしょ? みんな平等に好きじゃないし、みんな平等に嫌いでもない、じゃあ八百万いる神様だってそうだよねって話さ」


 それだけ言うと「あとは帰っていいよ。お疲れ様」そう言って俺に名刺だけ渡して、八尺様の耳を引っ張りながら消えていった。


 八尺様はまだ何かを叫んでいたが。


 立ち去るときに渡された名刺には「なんでも喫茶」と書かれていた。

「なんでも喫茶……?」


「おい貴様、主様のネーミングセンスがないとか思うんじゃない、良い名前だろ」


 俺は別に何も言っていないのにそう言ってくるお前の方がネーミングセンスがないと思っているんじゃないのかと言った疑問はおいておき、ずっとそばにいたそのチビにこれは何かを聞いてみた。


「それを月にあてて見ろ」


 部屋を出ると暗闇を照らす月の光に名刺をあてて見た。


「これは?」


「ふん、また何かあったときはこれをちぎって念じればいい。俺が主様の所まで案内してやる。もしくは喫茶店の住所に来るんだな」


「お前って意外といいやつなんだな」


「主様がお前に名刺を渡したってことはお前は主様の客ってことだ。客には営業をするもんだろ。勘違いするな、人間」


 ふんっと鼻を鳴らし、俺の持っていた荷物を足元に置くと「気を付けて帰れよ」と言って奥に消えていった。


 多分本人は気付いていないタイプのいいやつだな。


 もう一度月の光に名刺をあてて見た。


 【怪異探偵 安倍清治】と言う文字が浮かび上がる。


 これを渡されたってことは、俺はまた“何か”に襲われ、世話になるってことなんだろうか。

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