エピローグ
「これは?」
アクテと円満に別れたが、こうして時折、訪れる仲になっていた。その間に皇帝の側室として誰にも見劣りしないくらい多くの財産を渡していった。
「ああ、アグリという名前のローマ市民が奴隷になり、それを君が買った証明書だ。」
僕は皇帝だから、1人で公文書偽造・・・いや本物の公文書を生み出せるのだ。
「これって、まさかアグリッピナ様?」
「良くわかったな。近々、目障りになった母を殺す。そして、アグリという奴隷がここに現われる。ただそれだけだ。」
ここ数年、母親であるアグリッピナと対立し、険悪な雰囲気を作る演技を2人で続けてきた。セネカもブッルスにも内緒で進めてきた。それがようやく実を結ぶのだ。
ここの近くにある別荘からの帰り道にアグリッピナに船に乗って帰ってもらう。その船は壊れやすく作られており、この世からアグリッピナを消し去る。
他にも自らの手で殺したことにして、代わりの死体を置いてくるという手段も考えていたのだが無駄になった。ローマのテヴェレ川の中州は死んだ奴隷が良く放置されており、人目が無いときにアグリッピナに似ている女性の死体を探して出して『箱』スキルの中に入れてあったのだ。
「もちろん、ネルオも来るのよね。」
「ああ、同じ手段を連続で使うとバレる危険性が高いから数年は掛かるだろう。オリンピアに出場したら、後を追うつもりだ。」
「またそれなの。オリンピアよりも貴方の命のほうが大事なのよ。無理しないで。」
「違う。僕の命よりもオリンピア出場のほうが大事だ。そのために産まれてきたのだから。」
アクテはジッと僕の目を見ると諦めたのか。溜息をついた。
「今の私の力ならば、貴方にギリシャ市民にすることも容易いってのに強情ね。」
「そちらのほうが危ない。僕の顔は知られすぎているんだ。君のところに来たら生涯外に出歩かないつもりだ。」
「そこまで覚悟しているのね。もう何も言わないわ。でも辛くなったら我慢してはダメよ。」
「もちろん、君に慰めて貰いにくるつもりだ。」
オリンピア出場を果たし。生涯、愛する2人の女性と何も考えずに過ごせる。なんて素敵な人生だ。
☆
だが話はそんなに簡単じゃなかった。
「何故、僕に相談しない! 冗談じゃないぞ。」
アグリッピナが生還していることがバレてしまったのだ。泳ぎ着いた岸からアクテの屋敷までの僅かな距離の間にローマ兵に見つかってしまったのだ。
アグリッピナも顔が知られているらしい。
そこまではまあいい。手段を変えてやり直せばいいだけだ。
それなのにセネカが勝手に生還を伝えに来た兵士が剣を所持していたことに理由に刺客を送り込んだと罪を着せて兵士を送り込んでしまったのだ。
「ですが、貴方が母上を殺そうとしたのじゃ・・・。違うのですか?」
「とにかくセネカ一緒に来い!」
僕はセネカを小脇に抱えると兵士たちが向った先へ必死になって走った。下手をしたら、オリンピック予選のときよりも必死だったかもしれない。
ギリギリ間に合った。丁度、ブッルス率いる近衛兵とアグリッピナが対峙していた。ブッルスも1枚噛んでいるらしい。2人ともアグリッピナに取り立てて貰ったくせに恩知らずにも程がある。
「刺すならここを刺すがいい。皇帝はここから産まれてきたのだから。」
アグリッピナが自分の腹を指して大見得を切っているところだった。何を言っているんだか、この時代の人間は死ぬときに何かを言い残すのが普通なのだろうか。
「待った! ブッルス。待ちなさい。」
僕が大声を上げると皆の視線がこちらに向く。
「セネカ。何故、ここに陛下を連れてきたんだ。」
さて困った。何も考えずに飛び出してきてしまったが、どうやって収拾をつけようか。
「ブッルス。僕が母に自殺を促すから、引いてくれないか。」
ここまで話が進んでいるのでは誰かが悪者になるしかない。セネカもブッルスも掛け替えの無い人だ。失うわけにはいかない。
「ダメです。この先に何が待っているかわからない。」
全く強情だな。仕方が無い。
「わかった。セネカとブッルスだけ着いて来い。これは命令だ。他の近衛はその場で待機するように。」
僕はセネカとブッルスとアグリッピナを連れて、有無を言わせず建物の中に入る。
「アグリッピナ。どうしようか。」
アグリッピナに抱き付きキスをする。良かった生きてる。こんなふうに彼女を失えば、アクテには悪いが後を追うところだ。
「さあ。共犯にするしかないでしょ。そのつもりで連れてきたんでしょ。」
目を丸くしてこちらを見ている2人を指し示す。
「そうだよなあ。セネカ。ブッルス。すまないが死んでくれるか。」
「ネルオ。なんで・・・何故・・・こんな小芝居・・・しかも、人のことをからかうし。」
「セネカにネルオと呼ばれるのも久しぶりだな。・・・はいはい。これは十数年掛けた皇帝引退劇なんだよ。まず退場するのが母上のアグリッピナだ。次はセネカにしようか。それともブッルスにしようか。いっそのことコルブロも巻き込むか。」
セネカの視線が痛いので簡単に説明する。
「何故。今まで教えてくれなかったんです?」
「それはそうだろう。巻き込めばセネカやブッルスの短い残りの人生を全て奪うことになるんだからな。知ったからには協力してもらうぞ。まあここで本当に死にたいのなら止めないが。」
「何をしたらいいんです。」
「簡単なことだ。ここにアグリッピナに良く似た女の死体がある。これをアグリッピナ本人だと証言して貰いたい。」
僕は『箱』スキルからテヴェレ川の中州に落ちていた死体を取り出して言う。
「いったい何処から・・・。」
「あーあ、セネカとブッルスに似ているおじいちゃんの死体も必要なのか。面倒だな。」
ブッルスの詮索は無視することにする。後で説明すればいいだろう。
「わかりました。アグリッピナ様。着ている服を交換して貰えますか? ネルオはアグリッピナ様を抱えて裏口から逃げてください。死体を片付けたあと、皇帝をそっとしておくという名目でここから居なくなっても大丈夫にしておきます。」
やっといつもの調子を取り戻したのか、テキパキと方針を決めてくれた。やっぱりブレーンが居るというのは心強いよ。
僕はセネカたちにその場を任せ、アグリッピナを抱きかかえて裏口から飛び出すとアクテの屋敷に向った。
☆
「これがセネカの分で、こっちがブッルスの分だ。まだ増えるかもしれない。」
あの後、無事アクテの屋敷にたどり着き、屋敷ではアグリッピナが奴隷として働いて・・・いるわけないか。でも屋敷の主人ヅラをするのは止めてほしいんだけど。
その後、セネカとブッルスのための奴隷購入証明書を持ってアクテの屋敷を訪れたのだ。
「本当にあの裏切り者たちを迎えるつもりなの?」
セネカとブッルスたちに殺されそうになったことを根に持っているらしい。
「仕方が無いだろう。誰かさんがドジを踏むから、こんなことになったんだから。僕たちの演技がそれだけ迫真だったということさ。」
最後までお読み頂きましてありがとうございます。
オチをここで出すしか無いのは解っていたことですが完結にするべきか少し悩んでました。
次回作「ユニークスキルがグレーアウトしているんですけど」連載開始しています。
https://ncode.syosetu.com/n6806em/
こちらは「アーサー王伝説」をモチーフにした異世界転生モノです。
よろしくお願いします。




