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二人の影がどんどん傾いていき、夕闇の気配が空をほんのりと染め始めた頃、兄のエヴィンがアモルを迎えにきた。
アモルと同じ純白の衣装を着ている。無精ひげを剃った今は、きちんと二十歳ぐらいの若者に見えた。
これから各地の魔法使いたちが集結していよいよ魔法を使うのだ。
「アモル様、がんばって。おら、楽しみにしてます!」
アモルは不敵に笑って頷いた。
「見てろよ。魔法で、今日一番大きい雨雲を呼んでやる」
それは、今日が魔法使いとして初めて公の場に出る少年の発言としては大胆すぎたけれど、アモルが言うと、まるで本当にそうなる気がするのだった。
リリーはふふっと笑った。
「おら、すっごく楽しみにしてます。本当に……──」
そうしてお互いに笑顔で別れようとしたときだった。
背後で女の金切り声があがった。
「今すぐ祭りを中止しなさい!!」
腰まである艶やかな黒髪を振り乱して、一人の女が関係者以外立ち入り禁止なはずの区域に入ってきた。
集まりつつあった魔法使いたちとは対照的に、濡れそぼったカラスの羽のように真っ黒なドレスの裾をさばいて、ずんずん進んでくる。
アモルとリリーは唖然として声をあげた。
「母さん……!」
「奥様!?」
出入り口にいた守衛たちが慌てて女を止めようとするが、相手が誰だか知ると、手を出せずに困り果ててしまっている。
その守衛たちに向かって辺り構わず怒鳴り散らしているのだ。
「こんな祭りを喜ぶなんて狂ってる! おじいさまも旦那様も使用人たちも下々の者もみんな正気の沙汰じゃないわ!」
怒鳴り声に気付いた魔法使いたちが、にわかにざわついた。
「おい、あれ……」
「ああ、ワーグナーの魔女だ……」
「ワーグナーの魔女? ……あれが?」
「違法な魔法研究に明け暮れて、協会から除籍追放されたらしい。昔は新進気鋭の魔法使いだったけど、子どもが生まれて狂っちまった……」
「噂じゃ伝説の悪魔と取引して魂を明け渡したとか……」
エヴィンとアモルの兄弟が囁き交わす魔法使いたちを睨みつけて黙らせた。
(ワーグナーの……『魔女』?)
リリーは初めて聞く言葉だったが、ひどく邪悪な響きを帯びていた。
アモルにこっそり囁いた。
「アモル様、魔女って……?」
「……“堕ちた”魔法使い。ひとを助ける魔法使いの倫理に背いて違法な黒魔術を使うってされてる……根も葉もないただの噂だよ。母さんは『魔女』なんかじゃない」
苦々しく言うアモルの口調はひどく虚ろだった。
兄のエヴィンもなんともいえない表情で口をつぐんでいる。
ワーグナー夫人は息子たちを見つけると、つかつかと歩み寄った。
リリーを隠すように、アモルがそっと腕を引いた。
「エヴィン、アモル。ここにいたのね。ああ、わたくしのかわいい子どもたち。こんなふざけた祭りに参加してはいけないわ。今すぐ屋敷に帰りなさい」
「ムリだよ、母さん。それは俺たちに決められることじゃない」
ワーグナー夫人はエヴィンに詰め寄った。
「おじいさまや貴方はともかく、なんでアモルもなの? この子は魔法使いのことをまだ何もわかっちゃいないのよ! ──さあ、アモル。わたくしと一緒に帰りましょう。こんなところにいてはダメよ」
「……嫌だ。帰らない」
「どうしてそんな困らせるようなこと言うの? わたくしの言うことが聞けないって言うの!」
「母さん、違……っ!」
ワーグナー夫人は痛がるアモルの腕を引いてムリヤリ連れ帰ろうとする。
エヴィンが母子の間に割って入った。
弟のアモルを背後に庇って、母親と対峙する。
「こいつは全部わかってるよ。魔法使いが何たるかも、これからのことも……何もかもわかった上で必死に魔法を勉強して、今年で正式に魔法使いとして認められたんだ。こいつの頑張りは俺がよく知ってる」
「……兄さん」
兄に認められて、アモルがほっとしたように緊張を緩めた。
ワーグナー夫人はわなわなと震え出した。
「理解できないわ。こんな大規模な魔法を使うなんて恐ろしい……。下々の者たちはわたくしたちを神への供物だとしか考えてない。燃え尽きるまで使い果たして、燃え尽きたらそこまで。自分たちの利益しか考えていないのよ。それがなぜわからないのですか……!」
「──その仕事に俺たちは誇りをもってる」
ワーグナー夫人とエヴィンの間で冷たい火花が散った。
視線で殴り合うような一触即発の空気に、リリーははらはらした。
「さあ、母さん。少し休んで。……そこの君たち、悪いけど丁重にお見送りしてくれ」
「エヴィン、貴方って子は……! 放しなさい、無礼者! 放して……! ──後悔するがいいわ。わたくしの正しさを思い知るといい!」
守衛たちがワーグナー夫人を拘束して離れるまで、リリーたちは知らず知らずのうちに息を詰めていた。
やがてエヴィンが深くため息をついた。
「……やれやれ。見苦しいところを見せたな」
「いえ。あの、おら……」
リリーはなんだか見てはいけないようなものを見てしまったような気がして言い淀んだ。
そんなリリーを安心させるように、アモルも苦く笑った。
「心配すんな。おまえは他の使用人たちのとこに戻って観てればいい。……じゃあな、リリー。また後で」
「……! はい。アモル様、また後で」
リリーがぺこりと頭を下げて、エヴィンとアモルの兄弟が手を振って見送った。
赤毛の少女が人混みに紛れて見えなくなると、エヴィンはアモルにぼそりと言った。
「『また後で』ねぇ……おまえ、あのお嬢ちゃんに何も言ってないのか?」
「あいつ、魔法を楽しみにしてるから」
「……。まぁ、いいけどね……。かわいそうに」
かわいそう、という言葉に、アモルは変な顔をした。
エヴィンは肩を竦めて明後日の方を見ている。
「大事にしたのはわかるけど、少しは相手の気持ちも考えられるようにならんとな」
「なんだよ、それ。子ども扱いすんな!」
「あははっ。兄貴に褒められて赤くなってるようじゃまだまだ子どもだって」
「バカ兄貴!」
「バカでけっこう。そのバカが一生おまえの兄貴だから覚悟しとけ。……ほら、そろそろ行くぞ」
「わかってるよ。はぐらかすな、こら!」
お揃いの白い衣装を着た兄弟は舞台に向かった。
二人の笑い声が夕闇の中に溶けていった。




