お騒がせムーンナイト
聖都はすでに深夜になっていた。
人がまだ活動中であることをしめすランプの灯はもう少なく、多くの者たちがしばしの眠りについている。
そんな夜の街の上空を、熾天使型守護騎兵・クリムゾンセラフが飛行していた。
「はあー、こいつがうわさのセラか!」
クリムゾンセラフのまわりをチョコマカと飛びまわる新米天使ぺネム。
スピードだけは大したものだ。
『私はセラです。よろしくお願いしますぺネム』
「オウよろしくしてやるぜ! へへっ!」
意味もなくえらそうな態度のぺネム。
エウフェーミアは勇輝とぺネムが似ているというが、そんなに似ているだろうか。
「しっかし白い街だな!
まるで光ってるみてえだ!」
眼下に広がる聖都を眺めて叫ぶぺネム。
勇輝がはじめて来た時と同じことを言っている。
まあ似ている……かもしれない。
実際、白という色は光をよく反射する。
月明かりを浴びた聖都の夜景は、まるで街そのものが輝いているようであった。
「んんんー?」
ぺネムが建物のひとつに興味をそそられた。
「なんか面白い思念をキャッチしたぜ!」
「うん? お前そんなことできんのか?」
「当たりめえよ、オレは天使様だからな!」
飛んで行ってしまうぺネム。
「あっ、おい」
一体なにを見つけたんだと、追いかけてみれば。
建物の屋上で抱き合っている、半裸の男女の姿が。
「あらま!」
「ウヒヒヒヒ!
月の光を浴びながら『いたす』とは、風流な趣味してやがんなあ!
イシシシシシ!」
お空の上から見物する二人であったが。
突然、クリムゾンセラフ内部が真っ暗になった。
「どわっ!?」
『ユウキ様、見てはいけません』
どうやらセラが水晶スクリーンの情報を遮断してしまったらしい。
「いやちょと、なんも見えないよ!?」
『見てはいけません』
「危ないから、戻してよセラ」
『見てはいけません』
「…………」
『見てはいけません』
うむを言わさぬ頑なな態度。
『あなたは聖女なのです』
「……わかったよ」
不承不承うなずくと、ようやく画面を解放してくれた。
「なんだよセラちゃんはお堅いなー」
ぺネムの言葉をセラは肯定する。
『はい。私は聖女の鎧。硬いのは義務です』
堅いと硬い。
字も意味も違うのだが。
「ウヒャー、マジメな優等生ちゃんかー。
まいったまいった」
ぺネムは逃げるように移動をはじめた。
勇輝も後ろにつづく。
最後にチラッとさっきの男女の姿を見ようとしたら。
『見てはいけません』
また言われてしまった。
――今夜は月がとても綺麗ですね。
ヴァレリア・ベルモンドはネグリジェ姿のまま寝室からバルコニーに出て、しばしの月光浴を楽しんでいた。
年齢不詳の美女と呼ばれる彼女も、化粧なしで人前に出ることはまずあり得ない。
こんなふうに肌を見せることはもっとあり得ない。
はっきり言って窮屈な生活を送っている。
だから一人きりの夜くらいは、ちょっと行儀悪くこんなこともしたくなるのだ。
明日も朝早くから執務室で書類とにらめっこを続けなくてはいけない。
だから早く寝なくてはいけないのだが、もう少しだけ。
もう少しだけ、この穏やかな瞬間を楽しんでいたい――。
微笑みながら、夜風が体をくすぐる快感を味わっていた、その時。
ドッズウウウウンンン……!!
目の前に、巨大な影が降ってきた。強い振動が館をゆらす。
ヴァレリアがいるバルコニーをあやうくぶっ壊しかねないほどの近距離に。
月光が降ってきた巨体を照らす。
我が家の、いや聖都一番のトラブルメイカー、相沢勇輝の愛機クリムゾンセラフ。
「ユウキ……」
さすがに気分を害したヴァレリアがつぶやくと、機兵のスピーカーから居候の声が。
『あれっ、ヴァレリア様まだ起きてたんですか?』
――寝ていても覚めると思いませんか。そんな大音を立てたら。
そんな言葉をぐっと飲み込む。
「ええ、月が綺麗だったので、少しばかり」
『ああ、そうですよねえ』
鈍感娘はヴァレリアの内心にも気づかず、のん気に月を眺める。
「あなたのほうこそこんな夜更けに何を――」
と言葉を言い終えるよりも前に、バルコニーの柵の上に何者かが立った。
驚いたことに、そこにいたのは白い翼を広げた天使。
「お初にお目にかかります女教皇。
オレはぺネム。今日からこの聖都の守護者になりました」
ぺネムと名乗る天使は、右手を身体に添え左手を横に広げた『ボウアンドスクレープ』と呼ばれる礼の姿勢をとった。
ヴァレリアは正直、卒倒しそうなほど驚愕していたが、ギリギリの所で持ちこたえ返礼する。
「わたくしは枢機卿です。天使ぺネム様」
この手のお世辞には日頃から絶対に乗らないことにしている。
いつ誰が攻撃手段に使ってくるか分からないから。
「あれ、そうでしたっけ?」
ぺネムと名乗った天使はヘラヘラと笑っている。
裏表がある性格には見えない、単に幼さの残る少年といった印象。
チラ、とクリムゾンセラフの方をみると、腕組をしながら先ほどの質問に答えた。
『こいつをエウフェーミアの所から連れてきたんですよ』
「そうでしたか」
まったくこの聖女のそばにいると何が起こるか予測がつかない。
保護者としては不安と緊張でハラハラしっぱなしである。
嫉妬深い者はよくヴァレリアのことを「イスに座っているだけで活躍したことになるのだから、いいご身分だ」などと言って誹謗する。
いつかそういう連中にむかって言ってやりたい。
――あなた方はそのイスがいかに座り心地の悪いものか、想像したことがないのですか。
出会って三日で世界を救ったかと思えば、皇女殿下のスカートに頭突っ込んだとかやらかす娘である。
本当に何をやらかすか想像できない。
今だってそう。
真夜中に天使をつれて落下してくる娘。
こんな人間、世界中探してもユウキだけだ。





