3-37話:微笑む案内人⑤
瓦礫の向こうから現れた三体のドールズは、統一された濃灰色のローブを纏っていた。
風は吹いていないが、裾だけが水面のようにゆらりと揺れている。
中央に立つのは、ガタイのいい中年の男。
分厚い胸板と、異様に発達した両腕。握り締めた拳の節は、石のように硬く隆起している。
左には、前髪で右目を隠した華奢な少年。
細身の体躯に似合わぬ、冷え切った殺気。
右には、顔の半分が溶け落ちたまま固着している少女。
崩れた頬の奥で、片目だけが静かに瞬く。
三体の視線は、一直線にエルドへ向けられていた。
中央の男が一歩踏み出すと、瓦礫が軋んで砕ける。
「マルニの反応が消えた」
腹の底から響く、低い声。
「どういうことだ? エルド。待機命令はどうした」
怒りを隠さない声音。
その威圧にテルルの肩が跳ね、レミナは無意識にエルドの背へと寄った。
「お疲れ様です、イワン。それに、カイルとリゼッタも」
まるで旧友に会ったかのような声音。
「マルニは、私が処理しました」
誤魔化さず、事実のみを告げるエルド。
沈黙ののち、イワンの顔が歪む。
「……やはりか。改心したなどと、誰が信じた。裏切り者め」
背中に背負った大剣が抜き取られ、鈍い音が響いた。
少年――カイルが、静かに言う。
「エルド。覚悟しろ」
感情のない声。
少女――リゼッタが微笑む。
「ねえ、どうして裏切ったの?」
やわらかい。だが、底に沈む棘。
緑の瞳が三人を捉える。
エルドは小さく首を傾げる。
「マルニと同じことを言うのですね。裏切りではありませんよ。ご主人様を慕っているだけです」
イワンの目が細まる。
「またご主人様か」
「ええ。私の存在理由ですので」
「今のガデンツァを率いるのはリーダーだ。創設者の声を聞いているのはリーダーだ!」
「違います」
エルドは少し苛立ったように首を振る。
「ご主人様は、戦いを強要しません。全てあの男に操られている。あなた方は、間違った声を聞いている」
イワンの足元が砕ける。
「どうやら、話し合いで解決はできないようだな!」
「そうですね」
温度差。
怒りが臨界を越える。
「お前を排除する!」
三方向、同時展開。
完璧な包囲。
エルドは小さく息を吐く。
「レミナ様、テルル様。十歩、後退を」
イワンが地を蹴る。
爆発。
巨体が弾丸のように迫る。
大剣が唸る。
エルドは半歩ずれ、衝撃波を受け流す。
同時に、背後。
カイルのロングソードがエルドの喉元を捕らえる。
しかしエルドは銃身で受けて蹴りを叩き込み、咄嗟に後退した。
「性能は維持されているな」
カイルの冷静な評価。
リゼッタが跳び、コンバットナイフでエルドの背中を斬りつけた。
メルキュリアが舞うが、傷は浅い。彼女の瞳には明らかに躊躇の色が滲んでいた。
「悲しくないの?私たち、仲間だったじゃない」
リゼッタの問い。
一瞬の間。
「悲しいですよ」
イワンの大剣が振り下ろされたが、手にした銃剣で受け止める。
地面が沈む。
「ですが――」
押し返す。
「歪められた理想を守る方が、苦しい」
緑の瞳が光る。
連携が加速。
重撃。刺突。斬撃。
隙がない。
三対一。
圧力が増す。
イワンが吠える。
「リーダーに従え!」
「従えません」
踏み込み。
カイルの刃を逸らし、銃床を叩き込む。
吹き飛ぶカイル。
リゼッタの斬撃が頬を掠める。
イワンの懐へ。
銃口。
轟音。
イワンの肩が爆ぜるが、それでも倒れなかった。
イワンの拳が振り下ろされる。エルドは転がって即座に回避し、立ち上がる。
息は整っている。
だが、三対一のこの状況。長引けば長引くほどエルドの不利は明らかだ。
レミナとテルルは、この戦いを息を殺して見守っているしかなかった。
助けに入っても戦況は変わらない。むしろ、足手まといになってしまうだろう。
「あなた、本当に取り戻せると思ってるの?」
リゼッタが囁くも、エルドは答えない。
構えを低く変える。
一歩。
その瞬間。
空気が震えた。
足元の瓦礫が粉砕。
イワンが目を見開く。
「出力制限を外したか……!」
エルドの姿が掻き消える。
次の瞬間、カイルの背後に立っていた。
衝撃。
彼はカイルを地面に叩き伏せる。
リゼッタが反応する前に、銃撃。
彼女の足元が爆ぜ、体勢を崩す。
イワンが吠え、突進。
真正面。
大剣と銃剣がぶつかり、火花が散った。
「エルドォォッ!」
怒りに任せた咆哮。
「……イワン」
対して、エルドの静かな声。
「あなたは強い。ですが――」
刃を滑らせ、懐へ。
銃床を顎へ叩き込む。
巨体が揺らいだ。
「強さだけでは、守れないものがある」
追撃。
関節へ。
膝へ。
流石のイワンも耐えきれず、崩れる。
それでも必死に立とうとする。
メルキュリアがダラダラと流れ落ちた。
直後。
「やめて!」
リゼッタの叫び声。
その声に、エルドの動きがわずかに止まる。
一瞬。
カイルが立ち上がり、ロングソードが煌めいた。
エルドの脇腹を貫き、銀色の血液が噴いた。
レミナとテルルが同時に叫ぶ。
「エルドさん!」
しかし。
エルドは微笑んでいた。
「……問題ありません」
至近距離。
カイルの胸部へ、銃口。
轟音。
少年の体が弾き飛ぶ。
崩れ落ちる。
イワンも膝をつく。
リゼッタだけが立っている状況。
「どうして……」
エルドはメルキュリアを流しながら立つ。
「私は見届けたいのです。ご主人様の信じた未来を」
一歩、彼女へ。
「邪魔はさせません」
剣銃を持ち、エルドはリゼッタへ刃先を向ける。
「……エルド」
エルドを見上げた彼女の瞳が揺れる。
「リゼッタ、退け!報告しろ!」
イワンは何とか立ち上がったが、足は震えている。メルキュリアの流出が激しく、うまく動けない状況に陥っていた。
「みんなを置いて逃げられる訳ないじゃない!」
リゼッタはコンバットナイフを握り締め、跳躍した。
「エルド、私たちのところに戻ってきて!!」
リゼッタはコンバットナイフを、後ろに避難していたテルルの首に突きつけた。
余裕があったエルドの顔に、初めて焦りが浮かぶ。
レミナもその様子を見て青ざめる。
「銃を置いて。私たちと来て。じゃないと、この子、殺すから」
テルルの首筋に当てられたコンバットナイフは鋭く、彼女の首からメルキュリアが僅かに流れ落ちる。
テルルは恐怖と痛みでうめき声をあげた。
「テルル様に手を出さないでください……リゼッタ、冷静に……」
エルドは幼い子を宥めるように優しい声を出した。
「何?そんなにこいつらが大事?どうして?仲間だった私たちより…?」
リゼッタの手が震える。葛藤が明らかだった。
「……リゼッタ。分かりました。あなたと共にいきます。ですから、その方々に手を出さないでください」
エルドは静かに地面へ銃を置いた。
しかし、その様子は諦めではなく、何かを信じているような声音であることに、レミナとテルルは気付いた。何か別の狙いがあるような――そんな気がしたのだ。
しかし、リゼッタは気づかない。
銀色の涙を流し、微笑む。
「エルド……ありがとう。またみんなで――」
その瞬間。
銃声。
続けて、もう一発。
リゼッタとイワンの頭が同時に吹き飛んだ。
静寂。
突如の出来事に、レミナとテルルはショックで動けずにいた。
「……ごめんなさい」
震えた声とともに影から現れたのは、黒いメイド服の少女。くるっとした長い髪に、丸メガネが特徴的だ。片手にエルドと同型の長銃を抱えている。
「……ジュノ」
エルドが名を呼ぶ。
彼女はプルプルと震えていた。
「もう、アタシめちゃくちゃ怖かったんですから……うぅ……」
「……あなたは誰?」
新たな人物の登場に驚きつつもレミナが問うと、少女はぎこちなく笑ってお辞儀をする。
「……アタシ、ジュノっていいます。ガデンツァの初期メンバーの一人です」
「先程言っていた、9人のメンバーのうちの、生き残りのもう一人ですよ」
エルドが補足する。
可憐な見た目と震えた声に合わない、研ぎ澄まされた威圧感を放つ少女であった。
レミナとテルルは、エルドとはまた別の意味で格の違いを感じ取る。
「我がサイベリオン社の名を汚しかねない程の、臆病者ですが。戦闘力は極めて高いです」
「何でそんなこと言うんですか……!!めっちゃ怖かったのに!助けたのに!!」
涙目で抗議するジュノ。
「助かりましたよ」
エルドは服の汚れを払いながら、静かに言った。
「臆病なあなたが、まさか本当に来てくれるとは思っていませんでした。私が誘ったところで、あなたは今のガデンツァに残ると予想してましたから」
ジュノは唇を噛み、崩れた仲間たちを一瞬だけ見た。
「……残りませんよ。アタシだって、ご主人様が大好きですから。それに、あの人から……逃げたくて」
震えていた身体が止まり、澄んだ瞳をエルドに向けるジュノ。
エルドはフッと息を吐くように微かに笑った。
「あなたらしくて上等です。では、共に行きましょうか。戦闘はともかく、私は護ることが苦手ですから。居てもらえると助かります」
エルドはほんの僅かに、安堵した様子で頷く。
4人は周囲を警戒しながら、瓦礫の山を後にした。




