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魔法使いと業火の娘  作者: 深月(由希つばさ)
第2章 烏羽の魔女
9/61

2-2

 中央広場をぐるりと埋め尽くす茣蓙(ござ)を抜け出て、リリーは祭りの屋台を見て回った。

 屋台には(めずら)しいお菓子や木でできた玩具(おもちゃ)なんかもあって見ていて飽きない。

 だが、値札に目をやったリリーは知らず知らずのうちに(うめ)いた。

 リリーのいた故郷に比べて、物価が五倍も十倍も高い。



(ただのパンとかお水がこの値段?! え、ちょっと待って。おらがいつも掃除(そうじ)とか洗濯(せんたく)に使ってる水って……)



 これも日照りの影響だろうか。

 生活用水は使っているのは濾過(ろか)していない水だから、これほどではないにしろ、目が回るような値段だった。

 故郷にいる家族がきちんと食べられているかが心配になりながら、いつも食べている雑穀(ざっこく)のパンと水を買った。

 ちょうどそのとき、屋台の物陰(ものかげ)から顔を(のぞ)かせる幼い兄妹(きょうだい)に目がいった。

 この会場には似つかわしくないぼろぼろの服から(のぞ)く細い手足──兄の手が屋台の商品に伸び、パンをひとつかっさらって逃げた。



(……あ。マズい! 逃げて……!)



 リリーの願いもむなしく、逃げ遅れた妹を店主が捕まえた。



「この薄汚(うすぎたな)いドブネズミども! 俺の店からもの盗むたぁいい度胸してるじゃねーか! 覚悟はできてんだろうなぁ?!」



 戻ってきた兄もろとも、群衆(ぐんしゅう)の目の前にもかかわらず(なぐ)り始める。

 見ていられなくなったリリーはたまらず店主と兄妹(きょうだい)の間に割って入った。



「やめて。ぶたないで! お金なら、おらが払うから!」


「そういう問題じゃねーよ、お嬢ちゃん。俺はこいつらに社会のルールってのを教えてやってんだ。働かざる者食うべからず。この世は所詮(しょせん)、弱肉強食なんだよ!」


「こんな年端(としは)もいかない子どもいたぶって、何が社会のルールよ! あんたみたいな大人ばっかりになったらお先真っ暗だわ。……ほら、行っていいよ。おらのパンをあげる」


「あ、待てコラ!」



 幼い兄妹(きょうだい)たちの逃げ足は速かった。

 リリーの渡したパンを引っ(つか)むと、人波の中を風のように走り去った。

 リリーは店主に、彼らの分もパンの代金を払った。

 マーガレットから預かった分のお金も使ってしまったが、後で事情を話したらわかってくれるだろうと思う。

 店主はリリーから代金をもらってもまだ不服そうだった。地面に(つば)()き付けて言った。



「……おまえも随分(ずいぶん)、貧相な身なりのガキだな。あんたもそれ、盗んだものなんじゃねーか?」


「なっ……!」


「──うちの者が、何か問題でも?」



 突然、かけられた声に、言い争っていた二人はぎょっとした。

 いつの間にか、真っ白な衣装を身に(まと)った少年が背後に立っている。

 胸元を色石の首飾りで(いろど)り、豪奢(ごうしゃ)(かざ)り帯を肩からかけた姿は壮麗(そうれい)ですらある。

 リリーと店主は二人同時に(さけ)んだ。



「ア、アモル様……?!」


「げっ! 魔法使い?!」



 常日頃から仏頂面(ぶっちょうづら)なことが多いアモルは、いつになく不機嫌だった。

 衣装の美しさもあって、そんな物憂(ものう)げに睫毛(まつげ)()せる仕草すら、今は優美に見えるから不思議だった。



「うちの者がパンを盗んだとでも?」


「えっ……いや、その……」


「どうなんだ、リリー?」



 アモルはリリーに目配せする。

 後ろ暗いところのなかった少女はすらすらと答えた。



「おら、盗みなんかしてないです。このひとに買ったものの代金を払ってただけです」


「……ということだけど?」



 こうなると、かわいそうなのは店主だった。

 魔法使いの少年に(にら)まれて、冷や汗のあまり縮み上がった。

 一部始終を見ていた客たちからも、魔法使いの少年と連れの少女に助け船を出す声があがってきた。



「行くぞ、リリー。……あんたの店は、客に()(ぎぬ)を着せて悪態をつくような商売をしてるって覚えとくよ」



 リリーとアモルが立ち去った後、店主は一気に百年分も()けたようにへたりこんだ。



  ☆☆



 リリーたちは喧噪(けんそう)の中を進んだ。

 アモルの背中は(りん)として、人混みの中でも見失わずに()んだ。

 少ししてから、アモルの歩調が(ゆる)んで、やっと声が届くぐらいの距離に縮まった。



「……助けてほしいなんて言ってない」



 ぽつりと投げかけた言葉に、アモルの歩みが止まった。

 お礼を言うべきなのはわかってる。

 なのに、どうしても(くや)しさが(あふ)れた──所詮(しょせん)、住む世界が違うのだと。



「さっき、『うちの者』って言いましたよね。そんなこと思ってるの、アモル様だけなんだってまだわからないの? さっきの、見たでしょ。外から見たら、立派な魔法使い様と泥棒(どろぼう)まがいの薄汚(うすよご)れた子どもでしかない。住む世界が違うひとに優しくされてもみじめになるだけなんです。アモル様はほんの気まぐれでおらたちに慈悲(じひ)をかけてるだけのつもりなんだろうけど……本当にいい迷惑(めいわく)!」



 アモルに悪気がないのはわかっている。

 彼は手を差し伸べようとしてくれている。

 けれど、少年の手はすぐ引っ込むかもしれない。

 頼った瞬間、振りほどかれるかもしれない。

 そんな曖昧(あいまい)なものにすがりつくわけにはいかない。

 リリーにだって十年間生きてきたなりの矜持(きょうじ)はある。



「──っ! じゃあ、どうすればよかったんだよ! おまえが道端(みちばた)でうっかり間抜けに泥棒(どろぼう)云々(うんぬん)疑われてても黙って素通りして見て見ぬフリしろって?」


「一山いくらで買った大安売りの使用人なんて見過ごしてればいいじゃない。その方が簡単(かんたん)だし気楽でしょ?」


「おまえこそ、僕を見損(みそこ)なうのも大概(たいがい)にしろ。僕はそこまで無責任な軟弱者(なんじゃくもの)じゃないぞ!」


「おらだって純粋培養(ばいよう)された魔法使い様の(うわ)ついたふわっふわな言葉に引っかかるほど頭お花畑で純朴(じゅんぼく )田舎(いなか)丸出しの小娘じゃないわ!」



 二人はふんっと顔をそむけた。



「……とにかく! おまえが往来で泥棒(どろぼう)(あつか)いされてたら、何度だって助けるからな。あんまり世話かけるなよ」


「だから、そういうこと軽々しく言わないでって言ってるんですっ。一度で覚えられない? 頭悪いの?」


「おま……っ! もう少し言葉選べよ! 僕は仮にも史上最年少の魔法使い様だぞ?」


「いくら(つくえ)の上の勉強ができたって頭のよしあしは違いますよーだ! あれぐらい、勉強したらおらにも読めるわ」


「よーし、言ったな? 今度みっちり勉強しごいてやる。覚悟(かくご)しろ。夜も寝らんないと思えよ」


「おら、使用人だから読み書きは最低限でいいもん」


「ぐっ……! ああ言えばこう言う……」


「おらの台詞(せりふ)ですっ」



 そこで絢爛(けんらん)装束(しょうぞく)の少年と赤毛の少女は、はたと我に返った。

 周りにギャラリーが集まってきているような……。



「……来い。こっちだ」



 アモルが引っ張った方向に、リリーも仕方なく駆け出した。

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― 新着の感想 ―
[一言] マーガレットさんに預かったお金を……。 リリーちゃんには「地獄への道は善意で舗装されている」ってこんこんと説教してあげたい。 なまじ口が回る分、いちいち反論してきて面倒くさそうだけど……。 …
[一言] もどかしいっ、もどかしいっ! この感想欄に色々書きたい、というか書いては消しを何度も繰り返していますが、纏まりそうにないので一言だけ。 二人が仲良しになりますように。 マーガレットさんも居…
[一言] こんばんはああああああああ!٩( 'ω' )و 貧困泥棒と助けるリリーと許さない店主……現実ならば間違いなく店主に軍配ですが、そのあたりはファンタジー。善悪や法は世界観に依拠しますからね…
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