22: 皆して質問しないで下さい。
神沢さんの話が終わった後、応接室を出たら、数人残っていた皆の目線がサッと反らされた。
あああ、さっきのが!さっきのがあ!!
今まで目立たないようにひっそり生きてきたつもりだっただけに、注目されてない注目が居心地悪い…。
もう、就業時間を過ぎてるし、昨日今日でいろんなことがありすぎたので、早く帰ろう。
万由子はもう帰ったようだ。多分、彼氏が迎えに来たんだろう。でなければ、話を聞き出そうと私を待っていたはずだ。
事務所の出入口を出たところで、後ろから理人に腕をつかまれた。
「どこへ行く」
「へ?もう帰りますけど……あ、お疲れ様でした。昨日と今日と……本当にありがとうございました」
ペコリと頭を下げて、上げたら、ん?何か変な顔してる……。
「……あー……、家に帰る?」
「?うん」
「……俺んち、来ない?」
「……、なんで?」
ぶふぉ!という音がした。
理人の後ろから現れたのは神沢さんだ。
口を押さえて、肩を震わせて笑いを堪えてる。さっきの音は吹き出した音?神沢さんは思ったより笑い上戸なのかな?でも今笑うような要素あった?
「っくくっ、ごめっ……。日向さん、お疲れ様でした。明日は通常業務でいいからね」
「はい。お疲れ様でした。失礼します」
何か複雑そうな表情の理人を横目にエレベーターへ向かった。
*****
ものすごく濃密な二日間だった…。
相楽さんに会ったのが、昨日とは思えない。もっと前のことのよう。
ずっと、見ないように蓋をしてきた。
それが、開いてしまった時に自分がどうなるか全くわからなかった。
それでなくても不安定な足場が、音をたてて崩れていく時、ふわりと手を差し伸べて導いてくれたのは、理人。
あんなにグシャグシャに泣いてた私に、ずっと優しくしてくれた…。
自分のきっかけになったポスターに写っていた私を探していた、と言っていた。
見つけて、あんな裏事情があって、きっと幻滅したかもしれない。
あの人は、どうしてあんなにしてくれたんだろう?
もう同僚や後輩に対する対応じゃないと思う。ポスターの女性に執着してたのはわかったけど、それが私だとわかった今、まだ助けてくれようとするのは同情?
「頼れよ」
あの、低めで色っぽい声が耳に残る。
あんなこと言って、三枝さんにはどう説明するつもりなの?
これ以上、迷惑はかけられない。
三枝さんを不快にさせたいわけじゃない。
あの夜と、理人に話せたという自信で、ちょっとは足場が出来たような気がする。
少しずつでいいから自分で足場を広げられるようになれたら…。
ちょっと前向きになれたのは、理人のおかげ。
心にも体にも触れてきたあの優しい温もりが、まだ残ってる。
でもあれは欲してはいけないもの。
「奈都……」
まだ耳に残る艶っぽい声を思い出さないように、その日は眠った。
*****
うーん。わかってはいたんだけどね。こうなることは。
給湯室、というものがないウチの事務所は、変わりにリフレッシュコーナーという休憩所がある。
湯わかしポットやコーヒーメーカーがあって、そこにカップやコーヒー豆、紅茶、緑茶、ハーブティー、お菓子までもが用意してある。テーブルも椅子もあって、クリエイティブ職らしくそういう所はしっかりしている。
でも、そこはオープンスペースなので、井戸端会議には向かない。
事務所の外廊下に三台ある自販機の前が女性社員の井戸端会議の場所だ。
私は気分で飲み分けたりしていたのだが、今日はついうっかり自販機の方へ来てしまった…。
昨日の理人とのやりとりを見ていたお姉さま方の目線が痛かったから、なるべく避けていたのに、ついボケっとして廊下に出てしまった…。
自販機の前には、神崎さんの他、二人のお姉さまがいた。
流石にUターン出来るような状況じゃない。
さっさと買ってさっさと退散しよう……と思ったけど、出来るわけなかった。
「日向さん、昨日は如月さんとずいぶん仲良かったみたいねぇ?」
最初に声をかけてきたのは元木さん、という事務のお姉さま。この人はどっちかっていうと神沢さんに熱を上げていたような気がするんだけど…。
「仲良かった……というか、ちょっと仕事でトラブルがありまして、だいぶお手数をおかけしちゃって……」
こんなの、どんな言い訳したってからまれるのだ。
「トラブルねぇ…。」
疑わしそうな元木さんの横で、神崎さんが思い詰めたような顔している。
「如月さんって社長以外に普通に話すの聞いたことないんだけど、昨日、日向さんに敬語じゃなかった……よね?下の名前、呼ばれてたよね?」
私に向かって泣きそうな顔で言ってくる神崎さんは、普通に恋する女性だった。
ひー!そんな人になんて説明すれば良いのやら…。
「まさか……付き合って……」
「奈都先輩!」
振り返れば、後ろから声をかけてきたのは守山君だった。
「すいません、倉庫の在庫について聞きたいんですけど……。昨日、片付けた時に見てないかな、って」
ニコニコしながら近づいてきて、私の腕をガシッと掴んだ。
「あ、お話中でした?」
と、お姉さま方に向き直る。
「ううん、大丈夫よ」
神崎さんがあわてて言う。守山君はにっこり笑ってお辞儀をして、私を事務所まで引っ張っていった。
事務所に戻って、守山君の席でイベントに使いたい飾りの一覧表を見ながら、昨日片付けた在庫を思い出す。
「あの、さっきはありがとう……」
守山君はきょとん、とした顔をした後、破顔した。
「いえいえ、お役に立てたなら良かった。でも、僕も知りたいな」
「え?」
「如月さんと、付き合ってるんですか?」
なんで、皆して……。
首をブンブンと左右に振って否定する。
「本当に?俺にも可能性ある?」
「可能性って……なんの……?」
守山君の右手が目元に伸びてきた。親指が目尻をなぞる。
「奈都先輩の目、明るい茶色ですごくキレイ…。ここにずっと写ってたいな」
いつもニコニコしている守山君が、更に柔らかく微笑んだ…。と、思ったら、いきなり視界が遮られた。




