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魔法使いと業火の娘  作者: 深月(由希つばさ)
第2章 烏羽の魔女

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2-4

 二人の影がどんどん傾いていき、夕闇(ゆうやみ)の気配が空をほんのりと染め始めた頃、兄のエヴィンがアモルを迎えにきた。

 アモルと同じ純白の衣装を着ている。無精(ぶしょう)ひげを剃(そ)った今は、きちんと二十歳ぐらいの若者に見えた。

 これから各地の魔法使いたちが集結していよいよ魔法を使うのだ。



「アモル様、がんばって。おら、楽しみにしてます!」



 アモルは不敵(ふてき)に笑って頷(うなず)いた。



「見てろよ。魔法で、今日一番大きい雨雲を呼んでやる」



 それは、今日が魔法使いとして初めて公(おおやけ)の場に出る少年の発言としては大胆(だいたん)すぎたけれど、アモルが言うと、まるで本当にそうなる気がするのだった。

 リリーはふふっと笑った。



「おら、すっごく楽しみにしてます。本当に……──」



 そうしてお互いに笑顔で別れようとしたときだった。

 背後で女の金切り声があがった。



「今すぐ祭りを中止しなさい!!」



 腰まである艶(つや)やかな黒髪を振り乱して、一人の女が関係者以外立ち入り禁止なはずの区域に入ってきた。

 集まりつつあった魔法使いたちとは対照的に、濡(ぬ)れそぼったカラスの羽のように真っ黒なドレスの裾(すそ)をさばいて、ずんずん進んでくる。

 アモルとリリーは唖然(あぜん)として声をあげた。



「母さん……!」


「奥様!?」



 出入り口にいた守衛たちが慌てて女を止めようとするが、相手が誰だか知ると、手を出せずに困り果ててしまっている。

 その守衛たちに向かって辺り構わず怒鳴(どな)り散らしているのだ。



「こんな祭りを喜ぶなんて狂(くる)ってる! おじいさまも旦那(だんな)様も使用人たちも下々(しもじも)の者もみんな正気の沙汰(さた)じゃないわ!」



 怒鳴(どな)り声に気付いた魔法使いたちが、にわかにざわついた。



「おい、あれ……」


「ああ、ワーグナーの魔女だ……」


「ワーグナーの魔女? ……あれが?」


「違法な魔法研究に明け暮れて、協会から除籍(じょせき)追放されたらしい。昔は新進気鋭の魔法使いだったけど、子どもが生まれて狂(くる)っちまった……」


「噂(うわさ)じゃ伝説の悪魔と取引して魂(たましい)を明け渡したとか……」



 エヴィンとアモルの兄弟が囁(ささや)き交わす魔法使いたちを睨(にら)みつけて黙らせた。



(ワーグナーの……『魔女』?)



 リリーは初めて聞く言葉だったが、ひどく邪悪(じゃあく)な響きを帯びていた。

 アモルにこっそり囁(ささや)いた。



「アモル様、魔女って……?」


「……“堕(お)ちた”魔法使い。ひとを助ける魔法使いの倫理(りんり)に背(そむ)いて違法な黒魔術を使うってされてる……根も葉もないただの噂(うわさ)だよ。母さんは『魔女』なんかじゃない」



 苦々(にがにが)しく言うアモルの口調はひどく虚(うつ)ろだった。

 兄のエヴィンもなんともいえない表情で口をつぐんでいる。

 ワーグナー夫人は息子たちを見つけると、つかつかと歩み寄った。

 リリーを隠すように、アモルがそっと腕(うで)を引いた。



「エヴィン、アモル。ここにいたのね。ああ、わたくしのかわいい子どもたち。こんなふざけた祭りに参加してはいけないわ。今すぐ屋敷に帰りなさい」


「ムリだよ、母さん。それは俺たちに決められることじゃない」



 ワーグナー夫人はエヴィンに詰め寄った。



「おじいさまや貴方はともかく、なんでアモルもなの? この子は魔法使いのことをまだ何もわかっちゃいないのよ! ──さあ、アモル。わたくしと一緒に帰りましょう。こんなところにいてはダメよ」


「……嫌だ。帰らない」


「どうしてそんな困らせるようなこと言うの? わたくしの言うことが聞けないって言うの!」


「母さん、違……っ!」



 ワーグナー夫人は痛がるアモルの腕を引いてムリヤリ連れ帰ろうとする。

 エヴィンが母子(おやこ)の間に割って入った。

 弟のアモルを背後に庇(かば)って、母親と対峙(たいじ)する。



「こいつは全部わかってるよ。魔法使いが何たるかも、これからのことも……何もかもわかった上で必死に魔法を勉強して、今年で正式に魔法使いとして認められたんだ。こいつの頑張(がんば)りは俺がよく知ってる」


「……兄さん」



 兄に認められて、アモルがほっとしたように緊張を緩(ゆる)めた。

 ワーグナー夫人はわなわなと震え出した。



「理解できないわ。こんな大規模な魔法を使うなんて恐ろしい……。下々(しもじも)の者たちはわたくしたちを神への供物(くもつ)だとしか考えてない。燃え尽(つ)きるまで使い果たして、燃え尽(つ)きたらそこまで。自分たちの利益(りえき)しか考えていないのよ。それがなぜわからないのですか……!」


「──その仕事に俺たちは誇(ほこ)りをもってる」



 ワーグナー夫人とエヴィンの間で冷たい火花が散った。

 視線で殴(なぐ)り合うような一触即発(いっしょくそくはつ)の空気に、リリーははらはらした。



「さあ、母さん。少し休んで。……そこの君たち、悪いけど丁重(ていちょう)にお見送りしてくれ」


「エヴィン、貴方って子は……! 放しなさい、無礼者! 放して……! ──後悔するがいいわ。わたくしの正しさを思い知るといい!」



 守衛たちがワーグナー夫人を拘束(こうそく)して離れるまで、リリーたちは知らず知らずのうちに息を詰(つ)めていた。

 やがてエヴィンが深くため息をついた。



「……やれやれ。見苦しいところを見せたな」


「いえ。あの、おら……」



 リリーはなんだか見てはいけないようなものを見てしまったような気がして言い淀(よど)んだ。

 そんなリリーを安心させるように、アモルも苦(にが)く笑った。



「心配すんな。おまえは他の使用人たちのとこに戻って観てればいい。……じゃあな、リリー。また後で」


「……! はい。アモル様、また後で」



 リリーがぺこりと頭を下げて、エヴィンとアモルの兄弟が手を振って見送った。


 赤毛の少女が人混みに紛(まぎ)れて見えなくなると、エヴィンはアモルにぼそりと言った。



「『また後で』ねぇ……おまえ、あのお嬢(じょう)ちゃんに何も言ってないのか?」


「あいつ、魔法を楽しみにしてるから」


「……。まぁ、いいけどね……。かわいそうに」



 かわいそう、という言葉に、アモルは変な顔をした。

 エヴィンは肩を竦(すく)めて明後日の方を見ている。



「大事にしたのはわかるけど、少しは相手の気持ちも考えられるようにならんとな」


「なんだよ、それ。子ども扱(あつか)いすんな!」


「あははっ。兄貴に褒(ほ)められて赤くなってるようじゃまだまだ子どもだって」


「バカ兄貴!」


「バカでけっこう。そのバカが一生おまえの兄貴だから覚悟(かくご)しとけ。……ほら、そろそろ行くぞ」


「わかってるよ。はぐらかすな、こら!」



 お揃(そろ)いの白い衣装を着た兄弟は舞台に向かった。

 二人の笑い声が夕闇(ゆうやみ)の中に溶けていった。

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― 新着の感想 ―
[一言] なるほど、それ故に魔法使いは普段は優遇されているのですね。 それにしてもこの方が烏羽の魔女でしたか。 予想外でした。 エヴィンくんたちみたいにちょっと怒られたみたいかも(笑) アモル君も…
[一言] トバ……じゃなかった、烏羽の魔女はお母様の事でしたか。 かなり暗い過去がありそうな人ですね。それこそ、外伝作品が一本書けそうなぐらいに。 そもそも、この世界の魔法ってかなりダーク。 魔法使…
[一言] 近況ボードからぴょいーん!ε三三三(ノ)'ω`(ヾ) 濡鴉の招待は貴女でしたか! たしかに漆黒の髪だった! リリーの憧れる妖艶な美女がここに! エヴィンの漢を見た! 案外兄弟仲がよくてほ…
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