黄金体験
馬車に揺られて連れてこられたのは聖都の西側。
降りると同時に潮の匂いが鼻をついた。
「海のにおいがする」
勇輝のつぶやきに御者さんが答えた。
「ええ、門を出てしばらく進めば海岸が見えてきますからね。
時間によっちゃ潮風が流れてくるんです」
へえ、と勇輝は興味をそそられた。
「もっと暑くなれば海水浴とかもやるんですかね?」
「いやいや!」
御者は恐ろしげに首をすくめる。
「よっぽどの命知らずだけだね!
海にゃあ海の悪魔がいますから、いや『いました』って言ったほうがいいかな、聖女様のおかげでね。
まあ生身で海に入りたがるのは粋がってるアホだけだって、昔から決まってまさあ」
「フーン」
しかしこの聖都は海産物もうまい街である。ということは漁師さんが日々危険をかえりみずに漁をしているはずだ。
現代日本でさえ海での仕事は「板一枚下は地獄」と呼ぶほど過酷だという。
勇輝が日々うまいメシにありついている裏で、危険な仕事をしてくれている人たちがいるのだ。
「感謝の気持ちを忘れちゃいけないな。
ありがたやありがたや」
潮風が流れてくる方角にむかって手を合わせる。
しかし路上でのんびりしているヒマはあまりなく、勇輝はご令嬢がたと合流した。
王家の別荘というイメージどおりの豪華な小宮殿へ案内される。
いかにも聖都らしい、純白の宮殿だ。
まずは大勢の使用人に出迎えられ、そして執事が代表してダンスホールまで案内してくれる。
「へー」
道すがらキョロキョロと物珍しそうに見物していると、皇女殿下にたしなめられた。
「ジロジロ見ないで、前をむいてなさいな」
「はあ」
それをまた周囲から嘲笑される。
「まあ聖女様は平民ですから、物珍しく思われるのも仕方ありませんわね」
「クスクス」「ウフフッ」
やれやれだ。
いちいち上から目線でものを言わないと気がすまないご令嬢がたの態度は不愉快だが、観光気分でいた勇輝も悪いらしい。
どうにも自分の存在は場違いだなあと思うしかない。
彼女たちと仲良くしろとヴァレリアから指令をうけているわけだが、なんとも厳しい。
このぶんだとこれから会う王子様とやらも、どうなることか。
そんな事をつらつら考えているうちに、目的地にたどりついた。
黄金で装飾された赤い大扉が目の前にある。
左右から大扉が開かれていく。
用意されたダンスホールは、黄金色に輝く別世界だった。
(……ガマンガマン)
ついさっき笑われたばかりの勇輝は、声が出そうになるのをとっさにこらえる。
しかし今度はご令嬢がたの中からハア……。と感嘆のため息があふれた。
まさに「ホール」と呼ぶにふさわしい広い空間。
その広い空間すべてに贅をこらした、おそろしいほど豪勢な部屋だった。
天井からは豪華なシャンデリアが等間隔に並び、壁にも無数の明かりが灯されている。
その炎のゆらめきがホール全体を明るい暖色に染め上げているのだが、照らされている壁や天井、そして床までも、凝りかたが尋常でない。
壁や天井に直接描かれた風景画や宗教画。
見事な彫刻がなされた柱。
床の模様も花であったり、盾であったり、剣であったり、鳥であったりと多彩なデザインタイルが敷きつめられていて見るものを飽きさせない。
そして恐ろしいことにこれらすべての輪郭に、黄金が使われているのだ。
壁の突出部分を保護するために黄金!
絵画の縁取りに黄金!
柱の彫刻も黄金!
床のタイルも四角いマス目状に仕切っているのは黄金!
黄金! 黄金! 黄金! ぜんぶ黄金!
黄金まみれのこの空間が、炎のゆらめきによって一瞬、一瞬ごとに少しずつ姿を変えてみせる。
そのせいで、まるで空気までもが黄金色に輝いて見えるのだ。
下世話な話だが、総工費はいったいいくらになるのだろう。
日本円で数十億円、もしかしたら数百億円になるかもしれない。
贅沢もここまでくると芸術的だった。
全員がダンスホールに入ってから、まだ十秒程度。
ほとんどの者が黄金空間のすさまじさに圧倒されてしまった。
しかし彼女たちは部屋を見るためだけにここへ来たわけではない。
窓際の景色が良い所で、美男子たちが待っていた。
「ようこそお越しくださいました。
お待ちしておりましたよ皆様がた」
長身痩躯、蜂蜜色の髪にエメラルドの瞳をした男が代表して挨拶をした。
この人物が、アラゴン王国とやらのマルティン王子殿下か。
皇女殿下はスカートを両手でつまみ上げ、優雅に礼をした。
「お招きにあずかり光栄ですわマルティン殿下」
これほどの空間にいても動揺していないのは、さすが大帝国を支配する一族というほかない。
他の令嬢たちも深々と礼をしたが、目は泳ぎ唇はふるえ、完全に気が動転していた。
勇輝などはまだしも落ち着いている。
(こりゃあランベルト以上だな)
ものすごい色男だった。聖都で一番という評価も納得できる。
このマルティン王子に比べるとランベルトは筋肉質で、あふれ出る魔力が荒っぽい。
つまり洗練されていないのだ。
(他の男どもも、かなり選りすぐりだ)
後ろで微笑んでいる男たちも王子ほどではないが相当なハイレベル。
おそらくいい男だけ選んで連れてきたのだろう。
皇女殿下の後ろにいる女どもは、もう夢みる乙女になっていた。
もしかしたら彼女たちにとっての天国とは、こういうものかもしれない。
勇輝が思うことはいつもと同じだ。
こういう色男に生まれていたら俺の人生も違っていたのかなあ、と。
ひと言ふた言、皇女と王子はお約束的な会話をかわす。
いつ見てもお美しいとか、もったいないお言葉ですわとか。
ひと通りの社交辞令のあと、王子殿下は勇輝に近づいてきた。
「あなたが、紅瞳の聖女様ですね」
王子は熱を帯びた視線で見つめてくる。
反対に、ご令嬢がたの殺気が背中に突き刺さった。
「あなたにお会いできる日を、今か今かと待ち焦がれておりました」
王子殿下はなんと跪き、勇輝の手を取った。
後ろのご令嬢がたが息をのむ。
『プッ、キヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒ!!』
頭上から、天使ぺネムの笑い声がした。





