120話 今度は間違えない
俺を呆れた表情で見ている女性、確か名前は花蓮さんだったか? の元へと能力を解いた後、足を進める。
近くまで寄ると、彼女はおもむろに立ち上がり、俺になにかを軽く投げた。慌てて手で受け取りそれを確認する。
「食っとけ、ちっとは疲労が軽減すんだろ」
渡されたものは一粒の飴玉だった。
一瞬、大阪のおばちゃんを想像したのは申し訳ないと思う。花蓮さんは見た限り二十代前半だろうから、心外だろう。
それにしても、仮面を着けていても分かっていたが綺麗な人だ。
肩口で切りそろえられた茶髪が風に靡き、切り裂くような瞳が俺を見つめている。モデルとか似合いそうだな。
そして何よりも肝心なことが一つ、彼女は・・・俺っ娘だ!
くっ・・・! 俺っ娘の前で敵を逃がしてしまうとは、なんたる不覚か! 時を戻せるのならばすぐに戻したい。
「すいません・・・。みすみすと敵を逃がしてしまいました・・・」
「いや、あの連中を追い払っただけで十分だろう。分かってはいたが、やはり絶対者はおかしい。おまえ、本当に病み上がりか? この悲惨な光景を見れば、俺が戦わなくて本当に良かった。秒も持たん」
「本来の力を取り戻しましたからね。病み上がりであろうと、この程度の事は出来ますよ」
そう、取り戻したというのに俺の攻撃を避け、あまつさえ反撃出来る存在。
全く、面倒な奴等を逃がしてしまった。もう少し、あと二、三分もあれば【獅子奮迅】が発動可能になったというのに。
これは統括支部に連絡した方が良さそうだな。
狙いは間違いなく俺だろうが、絶対者の間では周知させなければ、もしもの時の対応が遅れるかもしれない。
「はぁ・・・」
貰った飴玉を口の中に放り込む。
うん、思ったより甘いな。でも、確かに疲れは少し和らいだ気がする。
よしっ、気分を切り替えよう。
奴等の事は後でどうとでも出来ると考えた方が楽だ。
今は目の前の俺っ娘の事をどうすべきかだな。
「上月さんは」
「花蓮だ。姉さんと同じ呼び方じゃ紛らわしいだろ。花蓮でいい」
「では、花蓮さんは現在何処に住んでおられるんですか?」
「あ? なんだいきなり」
「いえいえ、別にどうという事はないんですが、花蓮さんはまだ家に帰られていないと聞いたので」
「そんな事他人のあんたが心配する事じゃねえ」
じぃっと花蓮さんの胡乱な瞳が俺を貫く。
少しあからさま過ぎたか。
でも、花蓮さんの事は金剛さんだけでなく隊員全員が心配してる様子だからなあ。無理に連れて帰る事は容易だが、そんな事はしたくないし。貴重な俺っ娘に嫌われたら吐血するかもしれん。
「はぁ・・・知人に世話になってる。信用できる奴だ。だからあの連中には大丈夫だって伝えてくれ」
数秒程俺を見つめた後、溜息を吐きながら、渋々と言った風に花蓮さんはそう答える。
やはり、あからさま過ぎた俺の目的も見透かされていたようだ。
ダメ押しで住所メールアドレスも尋ねてみたが、残念ながら入手する事は出来なかった。
やましい気持ちは無かった・・・いや、プランクトン程度しかなかったというのに、屑を見るように見下されたのは心外である。
「家には帰らないんですか?」
「・・・いまさらどの面下げて帰れんだよ」
目を逸らし、彼女は言う。
そんな事はないと言うのは、言うだけならば簡単だ。
しかし、俺は彼女がなにを思って帰れないと言ったのかを、花蓮さんという人物を知らな過ぎる。故に、喉から出かかった言葉を押し込め、別の言葉を投げかけた。
「今回はありがとうございました。花蓮さんがいないかったら今回は俺も死んでいたかもしれません。もう一人も中々に面倒な奴みたいなので」
「いや、俺がいなくても」
「そんな事ないです。この借りはいつか絶対に返します! また今度家に招待しますので一度寄ってみて下さい」
「・・・あんた俺の電話番号知らないくせにどうやって招待するんだよ?」
「気合で見つけ出します!」
「ストーカーかよっ?! ちょっ、近寄んな!」
逃げる花蓮さんを追い過ぎたのか、最終的に回し蹴りを喰らって地面を無様に転がった。
倒れている俺を踏みつけて、少し落ち着いたのか、花蓮さんは体を反転させて場を去ろうとする。
「じゃあな、もう一生会わねえだろうが、簡単に死んだら承知しねえぞ」
「ははっ、俺を殺せる敵なんていませんよ。次に会う時は芸の一つでも覚えておきますね」
「会わねえつってんだろうが・・・」
心なしか戦闘の時より疲れていて、しかし何故か軽くなっているように見える肩を揺らしながら花蓮さんは姿を消した。
花蓮さんの姿が見えなくなると、俺は暗くなってきた空を眺め、帰らなければならない事に憂鬱になる。
「・・・絶対にぶちぎれてるよな。どう謝ったものか」
これで何度目か。
そろそろ本気で妹に殺されるかもしれないと肩を震わせた。
◇
帰宅の途中で服を身繕い、戦闘の痕跡を誤魔化す。
体の傷は完全に消え去っている為問題ないと思うが、血の匂いが体に染みついているかもしない為、念のためにスプレーも買って体に振りかける。
そんなこんなで、謝罪の言葉も考えながら歩いていると、家に着いた頃にはすっかり空も暗くなり、住宅の明かりが街中を照らしていた。
マンションのドアの前に辿り着くと、俺の足音が聞こえたのだろう。
慌てたようなガタガタとした音が聞こえると共に、ドアに向かって走ってくる足音が響く。
勢いよくドアが開かれると、焦燥した表情を浮かべた蒼の顔が視界に映り込む。
俺の姿を見ると、心の底から安堵したように息を吐き出し、すぐにその表情を怒りに染めた。
「もう! こんな時間まで一体何処に行ってたの!」
保護者かな?
さて、どう声を掛けたものか。
・・・いや、最初の言葉は決まってる。
あの時の選択をもう一度答えよう。
「俺はお前を選ぶよ」
「ん? いきなりどうしたのお兄ちゃん?」
「丘での話だ。世界中の人々か蒼、どちらかしか救えないのだとしたら。俺は迷わずお前を選ぶさ」
一瞬呆けた表情をした蒼の瞳が、徐々に開かれる。
「・・・・・・っ・・・お、おにいちゃ」
目の端から落ちる涙に、自分がどれだけ心配させたかと思うと、自分の顔をぶん殴りたくなる。
伸ばした手で、蒼の目端の涙を拭い取り、一歩足を近づけると頭を軽く撫でる。
「悪い。遅くなった」
「ッ! お兄ちゃん!」
折角拭った蒼の瞳から涙が溢れ出し、そのまま俺の体に抱き着くと、もう逃がさいとばかりに腕に力を込める。
「今度はっ、もう、ダメだと思ったんだから!」
「ああ」
「なんで自分を大切に出来ないのっ! 自分すらまともに守れないくせに、誰かを守ろうとしないでっ! 私が、どれだけ!」
「・・・そうだな。少し身勝手が過ぎたかもしれない」
蒼がゆっくりと腕の力を緩める。
しかし、顔を見られたくないのか俺の服に顔をうずめる状態で、肩だけを震わせる。
「ずるい・・・お兄ちゃんが謝ったら、私はもう何も言えないじゃん。」
「知らなかったのか? 俺はずる賢い生き物なんだよ」
「・・・ばか」
俺から体を離すと、俺に背を向ける形で体を回し、涙を拭うように袖で顔を拭いている。
再度俺へと体を向ける蒼の表情は、向日葵のような満面の笑みで、しばし目を奪われた。
「お帰りなさい。お兄ちゃん」
「ああ、ただいま。蒼」
その言葉で、やっと家に帰ってこれたのだと、改めて実感する。
蒼に手を引っ張られるようにして家に入り、リビングへと連れられる。
置かれている机には何故か豪勢な食事があり、中央にはケーキがおいてあった。
そして、ケーキの真ん中には、俺の文字が。
「誕生日おめでとう! お兄ちゃん!」
・・・そうか、今日は十月二十八日。俺の誕生日か。
「ははっ、全く、とんでもない誕生日だな」
しかし、蒼の笑顔がまた見れたのならそれが一番、か。
「よっし! 今日はたらふく食うぞ!」
「たくさん作ったから幾らでもあるよ!」
八章(了)
次章の簡単な告知。
次章は、久方ぶりの特殊対策部隊のメンツとの交流。
そして、残りの絶対者が全員登場!(*´▽`*)





