20: 会社でそれはやめて下さい。
事務所に入ったとたん、どよめきが走った。
「き、如月さんが……スーツじゃない!!」
「どっ、どうしたんですかっ!?家が火事になってスーツ全て燃えたとか!?」
女性社員からは黄色い悲鳴だ。
「やだ~!かっこいい人は何着てもかっこいいのね!」
「ギャップ、ギャップにやられる~!!」
そんな中、神沢さんが近づいてきた。あれ?今日はツンツン頭じゃない…。
「二人ともお疲れ様~!どう?倉庫片付いた?そのまま帰っても良かったのにー」
「8割方は片付いたかと…。ゴミは分別して置いてきましたので、マンションの収集日になったら誰かが出すようにお願いします。粗大ごみは業者を手配した方が早いかもしれません」
あ、口調はこっちなのね、と思ったらしっかりメガネをかけていた。神沢さんと話出した理人を横目に自分のデスクに向かう。
メールチェックをしようとパソコンを立ち上げた。
隣の万由子がそっと近づいてきた。
「昼休み、そっちに行った神崎さんが帰ってきてからヤバいんだけど、何があった?」
うっ……。
分かってる。さっきからお姉さま方の目線が刺さってる。
「後で話す」
万由子にアイコンタクトして、パソコンに集中する。谷中さんからメールが来ていた。次の撮影予定日を神沢さんのスケジュールと照らし合わせていると、頭の上からペットボトルの紅茶が降りてきた。
「お疲れ様です!奈都先輩、今日は見ないと思ったら、倉庫を片付けてたんですか?」
守山君だった。
茶髪が元気よく跳ねてる髪型は、太陽みたいに明るい笑顔の彼によく似合ってる。
ペットボトルを受け取り「ありがとう」と返した。ら、守山君が顔に手をあててのけ反ってる。
「な、奈都先輩、何かいいことありました?」
「え?なんで……」
「微笑み返されるなんて、初めてで……」
と、横を向いてなぜか照れている。
微笑み、返した?
今、私、笑ってた?
自分でも自覚がなかったけど、相楽さんのことを理人に話せたことで、いつもより気持ちが軽くなっていたみたい…。
「わ、私、いつもそんなに仏頂面だった?」
「いえ、そんなことはなかったですけど……」
言葉を濁す、ってことはそういうことだろう。
「あの……、なんか、ごめんね?」
と言いながら見上げれば、真っ赤になってる守山君がうろたえていた。
「……う、うわ…。奈都先輩、それ破壊力倍増……」
「ねー、奈都は笑うとかわいいでしょ。いつもそうしてればいいのよ」
横から万由子が茶化す。
「奈都」
そこに、昨日今日さんざん聞いた低い艶のある声がかかる。
守山君の後ろから、神沢さんと一緒にいる理人がこっちを見て言った。
「そっち終わったか?なら、こっちに来い」
私だけじゃなく、社内中、止まった…。
あ、あれ?メガネ、かけたまま……だよ…ね?
「は、はいっ…」
つい、敬語で返事をしたら睨まれた。
あげく、ずいっと近づいてきた理人の右手が顎にかかり「『はい』だと?」と聞き返してくる。
しかもメガネの奥の目は無表情ではなく、前に見たいたずらっ子っぽいのでもなく、例の大型猫科動物のアレになってる……。
な、なんで急に!?
「わかりま……、…………っ、わかっ……た」
私は怯えつつ、首をカクカク縦に振り、なんとか理人から逃れて、神沢さんの方へ向かった。
その途中、理人は私が手にしていたペットボトルをするりと抜きとった。
守山君に向き直った理人は、
「守山君、商店街のイベントの飾りですが、今のままじゃ足りないと思います。会場のサイズと照らし合わせて、もう少しボリュームがないと映えませんよ」
そう言いながら、守山君の胸板にペットボトルをとん、と当てる。
「ひえっ、マジですか?開催あと2日後なんすけど…。」
守山君は無意識にペットボトルをつかんでいる。
「以前、使ったことのある会場で、意外と天井が高くて飾り映えしにくいんです」
「う……、わかりました…」
守山君はきっと頭の中で会場を思いだし、どうするか計算しているのだろう。
「あの……もし人手が足りないなら、私手伝おうか?」
さっきの谷中さんのメールでスケジュールに余裕があることは分かってる。
そう言い出した私を、守山君は期待の目で見た。
とたん、理人が私の首にぐいっと腕をかけて後ろに引きずるようにした。
「ダメ。奈都はこっち」
そのままズルズルと神沢さんが戸をあけて待ち構えてる応接室に連れてかれた。
守山君だけでなく、万由子や他の社員があぜんと私達を見ているのに、理人は全く気にしてないようだった。
*****
「すごい、理人ってこうなるんだ…。初めて見たから新鮮!ヤバい、道香に見せたい」
神沢さんがまじまじと理人を見ている。
何の話ですか?
っていうかそもそも何この状況…。
例の座り心地のいいソファーに理人と並んで座ってる。向かいに神沢さんがいるにもかかわらず、理人の手はガッチリ私の腰をつかんでピッタリ引き寄せられている。
「あの……離して……」
そのあと「下さい」を付けようとして思いとどまる。理人を見上げると
「さんざん逃げられたからな」
とギロリと見られた。
確かに、逃げたけども。仕事の話なら逃げないんですけど…。
目の前の神沢さんは面白そうに理人を観察しているし。なんなの?
「本題に入ろう」
神沢さんが真面目な顔になった。
「まずは、ごめんね。日向さんが相楽さんを避けたいわけを、セイブンさんから聞いちゃった」
ハッと顔を上げた私を、神沢さんは真っ直ぐ見た。セイブン、とはあのポスターの炭酸飲料を発売したメーカーだ。
「別の案件で関わってね。トラブった内容を知ってる人がいた」
理人に話したことで気持ちが落ち着いたのか、神沢さんに知られても冷静でいられる自分がいた。理人が腰にあった手を背中に回し、優しくさすってくれた。大丈夫か?って無言で言われてるのがわかる。
「細かいことは聞いてないし、聞かないよ。でもあの相楽って奴がろくでもない奴だってことは、分かった」
そこで一区切りして、神沢さんは困ったような顔になり
「でもね~……、諸事情により、彼からの仕事引き受けちゃったんだよね…。ごめんね」
「いえ、それはかまいません。私のことと神沢さんの仕事の依頼とは全く関係がありませんので…。ただ……仕事としてお受けしていい人物かどうかは……」
言葉を濁した私に、神沢さんは頷いた。
「要も言ってたしね。とりあえずまだ正式な依頼じゃないんだ。ザックリ提案して見積りも見てもらってからだから」
こくん、とうなずく。他の案件でも同じような流れなので、特に異論はない。
「でも、取引先とトラブって欲しくはないので、申し訳ないんだけど、しばらく行動を制限することになるけど、いいかな?」
「わかりました。私も不要なトラブルは避けたいので、逆に相楽さんに会わないようにして頂けるなら……」
「ちょっと待った」
それまで黙っていた理人が割って入ってきた。




