第32話(最終話):二つの月と異世界バカンス。最強のデュアルライフ
異世界グランツヴァルでの血塗られた復讐劇に完全に終止符を打ち、俺が現代日本へと帰還してから、早いもので半年が経過していた。
「宗くん、今日の午後の会議の資料、最終チェック終わりました! それから、来週から進めるシンガポールのIT企業の買収案件ですが、先方の社長がウチの条件を丸呑みするって泣きついてきましたよ」
「お疲れ様です、結衣。完璧な仕事ぶりですね。あなたの交渉術は、もはや俺の【精神支配】の魔法より効果的かもしれませんよ」
東京のオフィス。俺のデスクの隣で、結衣がタブレットを片手に誇らしげに微笑んでいる。
俺の立ち上げた個人ファンドは、大賢者の【未来予測】と【情報解析】、そして結衣という最高のパートナーの手腕により、この半年で日本国内はおろか世界規模の巨大投資ファンドへと成長していた。
かつての窓際族だった『58歳の冴島宗一』が持っていた数十億の資産は、今や数千億円規模にまで膨れ上がり、俺たちは現代資本主義というゲームにおいて完全に「クリア(上がり)」の状態に達していた。
「もうっ、魔法なんか使ってないもん。宗くんが用意してくれたデータが完璧すぎるからだよ」
「謙遜しないでください。俺はデータの『武器』を渡しただけです。それを使いこなすあなたの胆力は、本当に素晴らしい」
俺が微笑むと、結衣は顔を赤くして「えへへ」とはにかんだ。
彼女の薬指には、俺が先日贈ったプラチナの指輪がキラリと光っている。
俺たちはすでに互いの両親(俺の方は戸籍上のダミーだが)への挨拶も済ませ、来年の春には結婚式を挙げる予定になっていた。
「さて。今日の仕事はこれで切り上げて、そろそろ出発の準備をしましょうか」
「うんっ! 私、もう荷造りバッチリだよ! ずっとこの日を楽しみにしてたんだから!」
結衣が子供のように目を輝かせて立ち上がる。
今日は金曜日。俺たちはこれから週末の休みを利用して、少しばかり「特別な旅行」に出かける予定だった。
俺たちは足早にオフィスを後にし、タワーマンションの自宅へと帰還した。
「着替えも持ったし、カメラの充電もバッチリ! ……あ、宗くん。向こうって今の時期、寒いのかな?」
「気温の心配はいりませんよ。俺の【環境制御】の魔法で、常に春のような心地よい気温に保ちますから。それに、危険な虫や魔物も一切近づけさせません」
「ふふっ、さすが私の大賢者様。これ以上ないくらいVIPな旅行だね」
結衣はウキウキとした様子で、大きめのボストンバッグを肩にかけた。
俺が彼女を連れて行こうとしている旅行先。それはハワイでも、モルディブでもない。
「準備はいいですか、結衣。……少し、空間が揺れますよ」
「うん、いつでもいいよ!」
俺はリビングの中央に立ち、右手を前に突き出した。
俺の愛する女性を、俺の故郷の最も美しい景色に招待するために。
「【次元跳躍】」
空間がガラスのように割れ、眩い光の扉が出現する。
俺は結衣の手をしっかりと握り、二人で並んで光のトンネルへと足を踏み入れた。
◇ ◇ ◇
「わぁぁ……っ!! すごい、綺麗……!!」
光の扉を抜けた先。
結衣が歓声を上げ、俺の隣で感嘆の息を漏らした。
俺たちが降り立ったのは、異世界『グランツヴァル』の南部に位置する、大草原の小高い丘の上だった。
見渡す限りに広がるエメラルドグリーンの草原。そして頭上には、赤と青の『二つの巨大な月』が、宝石のように並んで夜空に浮かんでいる。
現代日本のような街の明かり(光害)が一切ないこの世界では、まるで宇宙の星屑をすべてぶちまけたような、息を呑むほどの満天の星空が広がっていた。
「これが、俺のいた世界です。……あなたに、一度見せておきたかった」
「宗くん……すごい、本当に星が降ってきそう……! あの赤い月、おっきいね!」
結衣は夜空を見上げながら、その場でクルクルと回って喜んでいる。
俺はそんな彼女の姿を微笑ましく見つめながら、指先を軽く弾いた。
「【物質錬成】――【空間拡張】」
俺の魔力が平原の草をかき分け、一瞬にして巨大で豪華な『魔法のグランピングテント』を組み上げた。
テントの内部は空間拡張魔法によって高級ホテルのスイートルームのように広く、ふかふかのベッドやアンティーク調の家具が完備されている。さらに、野外には魔法の炎がパチパチと音を立てる焚き火台と、ふかふかのソファセットまで用意した。
「えええっ!? 宗くん、一瞬でホテルができちゃったよ!?」
「大賢者の魔法にかかれば、この程度の設営は数秒です。さあ、座ってください。特製のディナーを用意しますから」
俺はアイテムボックスから、先日この世界の魔の森で狩っておいた『特級キングボア』の極上肉と、現代日本から持ち込んだ最高級の赤ワインを取り出した。
魔法の炎で絶妙な焼き加減に仕上げたステーキに、俺特製のソースをかける。
「ん〜〜っ! 美味しい!! なにこれ、お肉が口の中でとろける! 全然臭みもないし、最高!」
「それは良かったです。魔物の肉は下処理が難しいですが、俺の【物質浄化】と【成分調整】をかければ、現代のA5ランク和牛すら凌駕する味わいになりますからね」
焚き火の温かい光に照らされながら、俺たちはワイングラスを傾け、最高のディナーを楽しんだ。
危険な魔物も、鬱陶しい野盗も、俺が丘の周囲に張った【絶対防壁】と【認識阻害】の結界の前には近づくことすらできない。
まさに、神すらも羨むような完全無欠のVIPバカンスだ。
「そういえば宗くん。この世界って、今はどうなってるの?」
食後のハーブティーを飲みながら、結衣が不思議そうに聞いてきた。
俺は夜空の二つの月を見上げ、静かに口を開いた。
「俺が半年前に『大掃除』をしてから、ずいぶんと風通しが良くなりましたよ」
俺が残した証拠と羊皮紙のメッセージを受け取った、あの正義感の強い騎士団長。
彼は俺の期待通り、腐敗した王族や貴族たちを徹底的に粛清し、自らが国を立て直すための臨時政府のトップに立ったらしい。
大聖堂の利権も解体され、俺がバラ撒いた特効薬の製法も彼らの手に渡ったことで、スラムの病魔も完全に鎮圧された。
かつて俺を裏切り、殺した英雄たちはもう一人もいない。
彼らが残した爪痕はまだ完全には消えていないだろうが、この世界の人間たちが自らの足で、力強く復興の道を歩み始めているのは確かだった。
「俺の過去の因縁は、完全に清算されました。だから、俺がこの世界に対して抱いている未練も、憎しみも、もう何一つありません」
俺は結衣の隣に座り、彼女の肩を抱き寄せた。
結衣も自然に俺の肩に頭を預け、二人で静かに燃える焚き火の炎を見つめる。
「俺は、魔法の研究に没頭するあまり、人間というものをどこか見下し、信じていなかった。だから5年前、あいつらに背中を刺された時も、『人間なんてこんなものだ』と冷めた絶望を抱えて死んだんです」
俺の独白に、結衣は黙って耳を傾けてくれている。
「でも……現代日本に転生し、あなたと出会ったことで、俺の心は救われました。あなたが俺の『おじさん臭い』部分も、不器用な部分も、すべてを愛してくれたから。……俺は、再び人間を信じることができるようになった」
「宗くん……」
「俺の魂の居場所は、あなたがいてくれる現代日本にしかありません。でも、たまにはこうして、俺の生まれた世界の美しい星空を……あなたと一緒に見たかったんです」
俺が真っ直ぐに想いを伝えると、結衣は瞳を潤ませながら、俺の頬にそっと手を添えた。
「ありがとう、宗くん。……こんなに綺麗な景色、一生忘れないよ。それに、どんな世界にいたって、宗くんが私の大好きな『冴島さん』であることは変わらないから」
「……ええ。お互い、すっかり白髪のおじいちゃんおばあちゃんになるまで、一緒にいましょうね」
「あははっ、宗くんは不老の魔法があるんでしょ? 私だけおばあちゃんになっちゃうじゃない!」
「あなたにも毎日、若返りの魔力果実を食べさせますから安心してください。ずっと、綺麗なままですよ」
「もうっ! そういうところ、ほんとズルイんだから!」
結衣は涙ぐみながらも楽しそうに笑い、俺の胸にぎゅっと顔を埋めた。
俺も彼女の背中に腕を回し、その温もりを強く抱きしめる。
夜空には二つの月が輝き、涼しい夜風が草原を吹き抜けていく。
かつては血みどろの戦場であり、絶望の墓場であったこの世界が、今ではこんなにも美しく、平和な場所に感じられる。
それは間違いなく、俺の腕の中にいる彼女の存在が、俺の世界を鮮やかに彩ってくれているからだ。
平日は現代日本で、圧倒的な情報と魔法を駆使してビジネス界の頂点に君臨し。
週末はこうして次元の扉を開き、安全で美しい異世界の大自然を愛する人と共に謳歌する。
現代と異世界、科学と魔法。
二つの世界を自由に股にかける、大賢者の理不尽で、最強で、そして最高に幸せな『デュアルライフ』は、まだ始まったばかりだ。
俺は結衣の髪にそっとキスを落とし、輝く満天の星空に向かって、静かに、そして確かな感謝の祈りを捧げた。
(ありがとう、世界。……俺は今、これ以上ないほどに幸せだ)
二つの月が、寄り添う二人の影を、いつまでも優しく照らし続けていた。
【了】
本作はこれにて完結となります。
最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございました!
執筆を振り返り、第一部の「現代日本編」は少し展開が長くなってしまったと感じているため、現在、よりテンポ良くサクサク読めるようにリライト(30話程度への圧縮)を進めております。
公開時期は未定ですが、より面白くなった改訂版もいつかお届けできればと思っております。
改めまして、最後までお読みいただきありがとうございました!




