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魔法使いと業火の娘  作者: 深月(由希つばさ)
第3章 蒼氷の娘

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3-5

「──まったく。編入早々、教本をなくすなんて呆(あき)れたね。あたしゃ、いくら編入試験の成績が優秀だからってエコヒイキなんかしないんだからね。気を付けなさいよ」


「すみません……」



 リリーは購買部のおばちゃんに嫌味を言われながら新しい教本を受け取った。

 実際にはビリビリに破かれたのだが、なくしたと嘘(うそ)をついてごまかした。

 正直に言うのはプライドが赦(ゆる)さなかった。たとえ嫌味を言われても。

 ワーグナー家から仕送りされているお金は生活するのに最低限のものなので、予定外の出費は正直、痛い。

 しかし、ワーグナー家に直接、教本代の請求(せいきゅう)がいくのはそれ以上に嫌だった。



(お昼ご飯を切り詰(つ)めればなんとか……大丈夫。ひもじいのは慣れてる)



 朝晩に寮(りょう)の食事があるのは救いだった。

 その分、外出する時間は制限されるが、この際、仕方ない。

 あとで彼(・)ら(・)には謝(あやま)っておこう……。

 気分の晴れないまま女子寮(りょう)に向かう。

 教室でせせら笑っていた少女たちの声が頭から離れない。



『──何しに学院に来たの?』



 彼女たちの言うとおりだった。

 リリー自身、たった半月で見失いかけている。

 アモルの隣にいられれば、それでよかった。

 学院でアモルの世話をしていられれば、それでよかったのに……。



『ここじゃお互い、ただの生徒だろ』



 エルバンス魔法学院に来たら、離れていた年月の間に、アモルは級友たちに囲まれて楽しそうにしていた。

 そこでは、リリーは一介(いっかい)のクラスメイトでしかなかった。

 使用人として無条件で傍(そば)にいられた三年前とは違う。

 アモルにとってリリーはただの級友──否(いや)、それ以下の新参者でしかない。

 お互いの距離が一気に遠のいた気がした。

 アモルのことだけを考えて、追いかけて、石にかじりつくように勉強して、やっとここまで来たのに、近づけば近づくほどますます遠くなっていく。



「……おら、何しにここに来たんだろ……」



 田舎(いなか)言葉をぽろりと零(こぼ)しながら、とぼとぼと女子寮(りょう)の門をくぐる。

 そのまま寮(りょう)の裏手にある自分の部屋に向かおうとして、リリーは今度こそ固まった。



「アモルさん、送ってもらってありがとうございました」


「気を付けて帰れよ」


「もうすぐそこですから」



 女子寮(りょう)の裏手で、アモルと金髪の少女が話している。

 二人は何やら親しげな様子で、アモルの頬(ほほ)にも笑みが浮かんでいた。

 かわいらしい小柄(こがら)な少女はアモルに何度も手を振って寮(りょう)に入っていた。



(な、何を動揺(どうよう)してるの、おら……!)



 心臓がバクバクと異常な不協和音を奏でている。

 リリーはますます焦(あせ)った。



(そ、そうよね。アモル様だって男の子だもの。十歳の子どもじゃないんだから……)



 必死に冷静な使用人としての思考を取り戻そうとするが、うまくいかない。

 そうこうしているうちに、アモルと目が合った。

 アモルは何事もなかったかのように近づいてくる。



「リリーも今帰りか?」


「ひゃ、ひゃいっ」


「……? 大丈夫か。なんか変だぞ」


「なんでもありません。噛(か)んだだけです……」



 熱でもあるのではないかと、アモルが額(ひたい)に手を当ててくる。

 アモルにしてみれば、まるっきり子どもの頃の感覚だったが、リリーの側からすればたまったものではない。

 体温が急激に上昇するのを感じながら後ずさった。



「熱はなさそうだけど……早く帰って休めよ。編入したてで疲れただろ」


「は、はい……」



 気付かれなくてよかった……とリリーは胸を撫(な)で下ろした。

 アモルは帰路(きろ)に着こうとする。

 その背中を、リリーは呼び止めた。



「あのっ、アモル様、どこに行くんですか?」


「どこって……寮(りょう)に帰るけど」



 アモルは訝(いぶか)しげに振り返る。

 リリーも呼び止めてしまってから迷った。

「お荷物お持ちします」や「お見送りします」は嫌がられる気がした。女の子に送ってもらうなんて、と断られかねない。

 逡巡(しゅんじゅん)の末、リリーはもっと違う言葉を絞(しぼ)り出した。



「少しお散歩しませんか……二人で」



 アモルから異論は出なかった。



  ☆☆



 散歩のルートはアモルに任せた。

 アモルは賑(にぎ)やかな界隈(かいわい)から離れ、小川のせせらぎの聞こえる土手にリリーを連れていった。

 小さくて控(ひか)えめな白や黄色の花々が咲き乱れ、どこかの葉陰(はかげ)に春の妖精(ようせい)たちが隠れていそうだった。

 なんとなく、普段のアモルを垣間(かいま)見た気がした。

 きっと十五歳になった今でも、晴れた日には気晴らしに絵筆とキャンバスを持って出るのだろう……誰にも知られずに。

 妖艶(ようえん)な女になったら描いてやる、という子どもの頃の約束を、アモルは今でも覚えているだろうか。

 もし忘れていたら……と思うと少し怖くて、あれ以来、リリーは聞き出せずにいる。



「風が気持ちいいな……春だなぁ」



 言われて、リリーは新鮮(しんせん)な空気を胸いっぱいに吸い込んだ。

 風にさらわれる赤毛の髪をかき上げた。

 故郷のラトミ村とも、ワーグナー家のあった町とも違う、貴婦人のようにつんと澄(す)ました花々の香り。

 足下の土くれには目もくれず養分を吸い取って咲き誇(ほこ)っているような気がして、なんとはなしに、むずむずと落ち着かない気持ちがしてしまう。



「都会の空気はまだ慣れないですね。なんとなく人工的な感じがして」


「あぁ、わかる。僕も最初、違和感だった」


「アモル様も?」


「最初はな。すぐ慣れた」



 自分も慣れる日がくるのだろうか、とリリーは思った。

 馴染(なじ)んでしまってはいけない気もした。

 自分たちも何かの犠牲(ぎせい)の上に咲き誇(ほこ)っていることを、つい忘れてしまいそうで……。



「アモル様は……──」


「うん?」


「……いえ、なんでもありません」



 まただ。つい、臆病(おくびょう)になる。 

 本当に訊(き)きたいことをためらってしまう。

 アモルが忘れていたらどうしよう、と思う気持ちが先走って、どうしても後の言葉が続かない。



(アモル様は、──……覚えていますか?)

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― 新着の感想 ―
[一言] リリーも全くの別人になってしまった訳じゃなかったんですね。ここ数話、置いてかれた感じがしてたので、なんだかホッと……いや、出来ない・・・  それにしても、リリーが他人と壁を作ってるのは何故…
[一言] リリーちゃん……。 会えなかった時間がリリーちゃんとアモルくんの間に重くのしかかってますね。 見てる景色が変わると、中身も知らぬ間にズレていくのでしょうか。 ましてやこの子たち、思いを伝…
[一言] おら、おら…………(´;ω;`) 待ちわびた一人称が出てきて嬉しい反面、ああ、リリー弱ってるなぁ、と切ない……。 アモルくんとふたりきりの時、言ってくんないかなーってドキ…
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