第14話
「ではこれより、ダンタリアス・ダイアニーシアスを騎士へと叙任する」
約一年の歳月が経った。
重厚で厳格な叔父の声が、肩の上に平な鋼鉄を置く。
周囲では従兄や従姉、ダイアニーシアス家に仕える家来が、大勢叙任の儀式を見守っていた。
僕は跪き、顔を伏せて誓いの言葉を復唱する。
「汝、〈地母〉の名のもとにか弱き者を守れ」
「我、〈地母〉の名のもとにか弱き者を守らん」
「汝、〈鋼父〉の名のもとに勇敢であれ」
「我、〈鋼父〉の名のもとに勇敢足らん」
頭上を飛び越え、左右の肩を交互に叩く剣の重み。
まさか自分が、ほんとうにこの日を迎えるコトができるとは、なんだか嘘みたいだった。
それも、予想以上の祝福を与えられている。
「汝、〈収穫〉の名のもとに忠勤に励め」
「我、〈収穫〉の名のもとに忠勤に励まん」
「汝、〈冥夜〉の名のもとに死を畏敬せよ」
「我、〈冥夜〉の名のもとに死を畏敬せん」
今日は十六回目の命名日。
晴れて成人を祝われ、僕のもとには想像以上の人間が集まった。
叙任式の端では、厳かな音楽を鳴らす楽師たちも呼ばれている。
エヴァンドルはすでに杯を呷り、葡萄と林檎の酒精に景気良く酔っていた。
「見ろ! あれが俺の従士だ!」
「もう違うわ。今日からは騎士よ」
王都からは、マリセアも戻っている。
そればかりか、ベルグラム家のプリンスも連れ立ち、王家すら祝いの席に参列していた。
ということは、他にも名家のお歴々が、錚々たる顔ぶれで僕へ注目していた。
「あれが、彼の若き翼獅子か……」
「噂では妖術師だと言うぞ……」
「なぁに。叔父御に似て、単に余念が無いのだろうさ」
「万事にな」
「なにしろ、西部総督家の標語はほれ」
「〝ダイアニーシアスは常に備えを怠らない〟」
「しかし、あの歳でか?」
「儂はアレが、不可思議な技を持っておると聞いたぞ……」
「しっ! 余計なことを囁くではない」
「今日はベルグラムもおるのだ……」
──ああ。
いつぞやの命名日とは、ほんとうに大違いだ。
「汝、〈星導〉の名のもとに選定の責を負え」
「我、〈星導〉の名のもとに選定の責を負わん」
「汝、〈幼童〉の名のもとに無垢なる者を守れ」
「我、〈幼童〉の名のもとに無垢なる者を守らん」
けれど、一番に注目すべきなのは。
今日この日、この記念すべき騎士叙任を、父の城で迎えられたコトかもしれない。
そうだよ?
僕は叔父から、金葉城の城主にも任じられた。
金箔の天蓋、美しい葡萄棚の庭園。
黄金の季節城──とは、さすがにまだまだ言い切れる状態では無いけれど。
僕もこれで、正式に西部貴族の仲間入りだ。
「汝、〈賢者〉の名のもとに理知ある刃を振るえ」
「我、〈賢者〉の名のもとに理知ある刃を振るわん」
「汝、〈貴人〉の名のもとに民のために剣を執れ」
「我、〈貴人〉の名のもとに民のために剣を執らん」
「八神に誓い、汝を誓約の騎士とする」
ぱちぱちぱち。
拍手はまばらに、しかし確実に始まった。
僕は立ち上がって、叔父と正対する。
「フン」
西部総督閣下は鼻を鳴らして、すぐに参列者の元へ戻った。
というより、プリンスとマリセアのもとに向かった。
話すべきことはもう、互いに話し終えているので。
今日はもう特別、甥に時間を割くコトもしないんだろうね。
周囲の参列者も、数人だけ簡単な挨拶と社交辞令をするくらいで、ほとんど叔父一家のもとへ向かって行った。
ダイアニーシアス家の男が、金葉城の新たな城主となったところで。
西部での権力構造に大きな違いは無い。
むしろ、明確に僕の立場は定まったと言えるかもしれない。
にもかかわらず。
「ダンタリアス様。命名日、おめでとうございます」
「フレイア嬢。ええ、ありがとうございます」
ラウグレイ高原、渡鴉城から黒装の女主人が離れようとしない。
変わり者の貴族令嬢。
ドレス姿で現れるフレイア・グレイムヒルは、なるほど。
血に塗れた看護服姿とは違って、これまた別の意味で責務の意味を知っていた。
高貴なる者、淑女然とした姿は、凛として美しい。
鴉の濡羽色だなんて表現すると、如何にも陳腐かもしれないけれど。
黒髪の美人は、どこか不吉な魅力を湛えつつ、お互いの印象の変化に触れた。
「もうすっかり、男性ですね。閣下?」
「貴方もすっかり、レディですね」
「ふふ」
そして、フレイア嬢を皮切りにして。
僕のもとには、さらに人影が集まった。
真っ赤なドレスに身を包んだ、如何にもお嬢様然とした美少女。
秋の城館から参上の、
「ご機嫌よう、ダリアス様。いかがでしょうか? 貴方様の城は」
「誰ですか?」
「──えゅ」
「冗談です。分かっていますよ、ローズ嬢」
「! も、もう! 心臓が止まるかと思いましたわ……!」
ローゼリッタ・ヴェルデミア。
ミアグレン村での盗賊退治をキッカケに、この元婚約者も初対面の印象からはずいぶん様変わりした。
最初に会ったときは、拷問器具じみた土偶人形みたいな全身鎧姿だったからね……
金葉城のメンテナンス含めて、実に想像以上だった。
「思っていたよりかは、上等です」
「すぐにもっと良くしますわ。当家はダリアス様をお支えいたします」
「うっウんッ! 失礼、少し距離が近いのではないかな?」
「シェリー嬢」
「ひ、久しぶりだなっ? 少し背が伸びたかっ?」
「であれば嬉しいですが、貴方は髪を伸ばされたんですね」
「うむ……どうだ?」
「よくお似合いですよ」
「そうか……!」
ローズ嬢との挨拶を半ば強引に遮って。
アルトゥスの裁判では、そこそこ世話になった少女騎士がヌッと顔を近づけて来た。
青い瞳の聖少女騎士。
蒼楯砦の純潔乙女。
こちらも今日は、令嬢らしいドレスに身を包んでいる。
帯剣しているのが、少々無骨だったが。
「……なんですの、貴方。距離が近いとか言って、貴方のほうこそ近いじゃありませんの」
「そ、そんなコトは無い! 私はシェリエル・オルトシャー! エルマントン家ゆかりの者だ!」
「軍監家の? そうですか。では、目下の敵は貴方になりますね」
「ちょぉっと!? どうして自然にわたくしを眼中から外しているのかしら!? この総監家の鴉女は!」
「敵とはまた、穏やかじゃないな……」
「あら、腰の剣は飾り? それなら私の楽勝だわ」
「──なんだと?」
女たちは何やら、僕をそっちのけで熱くなっていく。
男として非常に嬉しい限りの光景。
ただし、今日はさすがに女同士の戦いに巻き込まれてはいられない。
それとなく存在感を消して、スゥ〜っと距離を取った。
今日、僕が真面目に話をしたい女性はひとりだけだ。
バルコニーに出て、葡萄棚からの風を前髪に浴びる。
ふわりと膨らんだ薄生地のカーテンを避けて、外の空気を胸いっぱいに吸う。
すると、そこには小麦の匂いも混じっていた。
喧騒からは少し離れ、小さな声で少女の名を呼ぶ。
「エスメ」
「うわっ! こういう時ばっかり、そう呼ぶんだ?」
相変わらず、ダンって女たらし〜! と。
神はニコニコしながら、砂糖のかかったレーズンパイを頬張る。
口の端は少し、赤紫色に汚れていた。
しかし、耳と尻尾は上機嫌に揺れている。
もう普通の人間にも見える状態だから、ローブの下でだけど。
以前よりも少しだけ、肉体的な年齢も成長した感じだ。
「ありがとうございます、エスメ」
「ん?」
「貴方が戻って来てくれたから、僕は今日を迎えられた」
「うん。でも、遅くなっちゃってごめんね?」
「いいんですよ。僕らの時間は違う」
そりゃ、なるべく早く戻ってきて欲しいと思っていたけど。
三千年ぶりに手にした自由を、思う存分楽しめる時間くらいは与えてやるのが。
あの日、あの選択をした僕に求められる甲斐性ってヤツだろう。
「でも、そのせいでダン、私が戻ってきたときホソホソの棒切れみたいだったよ?」
「ハハハ。ぶっちゃけ餓死寸前でしたね」
「ごめんね?」
「戻って来てくれたから、気にしていません」
エスメラルダは戻って来た。
自由を取り戻した後で、僕のために戻って来た。
契約の縛りはもう無い。
しかし、それでもまた僕の傍にいたいと。
孔雀の翼を持つ黄金の獅子は、慣れ親しんだ不自由をも取り戻しにやって来た。
我が家の金鉱脈は復活し、叔父は斯くして僕を赦免したのだ。
僕が死ねば、今度こそエスメラルダの黄金が手に入らなくなるから。
世のなか結局、金なんだろう。
それはさておき。
「どうです? これ」
「うん。なんか、いい感じかも」
姦しやかな宴の広間。
今日だけは大勢の貴族が集まって、僕を慕ってくれる魅力的な異性も少なからず存在して。
父が愛した黄金の城は、急拵えでも見栄えを整えられている。
想像以上の豊かさで。
「僕は騎士になりました」
「そうだね。お父さんのお城も取り戻せた」
「ええ。だから、ここからです」
「うん」
「ここからが、本番」
『Flame and Iron』
炎と鉄の地、神秘の歌がいよいよ始まる。
不可思議な命運と因果な呪いに彩られ、数多と命が散りゆく戦乱の幕開け。
「ダンの知識とは、もういろいろ違っちゃってるね?」
「でしょう? だから、僕の人生の意味はまだ決まらない」
「私を生かしただけじゃ、満足できない?」
「エスメだって、まだまだ知りたいんじゃないですか?」
僕という人間を通して。
神ははじめて、人間を理解する物差しを得た。
孔雀石の眼が、好奇心にくすぐられて三日月に弧を描く。
鋭い爪を生やした柔らかな両手が、背後からしなだれかかるように胸元に滑り込む。
豊満な乳房が、背中で押し潰された。
妖しい黄金色の魅惑。
エスメラルダは頬を赤く染めて囁いた。
「……うん。私も知りたい」
「じゃあ、一緒に知っていきましょう」
僕らの探究譚は終わらない。
悪役と人外の戦記は、これからも続いていく。
「ねぇ、ダン?」
「なんです?」
「私を生かした責任、ちゃんと取ってもらうんだからね」
行動で応えると。
上質な小麦の香りに混じって、わずかに酸味を感じさせる葡萄の味がした。




