第17話:悪徳IT企業の罠と、大賢者の逆ハッキング
帝国地所をコンペで完全に退けた俺たちの次なるターゲットは、国が主導して進めている「次世代スマートシティのITインフラ整備」という、数千億円規模の予算が動く超大型案件だった。
「宗くん、今回の最大の競合は『サイバー・フォックス』という新進気鋭のIT企業です。社長の黒田はかなりのやり手ですが、裏では強引な手法で同業他社をいくつも潰してきた、黒い噂が絶えない男です」
「なるほど。真っ当な技術力勝負ではなく、裏で汚い手を使ってくる可能性が極めて高いということですね」
タブレットに表示された企業データを見ながら、結衣の的確な報告に俺は静かに頷いた。
現代のビジネスは、異世界における国家間の領土取りゲームのようなものだ。正面からの力押しや交渉だけでなく、情報戦や暗殺(現代においてはスキャンダル捏造による社会的抹殺)が平然と飛び交っている。
その日の夜。他の社員が帰り静まり返ったオフィスに二人だけ残り、コンペに向けた最終準備を進めていた時のことだった。
「あっ! 宗くん、会社のメインサーバーの挙動がおかしいです! 外部からの大規模な不正アクセスが……ダメ、ファイアウォールが突破されてます! これ、コンペの機密データが丸ごと引き抜かれそうになってます!」
結衣が血相を変え、自席から立ち上がった。
サイバー・フォックスが裏で雇った凄腕のクラッカー(悪意あるハッカー)が、ウチの会社のセキュリティの脆弱性を突き、明日のコンペで使う最も重要なデータを盗み出そうとしているのだ。
「ほう。現代の『情報盗聴』の魔法というわけですか。……ずいぶんと舐められたものですね」
「えっ? 魔法……?」
「いえ、こちらの独り言です。結衣先輩、少しそのPCを貸してください」
俺は結衣の隣に立ち、彼女のキーボードに十本の指をふわりと這わせた。
「【思考加速】……そして、魔力回路接続――【電子潜入】」
誰にも聞こえないほどの小声で、魔法の詠唱を行う。
大賢者の莫大な魔力が電子の波へと変換され、光ファイバーのネットワークの海を光の速さで逆流していく。現代のIT技術と、あらゆる事象を演算する大賢者の魔法の融合。それは、世界最強のスーパーコンピュータすら赤子扱いするほどの、絶対的かつ暴力的な情報処理能力だった。
タタタタタタタタタタタタッ!! ターンッ!!
「えっ……? そ、宗くん、指が見えな……い!?」
俺の指は物理的な限界を超えた速度で動き、キーボードが悲鳴を上げている。
わずか十秒。俺は相手の不正アクセスを完全に遮断し、強固な魔力障壁(新たなセキュリティプログラム)を展開。
それどころか、相手が繋いできた経路の痕跡を魔法で逆探知し、サイバー・フォックスの社内深部にある絶対不可侵のメインサーバーへと『侵入』を果たしていた。
「相手の全データを丸裸にしてやりましたよ。彼らの裏帳簿や、他社への不正アクセスの証拠、政治家への賄賂の記録まで……全てこちらのUSBにコピー完了です」
「じゅ、十秒で……!? サイバー・フォックスの堅牢なサーバーからデータを!? 宗くん、いつの間にそんな世界レベルの凄腕ハッカーになったんですか!?」
画面に次々と表示される敵の機密データを見て驚愕する結衣に、俺はモニターから目を離さず、フッと余裕の笑みを向けた。
「これくらい当然ですよ。俺のタイピング速度とデータ処理能力は、昔取った杵柄ですからね。フロッピーディスクの時代からブラインドタッチには自信があるんです」
「……はい?」
「この指先の感覚は、文字入力しかできなかったワープロ専用機の時代から、ひたすらキーを叩き続けて鍛え上げられたものですから。現代の高性能なPCになっても、その基礎は――」
「宗くん。ストップ」
結衣が、冷ややかなジト目で俺を下から見上げていた。
「宗くんって、26歳のエリート帰国子女って設定……じゃなくて、経歴でしたよね? フロッピーディスクとかワープロ専用機とか、私が生まれる前の時代の遺物なのに、なんでそんな『リアルな実感』がこもってるんですか?」
「あっ」
しまった。「冴島宗一」として若手時代に徹夜で分厚い仕様書をワープロで叩いていたサラリーマンとしての血の滲むような記憶が、得意げな顔と共にポロリと漏れてしまったのだ。
「そ、それは……叔父の受け売りでして! 叔父がよく『昔のビジネスマンはこうやって苦労して技術を身につけたんだ』と昔話をしてくれたものですから、つい感情移入してしまって!」
「……ふぅん。冴島さん、そんなマニアックな苦労話まで甥っ子さんにしてたんですねぇ。本当に仲良しなんですね」
結衣の目は完全に「こいつ、またやったな」と疑っていたが、今はコンペの勝利と、この悪徳企業への制裁が最優先だ。
俺は額に浮かんだ冷や汗をハンカチで上品に拭いながら、明日のコンペ当日に行う「最大級の反撃」の準備を、粛々と進めるのだった。




