21: 神沢社長の場合
「で?どういうことなのかな?理人くん?」
目の前には、天板の上でほかほかと湯気をたてて焼きあがっていくお好み焼きがある。
バーで理人と飲むと、必ずといっていいほど、逆ナンされる。絶対理人目当てで声をかけてくる、と言っているのに本人は納得しない。
俺は単にガタイがよくて金髪が目立つだけだっつの。
それがうざくて男同士の話がある時はガード下の焼き鳥屋や、赤提灯がぶら下がってるような大衆居酒屋に行く。
今日は変則的にお好み焼き屋で、野郎二人で向かい合わせて豚玉を睨んでいる状態。
俺が無性にお好み焼きを食べたかったからなんだが、こういう時サラっと美味しいお店を予約してくれる理人は、スマートで頼れると男の俺でも思う。
理人は大学の時から女性にモテた。
黙って立ってると、硬質な空気を醸し出すこの端正な顔が、女子を惹き付ける。
本人は高校の時はそこそこ遊んでたらしいが、大学に入ったら「めんどくさい」と言って女子を寄せ付けなかった。
あのポスターに出会ってから、より一層女子をめんどくさがるようになり、とうとうスーツで武装するようになった時には「歪んじまったな…」と半目になったものだ。
それが、やっとポスターの彼女を突き止め、手中に収めた……と思っていたのに…。
さっきから理人は無言でビールを煽り続けている……。そろそろ聞いてやんないとこのままメシだけで終わりそうだ、と思って聞いたら、
「なにが?」
と仁辺もない返事。
「昨日、一晩何してたの……。一晩どころか、今日だってずっと二人っきりだったのに、彼女、全くもって理人の思惑に気付いてないよね!?」
「そうだな」
*****
「なんで何も悪いことしてないのに、こっちがコソコソしねぇといけないんだ?」
りひとー。それは正論なんだけどさ。
確かに日向さんの行動を制限……なんて俺だってしたくない。
したくない、けど社長という責任者としては、起こりうる可能性の高いトラブルは避けたいし、社員を守らねば、という思いもある。
「堂々としてればいいんじゃねぇの?」
隣でメチャ不安そうな顔してることに気付いているのか、理人…。
と、思ったら日向さんの頭を抱きよせ
「かち合った時には俺が守るし」
とのたまった。
日向さん……、顔が真っ赤になってるヨ。
「うーん、でもなるべくなら出会わないようにするよ?こんな時に俺付きに任命しちゃってて申し訳ないし…。相楽さんとの打ち合わせは基本的に俺だからその時は外に行く用件を頼むよ」
二人は同時に頷いた。
*****
最初は相楽さんの依頼が片付くまで、休職でもしてもらおうかと思ってたくらいだった。
でも、そうか、理人は守る守ると言いながらもちゃんと彼女が自分で乗り越えられるようにしたいんだな。
俺だったら、匿って過保護に甘やかし続けて俺にしか頼れないようにズブズブにしてしまいたくなる。まあ、俺のミューズは自分で切り開いて前線で戦うタイプだから、俺の思いは全く通じないんだが……。
世の中、上手くできてるなぁ…。
「なんで?ハッキリ言わなかったの?好きだ!とか、付き合って!とか」
「高校生かよ」
理人はすでにお好み焼きの最後の一口を食べるところだった。
「女子はそーゆーの大事だと思うけどな…。」
「さすが、女慣れしてる人の言うことは真理ね」
ビールが鼻から出るかと思った。
横を見たら、長いウェーブの髪をかきあげながら、大きな強い瞳で見下ろしてくる道香がいた。
「なん……、ここ……っ……」
決してオシャレ…とは言いがたい下町のお好み焼き屋に、開いた豊満な胸元も露なスーツの美女が降臨して、他のお客もこっちをガン見してる…。
「呼んだ」
こともなげに目の前の男はビールをあおった。
「あれ?お前、出張……」
「帰ってきたわよ」
さらっと言って当たり前のように俺の隣に座る。
「俺ばっかり観察されてムカついたから」
なんだそれは!あ、照れてるのか。
「もー、日帰りだったからくたくた。私も豚玉食べたい」
「注文してやるから、まずはこっち食っとけ」
と、俺の半分をやる。
それを理人がじっと見ていた。
「なんか、もう熟年夫婦みたいだよな。お前ら何年つきあってんの?」
「大学からだから、10年近く」
「付き合ってない」
二人の声が被る。
「おかしいな。俺、何回交際を申し込めば彼氏になれるの?」
おどけた調子で絡む。
「交際を申し込めば彼氏になれるわけじゃない」
そう言いながら、もぐもぐお好み焼きを食べている。更に俺のジョッキを奪い飲み干してしまった。あああ、俺が新しい豚玉を焼いてるうちに!
「理人、日向さん大丈夫だったの?多分あれ、誤解してるよ?」
「「誤解?」」
今度は理人と被った。
道香が半目で俺らを見ている。
こうしてると、大学の頃と何も変わってないような気になる。あと要がいればいつものメンバーだ。
「前に理人といるとき、エレベーターの前で日向さんと鉢合わせたこと、あったでしょ?」
「……っ」
理人が息を飲んだ。心当たりがあるんだな。
「そういや、言われた。「三枝さんとのことは口外しません」とかなんとか」
「なんでそこで否定しとかないー!」
「あー……、それどころじゃなかったっつーか……。あー、わかった。それが引っ掛かってたんだな」
一人で納得してる。
「でも、あれだけ甘やかしてやったら普通気づかねぇ?」
道香がギロリと理人を睨んだ。さすがの理人もちょっとのけ反ってる。
「どんだけだか知らないけど、違うの!女の子はちゃんと言葉で欲しいの!!」
いやに力説してるな……。
って……、わかった。
「道香、愛してるよ」
理人に向いてた顔がこっちを向く。
その顔がみるみる真っ赤になっていく。
やば……、かわい……
顔がニヤケた瞬間、張り飛ばされた。
「バカっ!」
「か」を言い終わるかどうかってところで、もう道香は店を出ていた…。
「痛てぇ…」
「お前ら……」
理人が呆れたように見てくる。店内の客も美女に張り倒された俺を同情の目で見てくる。
こんな状態でそろそろ10年。いいかげん本気で捕まえに行こうかなー、とは思ってるんだけど、今の状態も楽しい。
「理人……、ちゃんと言った方がいいらしいぞ」
「今のお前に言われたくねぇ」
ごもっとも。
残された豚玉を食べながら、どう攻めるか考える。どのみち簡単に落ちてくるような彼女じゃないとは分かってはいるけど。




