聖女はガ〇ナ立ちがお好き
勇輝はその瞬間が来るまで、クリムゾンセラフの中で待機。
『ユウキ様』
「なんだ?」
クリムゾンセラフの人工知能『セラ』が質問してくる。
『どうしてこのポーズのまま動かないのですか』
クリムゾンセラフはいま、腕を組み、脚を大きく広げた姿で立ち続けていた。
「フッ、そうか、セラは一つも視たことないんだよな。
これはガ〇ナ立ち!
闘志と決意をこめた戦士の決めポーズだ!」
『〇イナ立ち……』
人工知能に無駄な知識を学習させていると、水晶スクリーンにむさいオッサンの顔がうつった。
遊撃隊隊長、リカルド・マーディアー。
「おいアホ聖女こらテメエ」
「なんすか、あんま汚い言葉セラに聞かせんでくださいよ」
「テメエが言えるセリフかコラ!
よけいな残業時間増やしやがって!
さっさと終らしときゃ今ごろ宴会だったってのによ!」
スクリーン表面に汚い唾液が飛ぶ。
まあ汚れたのは向こうの機体なので、こっちには関係ないが。
「あのまま殺したって飲めるのは苦い酒っすよ。
どうせ飲むなら美味い酒でしょ」
「オメエ、自分がどんだけ有名人かわかって言ってんのかよ?」
「え、どういうことです?」
「これで負けたら百年は笑われるってんだよ。
救国の聖女は見栄はって負けた大マヌケだってな」
「…………」
まあ、リカルドのいう事もわかる。わかるけれども。
「ねえリカルドさん」
「ああ?」
「こんな言いかたしたらアレだけどさ、俺ってきっと聖都の歴史に残るよね、ずーっと先までさ」
「……気に入らねえが、国どころか世界史に残るんじゃねえか。
人類が滅ぶまでオメーの伝説は残るはずだ」
「そっか、ならなおさらだよ」
勇輝は紅い瞳に決意をこめて言い切った。
「あのシーンで爺さんの頼みを断ってたら、百年どころか千年笑われるよ。
これは逃げられない勝負なんだよ」
リカルドはウームと唸り、そしてため息をついた。
しぶしぶながら、理解してくれたらしい。
「気をつけろよ、あの爺さんは今でもかなり強ええぞ」
「オッケイ!」
それは勇輝にも分かっている。
あの気迫で弱いなんてことはあり得ない。
どんな隠し技を持ってくるのか知らないが、期待を裏切られる事はないはずだ。
「団長殿、機兵の準備はととのいましたが……」
「うむ」
「しかし、乗り手が足りません。
みな大なり小なり負傷しております」
「むう……」
第三騎士団が誇る最強の機兵が鎮座している。
この聖都にもたった一機しか存在しない、三人乗りの珍しい機体だ。
操縦。
障壁。
核。
この三役がたった一機に乗り込むことによって無双の力を発揮する、夢の機体。
操縦は言うまでもなくグスターヴォ団長が担当する。
障壁は、実はもう勇輝と面識がある。騙し討ちにした風魔法の男だ。
しかし最後の核。
これを出来るものが全員疲労し、残っていなかった。
核の役割はじっと動かず、自己主張せず、ただひたすら機兵に魔力を捧げ続けるものである。
単純なようだがこれがなかなか難しい。
魔力を吸いつくされた者は命を落とす。だから他人にガバガバ奪われる感覚を嫌って、本能的に出し惜しみしてしまうのだ。
技術的な難しさはないが、強い信頼関係と命も惜しまぬ献身を要求される役目だった。
疲れている者がこれをやれば、命を惜しんで役に立たぬか、もしくはあっという間に吸いつくされて死ぬ。
「二人でやるしかあるまい」
グスターヴォ団長は顔色ひとつ変えずに結論を下した。
「し、しかしそれであの小娘に勝てましょうか!」
「他にどうしろというのだ!
これ以上待たせるわけにはいかぬ!」
食い下がる部下を叱りつける老将。
だが表情が苦い。
団長本人もこのままではいかぬと察しているのだ。
このままでは負ける。
いや負けるだけならまだしも、あれだけ大見得を切っておいて醜態をさらすことになってしまう。
人生最後の戦いがこれでは、あまりに報われぬ。
「むう……!」
唸って愛機を見上げるグスターヴォ団長。
八方ふさがりかと思われたところに、意外な人物から提案が来た。
「お爺様、私が、私がこの機兵の核になります!!」
団長の孫娘、ダリア・バルバーリだった。
「お前、なにを言う!」
「私も騎士の娘です!
この身を捧げる覚悟はとうに出来ております!」
ダリアは一歩も引かぬという強い決意をみせながら、おのれの魔力を解放した。
ゴオオオオオオッ!!
ダリアの身体を中心に、烈風が吹き荒れた。
彼女の髪の色と同じ緑色に輝く激しい力。
若さみなぎる瑞々(みずみず)しい魔力の奔流だった。
「お爺様も、お父様も、騎士道に身を捧げている。私だけ、女だからというだけの理由で差別なさるおつもりですか!」
「しかし、お前」
グスターヴォは、厳格な老騎士から優しい祖父の顔になって話した。
「お前は、聖女の声を聞いて迷っているのではないか?」
「……っ!?」
ダリアが発する魔力の奔流が、乱れた。
戦争だけを無くしても世界は平和にならないと。
あの言葉を聞いて、たしかに思うところはあった。
自分たちの理想は間違っているのかもしれないと。
「迷っていればこそです。
私だけでは聖女様にかなわない。
だからお爺様と、お父様のお力をお借りしたいのです」
もしかしたらその先に、泣ける未来があるのかもしれない。
人から綺麗な言葉をかけられるだけの今ではなく、自分で考え行動できる未来が。
「そうか、ならば共にいくか」
「はいっ!」
こうしてすべての条件がそろった。
ダリアの想いを吸収して、神聖騎士団最強の守護騎兵が動き出す。
『申し訳ない、すっかり待たせてしまったのう!』
その機兵をみて、すべての者が呼吸すら忘れて見入った。
もっとも目をひいたのは、クリムゾンセラフよりもさらに巨大な純白の翼。
次に雪のように真っ白な甲冑。
輝くようにまぶしい白馬型の『半人半馬』。
白騎士。
白馬の身体。
巨大な翼。
それらがすべて融合した、究極の守護騎兵。
天馬騎士。
これが第三騎士団の最後の切り札だ。





