ヒヒヒ、ケケケ、フフフのオホホ
翌日。
今日も楽しくないダンスのお時間がやって来た。
先日のことでだいたい見放された感のある勇輝は一人すみっこでステップの練習。
ダリアの手が空いたら練習に付き合ってもらうという感じで地味に活動している。
イケメン講師相手に醜態をさらした影響か、離れた場所からヒソヒソと陰口をたたかれるようになってしまった。
「聖女様ったらお労しいわあ、あんな隅っこで。クスクス」
「笑ってはいけませんわよ、あの方はわたくしたちとは住む世界が違うんですもの。ウフフフフ……」
どうにもならん。
今でも男に触られるのは気持ち悪いし、治す方法もまったく思いつかない。
舞踏会に参加しなくていいなら喜んでそうさせて頂くところだが、皇女殿下が許してくれない。
そもそも、新参の勇輝が皇女殿下に気に入られたこと自体が、ご令嬢たちの反感をかってしまったようなのだ。
今の勇輝はお貴族様のお庭を荒らすお侵入者。邪魔者なのだ。
おなじ平民でも商人の娘とかならば贈り物とかでご機嫌うかがいをするシーンなのだろうが、勇輝にはそのあたりの知識がまるでない。
そもそも偉そうにふんぞり返って他人を冷笑するような連中と仲良くしたいとは思えなかった。
あんなのと一緒になって弱いものをいじめていたら正義が腐る。魔力が枯れる。
それならば部屋のすみっこで一人ダンスをしていたほうがマシだ。
そう自分に言い聞かせ、一人で練習に打ち込み続けた。
『よお、オマエ一人でナニやってんだ?』
頭の中に天使ぺネムの声が響いた。
姿は見えないが、どこかでこちらの様子を見ているらしい。
(ダンスの練習だよ)
勇輝も心の声で返事をする。
『ふーん、でもなんでお前だけそんなはじっこでやってんだ?』
(俺だけ初心者だからだよ)
『ふーん、つまんねえの』
そう言ったっきり、ぺネムの声は聞こえなくなった。
あっという間に飽きてしまったらしい。
そこからさらに一時間ほど、勇輝の一人練習は続いた。
さすがに疲労がたまってくる。
ダンスで使う筋肉と格闘で使う筋肉は場所がすこし違うようだ。
酷使した足腰がずっしりと思い。
練習時間の三分の二ほどが過ぎたというところで、マリアテレーズ皇女殿下が全員に告げた。
「みなさん、本日はこれより舞踏会の会場を視察することになっております。
ご希望の方はご一緒にどうぞ。
他校の方々ともご挨拶をする手筈となっております」
殿下のご提案にご令嬢がたは喜色をうかべて、我も我もと名乗り出た。
「……何だありゃ?」
意味が分からない勇輝はタオルで汗を拭いて帰りじたくをはじめる。
舞踏会の会場、他校の生徒、それがどう喜ぶような話なのやらさっぱりだ。
通学カバンを肩にかついで部屋を出ようとすると、皇女殿下に呼び止められた。
「待ちなさい、貴女も一緒に来るのよ」
「へ?」
もうすっかり帰るつもりだった勇輝は気の抜けた返事をした。
それがまた周囲のご令嬢たちの気に障る。
自分たちには「来たければ来い」と言う。
聖女にだけは「一緒に来い」と言う。
このあつかいの差。
『その他大勢』あつかいされたということに、貴族のプライドが傷つくのだ。
「何でですか」
「主催者様がぜひ貴女に会いたいとおっしゃっているのよ」
ギリッ……!
誰かが歯ぎしりする音が聞こえた。
舞踏会の主催者こそ、いま彼女たちがもっとも狙っている、聖都で人気ナンバーワンの男だったからだ。
「聖都の南にある国、アラゴン王国のマルティン王子殿下よ。
ぜひ聖女に直接会ってお礼がしたいと仰られているの」
「はあ、そうなんですか」
とぼけた口調で生返事をするのが、またなんとも憎らしい。
皇女に案内させて、王子に会う。
それがどれほどの好待遇か、この平民のバカ娘には分からないのだ。
「はい、わかりました」
しかたがないなこれも仕事だ、という顔で了承する聖女。
嫌なら来なければいいのに。そして嫌われてしまえばいいのに。
嫉妬渦巻く集団が、それぞれ馬車に乗って目的地へむかう。
勇輝もベルモンド家の馬車で行く。
行き先はアラゴン王家私有の別荘だ。
御者さんに行き先を告げたら、道も確認せずに走り出した。
勇輝が知らなかっただけでアラゴン王家別荘というのは有名だったらしい。
ご令嬢たちが乗った馬車は、列をなして道をゆく。
車内に車輪と馬の蹄の音が響く。
カラカラカラカラカラ……。
パッカパッカパッカパッカ……。
何もすることがなく、勇輝はボンヤリとこれから出会う予定の人物を思い描いた。
「王子様かー。どんなんだろ」
なんとなく線の細い色男を連想する。
『ケケケ、なんかお前おもしれー場所で遊んでるじゃねえか』
また頭の中でぺネムの声がした。
「お前、さっきはつまらんとか言ったじゃねえか」
『ダンスなんかつまんねーよ。そうじゃなくってまわりの女どものことだよ』
「ああん?」
『ヒヒヒッ、会ってからのお楽しみだな。
やっべーぞ王子サマ。
ウヒヒヒヒヒヒヒヒヒ!』
ぺネムは天使のくせに下品で邪悪な笑い方をした。





