8-1
たとえ魔女と呼ばれても、貴方への愛は変わらない。
この記憶が擦り切れ果てても、逢えば、必ずわかるわ。
だから、お願い。
貴方が生まれたこの世界を恨まないで。
憎しみの炎に焼かれて、その身を滅ばさないで……。
☆☆
少女の身体に宿ったエルシア・ワーグナーが、魔物たちとともに立ち去った後──
燃え落ちるのを待つばかりの館で、アモルはぼんやりと目を開けた。
(……う……)
身体のあちこちが痛くて、身じろぎをするだけで激痛が走った。
エルシアやベシルバードの魔法で傷付いた上に、魔物たちの爪で抉られたり引きずり回されたりしていた。
腕の中に抱えたリリーの蒼白な身体を見る。
最初に水龍の魔法で傷付いた以外、綺麗なままなのにほっとした。
これ以上、傷を増やしたくはなかった。
たとえ、それがただの自己満足だとしても。
「……ごめん、リリー。こんなことに巻き込んで。痛かっただろ……」
ベシルバードやエルバンス魔法学院の教授陣の攻撃からアモルを守り、盾になって負った傷だった。
赤い髪の少女はもう、応えない。
アモルはもう一度、リリーの冷たい身体を抱きしめた。
血濡れた少女の制服を涙が濡らしていった。
……じきに、ここにも火の手が回る。
アモルはふらりと立ち上がった。
炎に包まれたホールを、アモルは無感動に見ていた。
あちこちの柱が燃え崩れ、豪奢な装飾がバターのように溶けていくその光景を、逃げもせず、ただ眺めた。
「……これが報いか……」
魔法使い協会の倫理に背いて。
違法な黒魔術を研究した──その理想のなれの果て。
守りたかったのは、たった一人の笑顔。
ただそれだけだったのに……。
急に、身体から血の気が引いた。
リリーの上に倒れ込むようにして、くずおれる。
肺が空気を求めてあえいでいる。
心臓を握りつぶすような痛みに、アモルは呻いた。
赤毛の少女の顔を見る。
傷ひとつなく綺麗だった。
触れたかった髪に触れ、氷細工のような頬を撫でた。
「一緒に逝こう、リリー。僕ももう疲れた……」
……もう、眠ってしまいたい。
この世界はやっぱり理不尽で。
力ある者が、力のない弱い者を虐げ続ける。
運命に翻弄され続けた少女のことも、結局は守ることすらできなくて……不幸にすることしか、できなかった。
「夢なんて、最初からもたなければよかった。そうしたら、叶わなくて傷付くこともなかった。リリーを巻き込んで傷付けることもなかったんだ……!」
血を吐くように叫んだ──そのとき。
脳裏に、狂おしいような叫びが届いた。
──諦めないで!
アモルは、はっと目を見開いた。
「……リリー?」
信じられない思いで、腕の中で横たわる少女を見る。
閉ざした睫毛は凍り付いたように静かで、目を開けることもない。
……けれど、頭に響いた声は確かに、リリーのものだった。
──アモル様、私を喚んで! その世界に、私たちを導いて……!
アモルは、のろのろと身体を起こした。
魔法で極限まで身体を酷使して、魔物たちにも弄ばれて精も根も尽きかけている。
いつ倒れて、そのまま目覚めなくなってもおかしくなかった──それでも。
アモルの中に、忘れかけていた灯火が確かに宿った。
「……っ! 何をやってるんだ、僕は」
気力を奮い起こして、渾身の力で立ち上がった。
挫けて弱音を吐いている場合ではない。
膝を折っている姿を見られたくなかった。
「こんなとこ見せたら、リリーに笑われる……!」
アモルは流した自分自身の血に指を浸した。
リリーの傍ら、擦り切れた絨毯の上に、震える指で魔法陣を描いていく──禁忌の召喚魔法を。
なけなしの魔力を絞り出されて、心臓がミシミシと悲鳴をあげた。
生物としての本能が頭の中でガンガンと警鐘を鳴らす。
アモルはそのすべてを無視した。
自分がどうなってもかまわない。
これですべてが終わってもいいと、思った。
「もう一度逢うんだ……リリーに。もう一度……!」
誰かにそそのかされて、ではない。
アモルは自分自身の意志と力で、違う次元にある空間の扉を開いていく。
それが、どんなに禁じられたことであっても。
「混沌たる世界の狭間を移ろう者よ、異なる摂理に縛られ魔力を拠り所としてさ迷う者よ、我が呼びかけに応えよ。我が契約に応じ、この世界に姿を現せ──……」
魔法陣がまばゆい光を放って、アモルの視界を塗り潰した。




