48: 縁
あの日以来、理人はスーツを着なくなった。
口調も口が悪い方で定着しつつある。
理人に理由を聞くと、ニヤっと笑ってはぐらかされた。
元々、女避けだった……と聞いた。
もう必要なくなった、ということでいいのかな?
私の左手の薬指には、少しの光でもキラキラと跳ね返す永遠の輝きとやらを放つ石コロが付いた指輪が鎮座している。
これが効果を発揮してるのか、理人の周りはそんなにうるさくなくなってきたらしい。
っていうか、理人が仕事中だろうがお構い無く、隙あらば私にベッタリくっついてくるので、今までの理人のクールっぷりとのギャップに社員はドン引いてる…か、生暖かい目で見られてる……せいだと、思う……。
「奈都、そろそろいいか?」
「はい、ちょっと待って。あと一件だけメールしてから……」
いつもは就業時間が過ぎてもまだほとんどの人が残っているのに、今日の事務所はもう閑散としている。
というのも、とうとう今日が神沢さんの密着取材の放送日だからだ。なんだかんだで皆気になるようで、早めに帰る人が多かった。
万由子も、録画予約したけど彼氏と家で見る、と早々に帰って行った。って、私も理人の家で見る予定なので、今まさに急いで仕事を終わらせてるところだ。
「はい、お待たせ」
カバンを持って理人に声をかける。
と、理人の顔を見たらものすんごい柔らかいふにゃふにゃの微笑みでこっちを見てた。
なっ、なんつー顔してんの!
「ど、どうかした?」
「いや、奈都かわいくなったなー、と思って」
ぼん!と一気に顔が赤くなる。
この顔面偏差値の高い人に甘いことを言われるのにいつまでたっても慣れない。
「さ、帰って翔でも見ようぜ」
帰りにスーパーにより、買い物をして理人のマンションに帰る。
度々おじゃましていたら、私の着替えや洗面道具、カップや茶碗、箸などが増えていき、だんだん「帰る」って言ってる自分がいることに気づいた。
二人でキッチンに立ち、夜ご飯を作る。
今日のメニューは肉が食べたい、という理人のリクエストでトンカツだ。料理しなれてる理人は揚げ物も平気なようで、肉に手際よく衣を付けて臆することなく油に投入している。
私はキャベツをひたすらスライサーで千切りにして、味噌汁の準備もした。
二人で連携してやると、早く出来るし楽しい。
「何?一人でニヤニヤしてんの」
結婚したらこれが普通になるのかと想像してたら、一人でニヤニヤしていたようだ。
「な、なんでもない!」
恥ずかしくなってごまかした。ごはんが出来て二人で食べる。
「うー、美味しい!衣がサクサク。これ、こんなにしっかりしてるのはさっきのバッター液?のおかげ?」
「そう。肉屋のオバチャンに聞いたコツ」
オバチャンにもモテてたんか。
食べ終わった頃、丁度放送時間になった。
「うわー。さすが神沢さん、テレビ映えするなー…。」
いろんな職種の人をクローズアップして毎週放送しているこの番組は、そこそこ人気があるみたいで何年も前から放送していて、私も知ってる番組だ。
そんな、知ってる番組に出演してる知ってる人は、私の知ってる神沢さんと何か違うように見える。
「要に「頭どうにかしなさい!」って怒られて立てるのやめたらしいぞ」
理人がコーヒーカップをソファーに座ってる私に差し出した。
「そうだったの。どうりで最近ツンツンしてないと思った」
さすがに第一線で活躍するメイクアップアーティストにダメ出しされたら言うこと聞いちゃうよねぇ…。
隣に座った理人も画面に目線を向ける。
『じゃあ神沢さんは大学を出てすぐ事務所を立ち上げたんですか?すごい!』
インタビュアーの女性タレントさんが神沢さんに聞いた。スタジオで撮ったインタビューのやつだ。
『そうですね。今思えば無謀ですよね。最初は地元の商店街のお店のリーフレットなんかを制作してて、名残で今でもそういう仕事も請け負ってるんですよ』
『そうなんですか?神沢デザイン事務所って聞くと、化粧品のパッケージや企業広告のイメージでした!』
『ありがたいことにそういう仕事も増えて来ました。でも初心忘るべらかず、じゃないですけど、今もそのような仕事も大切です。ウチには優秀なスタッフもいますので、私が監修しない仕事も沢山やってるんですよ』
『そうなんですね。社名にお名前を冠していると、神沢さんが手掛けたデザイン、だと思っていましたが……』
『社名は、まあ、記号みたいなもので。実は経営者も私だけでなくもう一人いるんです』
『それは、共同経営者、ということですか?』
『はい。会社を立ち上げる時、同じ大学の友人と起業したのですが、「カタカナの長い社名より人名が入ってると信用されやすいんじゃないか?」なんて言って私に押し付けられまして』
横にいる理人を見た。
「アイツ……、バラしやがったな。あの時か。奈都が倒れた後の……」
画面を見たまましかめっ面になってなんか言ってる。
「理人!共同経営者だったの!?」
「……。そう」
「入社するときとかそんな説明なかった」
「ああ……。多分、翔と総務を管理してる牧野さん以外知らない」
「マジですかー」
ビックリしすぎて変な声が出た。
「まあ別にバレたからといって、何も変わらないけどな」
「そうなの?なんで隠してたの?」
「んー、これといって意味はないんだけど、経営者っつっているより、現場で皆とモノ作りしたかったんだよな……」
確かに、今までの理人は大抵チームのリーダーとして、沢山のプロジェクトを引っ張っていく存在だった。神沢さんはやっぱり社名に名前があるだけに、指名で入る案件をメインにやっていて、社員はどっちかっていうとサポートに回る感じで、二人の仕事スタイルは違うものだ。
クールで丁寧語で無駄なことをしない理人は、その表面とは裏腹に仲間と一緒に仕事するのが好きだったのね……、と思ったらなんかかわいく思えてきた。
「お、懐かしい」
理人がそう言ってテレビに向いたのは、神沢デザイン事務所がかつて手掛けた代表的なデザインの紹介をしている所だった。
私がこの事務所に決めたきっかけになった広告も出た。
それはシャンプーの広告。ハーブの香りを重視したナチュラルな原材料の商品で、広告も森の中で上を見上げた構図で、木漏れ日がキラキラ輝くとても透明感のある綺麗な写真が使われていた。なんとなく、かなちゃんが撮る写真と雰囲気が似ていて気になったのだ。
「これ、俺が企業依頼で初めて担当してやったやつ」
「えっ…。これ、理人が?……うそ……」
「なんで嘘なんだよ」
理人は不服そうな顔してこっちを見た。とたん、ビックリ顔になった。
「な、なんで泣く!?」
ビックリっていうより焦ってるのか。
いや、ごめん、私も泣くつもりなんてなかったのに、あまりの符合に勝手に涙が出た。
「これ、私、これ見て神沢デザイン事務所に入りたいって思ったの……」
「……。それって……」
「ふふ、私達、なんか変な繋がりがあったね」
私が出ていた広告を見て、神沢さんと事務所を作った理人。理人が作った広告を見て、事務所に入った私。
二人で顔を見合せたら、どちらからともなく近づいて唇を合わせた。
運命、なんて簡単な言葉で表したくない。
いろんなことがあってつながった縁。
私達だけじゃない。多分、多かれ少なかれ他の人にもおきているこの現象。
いい縁も悪い縁もある中で、私が理人に会えたことはとても貴重なことなのだと、ちゃんと分かってる。
「理人、ありがとう……」
唇を離して呟くと彼は不思議そうに首を傾けた。
「私を見つけて、更に諦めないでくれて、ありがとう」
「途中、自分でも『俺、ストーカーか?』って思ったけどな」
ニヤリと笑いながら言う。
「うん。そのくらいの勢いじゃなきゃ、私逃げてたと思う」
「ぶは!自分で分かってるんだ?」
爆笑しないでくれる?
むう、とした顔の私を理人がゆっくり抱き締めてくれる。
「俺も、ありがとう」
「ん?」
「俺をずっと待っててくれて」
そうなのかな?私、理人を待ってたのかな?
あの苦しかった時間も理人を待つために必要なステップだったのかな?
だとしたら、ちょっとは報われる。
ギュッと抱きしめあって、とても穏やかな気持ちで二人でテレビの中の神沢さんを眺めた。
ここまでで終了です。
前作より、行き当たりばったりで書いていたので、途中で進む方向に迷ったり、キャラクター達の気持ちが右往左往してブレたりしてたかもしれません。
でも、この理人と奈都のやりとりを書くのが楽しくて、最後まで書くことが出来ました。
特に、裏理人を書くのが楽しくて楽しくて、表が段々出てこなくなってた……。
表理人ファンの方がいたら申し訳ない。
翔と道香の話も書きたいと思ってます。
とりあえずここまで。
ありがとうございました!




