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【深木】はらぺこさんの異世界レシピ  作者: 深木【N-Star】
第二章
70/71

№12  終幕のカスタードパイ





 ――大量摘発から一夜明け。

 私やアルバンさん達と生死をかけた鬼ごっこに興じていた男達が捕縛されて、一連の事態が収束した時はすでに深夜であのあと、私はパーティー会場には戻らず客室で休ませてもらったんだけど、皆は色々忙しかったらしく。

 昨晩別れた時と同じ服装のまま集まっている面々を見渡し、一人だけ休ませてもらった罪悪感に心持ち身を縮める。レイスも一緒に一旦下がったんだけど、彼は休んでる私の護衛をしていたようなので本当に申し訳ない。


 ――まぁ、皆と居ても私にできることなんて何もなかったし、むしろ邪魔だったろうけどね。

 聞いた話によると勇人君は捕らえてた男達を回収して牢屋に運び、アルバンさん達はベルクさんに連れられ手当と事情聴取を受け、その間にルクト様とジャンはパーティー会場へ戻り、閉幕を見届けてきたらしい。



 そして現在。

 私達はザウエルク城の一角にある部屋の中に集まっていた。



 皆の視線の先に居るのは拘束されたバルト公爵。

 彼はヨハン陛下の伯父であり、魔王の子孫だという男に協力していた人々の筆頭だった人で、パーティー会場で私を攫いエドガルさん達に神殿に運ぶよう命じたのも、アルバンさん達の経歴を改竄して騎士に仕立て上げたのもこの人で、その上、オリュゾンで崩落事故を装ってルクト様の暗殺を謀ったりしていたそうだ。

 魔王復活を目論む男に協力する代わりに大国の玉座を貰う約束が交わされており、そのためバルト公爵は精力的に活動していたようで余罪が沢山あるとのこと。

 そんな敵方の中でも大きく腕を振るっていた人物を厳重に拘束したまま、牢屋にも入れずに何をしているかというと、バルト公爵はヨハン陛下の伯父という強固な身分と立場を持っているため扱いが難しいらしく。

 彼が捕縛されたことで大国に与える影響を考えると、レイスが蹴り倒した男達のように牢屋へ入れて「はい、終わり」とはいかないそうだ。バルト公爵がどれほどの罪を重ねているかも、まだはっきりとはわかってないしね。

 

 そのためどのような処分を下すかは保留し、一先ず彼の行いを明らかにするためアルバンさん達の話を聞きながら罪状の確認している最中である。


「バルト公爵に命じられて客殿に潜入。目的は勇者と同郷であるマリーの確保で間違いないな?」

「はい」


 ヨハン陛下の問いかけに、アルバンさんがしっかりと頷いた。


「客殿に上がるための昇進もバルト公爵が口添えたんだな?」

「そう聞いています」

「騎士として城に入るための経歴を作ったのもバルト公爵か。伯父が己の派閥に入った者を優遇するのはいつものことだから、注視していなかった」


 チッと隠すこと舌打ちするヨハン陛下の側では文官らしき人が、「誘拐の教唆、不法な職務評価、公的文章の改竄」と宣言しながら紙に罪状を書き連ねているが、バルト公爵はどのような神経をしているのか、眉一つ動かさない。肝が据わっているというか、かなり図太い性を格してるみたいね。

 悪びれた様子のないバルト公爵をヨハン陛下は忌々しそうに眺めたあと、気を取り直してアルバンさん達へと問い掛けを再開した。


「当初の計画ではアルバンが客殿からマリー殿を連れ出す予定だったのだな?」

「ええ。客殿の外に僕が連れ出し、イザークとヴィリーとエドガルが受取って城の外に運ぶ予定でした」


 ヨハン陛下に答えたアルバンさんがそう言って友人達を見れば、彼らも躊躇うことなく口を開く。


「行き先は城の近くにバルト公爵が用意した屋敷です。南にある黒い鉄柵で囲まれた大きいやつ」

「でも、アルバン本物の異世界人かはわからないと言うからそのまま時間が過ぎて、本物だと判明した時にはもうオリュゾンの方々が彼女の側に居たので手が出せなくて。それであのパーティーの日に実行することになったんです」

「ベルクさんに言われたとおり敵方にいたら、バルト公爵がパーティー会場から彼女を連れて来て。魔王の血を引くお方が待ってるから早く神殿に連れて行けと」


 淀みなく事情を話す彼らの顔は晴れやかで、肩の荷が下りたといった様子で少し気を抜いているアルバンさん達の姿に私はホッと胸を撫で下ろす。

 私を連れて逃げていた時の彼らの奮闘はちゃんと伝えられているようで、周りを騎士達に囲まれているけど、アルバンさん達は公爵のように拘束されておらず、皆から受ける視線も比較的柔らかいようなので、一安心である。



 ……命を懸けて庇ってもらっちゃったしね。



 ぎこちない動作で剣を抜き、白刃を振りかざし迫りくる男達と対峙しようとしてくれた彼らの姿を思い出してそっと目を伏せる。

 アルバンさん達は農業に従事していたそうで、魔王が倒される前は五歳児の子供くらいある人参を畑から引き抜き、家ぐらいの高さまである支柱を登ってキュウリを収穫してたんだって。すごいよね。私には想像つかない世界だけど、毎日そんな大きな野菜達と戦っていたのならあれだけ立派な筋肉が育ち、成人女性を抱えて走り回れるくらいの体力もつくだろう。


 そんな、真っ当な生活をしていたアルバンさん達に転機が訪れてたのは、おおよそ一年半前。

 勇人君が成した魔王討伐によって職を失っちゃったアルバンさん達は国から再就職のチャンスを与えられたものの上手くものにできず。途方に暮れていたところ魔王の血を引く男に声をかけられ、生活に困っていたため深く考えずに着いて行ってしまい、気が付いたらこんな事態になっていたらしい。

 アルバンさん達の話を聞いた勇人君やヨハン陛下やルクト様は、とても複雑そうな表情を浮べていた。魔王を討伐した足で地球に帰還してしまったため、勇人君はその影響で大量の失業者を出してしまったことを知らなかったそうで、心底驚き、深い後悔に苛まれているようだった。

 そしてヨハン陛下とルクト様も為政者として、魔王討伐の影響を受けた民に十分な対策が成されておらず、こうして犯罪の片棒を担がされてしまったことを重く受け止めて、もう一度民へのフォローが行き届いているか調べ直すと言っていた。


 善良な民が貧困から犯罪者になるというのは地球でも聞く話だし、このアリメントムでは珍しくない話みたいなんだけど、こうして当事者を目にしたことで改めて深く考えさせられたらしい。

 そんな勇人君達を見て、アルバンさん達は自分達が甘かったのだと言う。

 再就職先は沢山用意されていたのに、もたもたしていた所為でその波に乗れなかったのが一番の原因であり、深く考えることなくバルト公爵達の甘い話を信じ、楽をしようとしたから罰が当たったのだと。

 そして、最後の最後で踏み留まらせてくれた私に感謝していると、アルバンさん達は告げた。

 私なんかご飯作って一緒に食べてただけで、なにもしてないのにね。


 でも、それが嬉しかったのだと彼らは言うのだ。

 まずい場所に踏み入れてしまったと気が付いた時にはもう遅くて、やらなければ自分達の身が危なかったから言われるままに騎士に混じって過ごし、客殿に潜入までしていたもののやっぱり犯罪に加担することは恐ろしく、罪悪感に苛まれる毎日だった。

 そんな中で観察対象である私と親しくなり、雑談を交わし食べ物を分けてもらうにようになったことで、ほんの少しだけ恐怖心や罪悪感を忘れられた。自分達がしていることと関係ない雑談は気が楽だったし、私が分けてくれる料理やお菓子はどれも美味しくて、夢中になって食べている間は目の前にある食べ物のことしか考えられなかったと笑っていた。



『君が食べさせてくれる物はどれも目新しいし、なにより美味しくて。自分達が汗水を垂らしながら育てて収穫した食材が、こんなに美味しいものになって食べられていたんだって知ってすごく感動したんだ』



 アルバンさんの言葉にうんうんと頷いた友人達は、皆で最後の一個を取り合ったり、使われている食材はなにか言い合ったりして馬鹿騒ぎするのが、畑で土をいじりながらどうしたらもっといい野菜になるか皆で論議してた時みたいで楽しかったのだと言っていた。

 その上、私から友達宣言されてしまい、もう駄目だと思たんだって。

 色々と限界だったのだろう。

 アルバンさん達は、もう自分達の中の罪悪感に蓋をできなかった。

 それで、私のお蔭で一時でも自分達のしていることを忘れることができて救われていたから、今度は俺達が、と思ってあんなに必死に庇ってくれたらしい。


 ……本当に、人が良いというかなんというか。

 私を背に庇い男達と対峙したアルバンさんと友人達に、グッと胸が熱くなる。

 ものすごく、怖かったと思う。

 だって、彼らが騎士としての訓練を受けたのはたかだか半年だよ?

 それも魔王討伐が成され世界に平和がもたらされているので戦う敵もいなければ、剣を振るうような場所もない。アルバンさん達は本当に、ただ毎日走ったり素振りして訓練していただけだ。

 農業に従事していたから体力と腕っぷしはあるけど、ずっと土と野菜を相手にしていたのだからこれまでの人生で戦う機会もなかっただろうし、そもそも誰かと争う意志がない人達なのだろう。

 そんな穏やかな人達が、ぎこちなくも剣を抜いて私を守ろうとしてくれたのだと思うと目頭が熱くなるというか、胸がいっぱいになる。




だというのに、だ。


 ――公爵だかなんだか知らないけど、この男は一体なに様なの。

 拘束された犯罪者とは思えないほど不遜な態度で椅子にふんぞり返り、ヨハン陛下達の質問に答えるアルバンさんとその友人達に侮蔑の目を向けているバルト公爵を、私はジト目で睨む。


「――ッチ。本来ならば城の敷地に入ることも叶わぬ身を儂の紹介で騎士に仕立ていい思いをさせてやったのに、その恩を忘れるどころか仇で返しよって。これだから野菜を作るしか能のない連中は……我らの崇高な考えがわからないとは、頭の悪い者達だ」



 頭が悪いのは貴方の方だと言ってやりたい。

 どれほど自分に自信があるのか知らないけど、大国の国王陛下や世界を救った勇者様達相手に本気で勝てるとでも思っていたのなら、自信過剰もいいところである。

 今回の企てだって全部筒抜けで、パーティー会場ではバルト公爵や他の協力者達も最初から最後までヨハン陛下や勇人君やルクト様の掌の上で踊っていただけだ。結局こうして一人残らずお縄についているのだから、いい加減現実を見てほしい。


 そしてなにより気に食わないのが、アルバンさん達や農家さんを馬鹿にしきった態度である。野菜作りの苦労も大変さも知らないだろうに、一体なにを言ってるのか。貴方達はこれまでなにを食べて生きてきたの? と真剣に問い正したい。

 それにアルバンさん達が居なければ計画が成功していたみたいな言い方してるけど、そもそも周囲に顔が知れ渡っている自分達が動くと目立って計画が露見するから、新しい騎士をわざわざ仕立て上げたってバルト公爵は言っていた。

 それって自分達だけじゃできないから、アルバンさん達を連れて来たってことでしょ? いなかったらもっと困ってたんじゃないの? と思うのだが、そこのところどう考えているのやら。

 バルト公爵の言い分を聞けば聞くほど募る苛立ちに、ジトっとした目で彼らを見詰めていると、隣から恐る恐るといった様子でマルクさんが私を呼ぶ。


「ま、マリーさん?」

「なんでしょう。マルクさん」


 心配して声をかけてくれたんだろうけど、フツフツと込み上げてくる憤りの所為でちょっと棘のある声が出てしまった。八つ当たりしちゃってごめんね、マルクさん。


「な、なんでもないです。すいません」

「……苛立ってんな。こんなに不機嫌そうなマリーは、豚肉を食おうとしたのをジャンが邪魔した時以来じゃないか?」


 私のその剣幕にすごすごと引き下がったマルクさんに心の中でもう一度謝っていると、ベルクさんがそういって小さく笑う。珍しそうに私の様子を窺うベルクさんのその言葉に反応したのはレイスとジャンで、両者が纏う雰囲気は対照的だった。


「言われてみれば、そうだな……」

「うぐっ。そ、その説は俺も大変申し訳なく思っていてだな……」


 なんでもないように頷き、あの時食べた生姜焼きでも思い出しているのか少し幸せそうな雰囲気で遠くを見やるレイスと、一瞬言葉に詰まり、苦々しい表情を浮べて弁明しようとするジャンに、ちょっとだけ和んだのでそっと息を吐き出す。



 ……私が苛立ったところで、どうしようもないもんね。



 命懸けで守ろうとしてくれたこともあり、アルバンさん達の今後が気になるだろうと配慮してこの場に呼んでくれたヨハン陛下やルクト様の好意に泥を塗らないためにも大人しくしないと。

 ――冷静に。冷静になるのよ、私。あんなどうしようない人達に何を言っても無駄なんだから。

 そう自分に言い聞かせて、頭に上った血をどうにかしようと努力していたその時だった。



「たかだか食い物ごときで絆されて寝返るなど情けない」


バルト公爵のその言葉に、プッチーンと堪忍袋の緒が切れる音が聞こえた。

勿論、音源は私である。


「……ま、マリーさん?」


 ゆらぁと頭を動かした私に、マルクさんが先ほどよりも震えた声で呼びかけるがそれを無視しして私は腕を振りかぶる。ごめん、マルクさん。女には譲れない時があるの。



――バンッ!



 力いっぱい机を叩けば、側に居たマルクさんやレイスやベルクさんやルクト様やジャン、少し離れたところで事情聴取していたヨハン陛下や勇人君と誠実に質問に答えていたアルバンさんと友人達、そして部屋の奥にいるバルト公爵とそれを監視していた騎士達と部屋中の視線が私へと集まった。


「真理さん?」

「マリー?」


 驚いたような勇人君とアルバンさんの顔を横目に立ち上がった私は、バルト公爵を見据えて声を上げる。


「――さっきから聞いてれば、貴方達は一体なに様なの?」

「なんだ、小娘が急に。そのような口をきいて儂を誰だと思うておる」


 突然話しかけた私にバルト公爵が不快感を露わになんか言っているけど、どうでもいい。

 バルト公爵の機嫌など私の知ったことではない。

 だって、彼らよりも私の方がずっとずっと憤っているのだから。


「貴方が何者かなんて知らないし、興味ないわよ」

「なっ! 貴様、儂はこの大国の、「そんなことよりも!」」


 興味ないと言い切った私に顏を赤く染めて言い返そうとするバルト公爵の言葉を遮り、胸に溜まった鬱憤を晴らすべく私はスーと息を吸い込んで口を開いた。



「『たかだか食い物ごとき』で絆されて情けないですって? じゃぁ、貴方はどうやって育ってきたの? 食べ物食べて生きてきたんじゃないの? 霞みや魔力で育ってきたわけ? そんなわけないわよね。バルト公爵はふくよかな体型でいらっしゃるもの。お肉とか野菜とかパンとかチーズとかお腹いっぱい食べて、体に肉を蓄えてきたんでしょ? 農家さんとか畜産業を営んでる方々のお世話になって、今まで生きてきたんでしょうよ!」



 バルト公爵は私よりも随分年上だろうけど、そのようなことはもはや関係ない。私は沸き立つ感情のまま彼を一喝する。



「それなのに、『野菜を作るしか能がない』ですって? 貴方達だってお野菜やお肉で作られた美味しい料理をお腹いっぱい食べてきたくせになに言ってんの? 貴方達はアルバンさん達や農家の方々よりも美味しい食材育てられるの? できないでしょ? 出されたものを食べるだけの貴方達が、汗水垂らして美味しい物作ってる生産者の皆様を馬鹿にしてんじゃないわよ! 平和になった世界で戦の算段してる貴方達よりも、農家や畜産の方々の方が何百倍も生産的で、世のため人のためになってるわ!」




 締めくくりと共にもう一度ダンッと机を叩き、誰にも口を挟む隙を与えずにそう言い切れば、少しだけ気が晴れた。

 まぁ、まだまだ言い足りないんだけどね!


 これ以上責め立てるのは過分というか、私ではなくヨハン陛下達の仕事なので呑み込んでおく。一番許せなかったアルバンさん達や農家さん達を馬鹿にするような発言については、言いたいだけ言い返したしね。

 女性、それも年下の小娘に捲くし立てられたことがなかったのか、壊れたレコーダーのように「な、な、な、」と意味のない言葉を発しているバルト公爵をフンッと鼻で笑えば、パチパチパチと何処からか拍手が聞こえてくる。

 まさかそんな音が聞こえてくるとは思わなかったので、「え、なに?」と思って部屋の中をグルッと見回せば、感心したように頷くヨハン陛下と手を叩くルクト様の姿が目に入った。


「ごもっともだな」

「マリーさんの言うとおり、武器の製造よりも野菜や家畜を育てる方がよほど生産的で、人々のためになるだろうね」


 顔を綻ばせて至極楽しそうにそう告げるルクト様は大変ご機嫌麗しいようで、ヨハン陛下も驚いてはいるようだけど不快そうな様子はどこにもない。

 つい、カッとなって思いっきり中断させちゃったけど……。

 怒ってなさそうで、私はこっそり安堵の息を吐く。

 先ほどチラッと見た感じだと驚き、唖然としている人はいたけれど他の面々反応もおおむね問題なさそうだったのでとても安心した。

 まぁ、怒られても後悔はしないけどね。


 美味しい料理もお菓子も食材がなければ生まれないし、そもそも人は食べないと生きて行けないのだから。その食べ物を作ってくれている生産者の皆様には、敬意を払うべきだと思うの。勿論、食材を調理して美味しい料理やお菓子にしてくれる料理人や菓子職人の皆様にもね。

 ――食に携わる皆様のお蔭で今日も美味しいものが食べられて、私は幸せです。


 食を担うすべての人に心の中でお礼を言って、顔を上げる。

 調味料や調理道具、それからオーブンなどの便利な調理機材に調理法の研究者など例を挙げればきりがない。それほどまでに食に携わる業種は多く、私達の食卓は数えきれないほどの人々の働きによって守られている。

 ありがたいことよね、と考えているとグスッと鼻を啜るような音が耳を掠めた。

 聞えてきたその音に驚き、原因を探すべくキョロキョロと視線を彷徨わせれば、慰め合うように肩を叩き合うアルバンさんとその友人達の姿。え。なに? どうしたの?


「あんな風に言ってもらえるなんて……」

「野菜作っててよかった」

「ああ。俺達、人の役に立ってたんだなぁ」

「俺、罪を償ったらまた農民になる。そんで、誰かに美味いって言ってもらえる野菜を作るんだ」


 いたく感激した様子でそう言い合うアルバンさん達に目を瞬かせていると、パチリと潤んだグリーンの瞳と目が合った。



 ――え、泣くほど嬉しかったの?



 なんて純粋なのかと素直な彼らの反応にある種の感動を抱いていると、アルバンさんが少し照れたように笑う。


「農作業してる人間なんて沢山いるし、その中でも僕らは体力と腕っぷしくらいしか自慢できるものがないと思ってから、貴族様より人の役に立ってるって言ってもらえてすごく嬉しい。ありがとう。マリー」


 美味しいものを食べるのが生きがいだと思っている私からしたら、生産者の方々に感謝するなんて当然のことなのにこんなに喜んでもらえるなんて。そう驚くと同時にアルバンさんの発言の中に聞き捨てならない言葉があったので、しっかりと訂正しておく。


「料理が好きな人間からしたら食材の作り手に感謝するのは当然のことです。それから体力と腕っぷしくらいじゃなくて、その二つがあれば十分ですよ!」


 拳を握って力説すれば、アルバンさんや友人達がきょとんとした表情を浮べるけど、私からしたら譲れないところなのだ。

 だって、パイ生地に濃しあん、うどんなどの麺類に里芋とご飯をついて作るイモ餅、殻付きのアーモンドやクルミをふんだんに使った菓子類だって、腕っぷしと体力があれば私はもっと頻繁に作って食べる。

 私の腕力では限られた量ずつしか作れないカスタードクリームやパン生地とかも、アルバンさん達みたいに筋肉で固められた太い腕があれば一度に大量に仕込むことができるに違いない。羨ましいかぎりである。


「腕力と体力があれば美味しいものが沢山作れるんですから、私からしたらすごく羨ましいです。もっと自信もって、胸張ってください!」

「そ、そうかい?」

「ええ!」


 あらん限りの感情を込めて力強く肯定すれば、アルバンさん達は気恥ずかしそうに顔を伏せつつも己の手へと視線を落とした。



 そして、握ったり開いたりしながら己の手をジッと見つめること、しばし。


「……僕にも、」

「?」

「僕にも、マリーみたいな美味しいお菓子が作れるかな?」



 ゆっくりと顔を上げてそう告げたアルバンさんのグリーンの瞳には一途な光が宿っていて、とても綺麗だった。



「勿論です!」

「流行りとか全然わかんないし、見栄えよく作るセンスもないと思うけど大丈夫?」

「センスは美味しいものをいっぱい食べて、人気の盛り付けとかを沢山見て学んで自分で磨いていくものです。続けていく中で試行錯誤しながら身につけていくものなので、アルバンさんのこれからの努力次第ですよ! ね、マルクさん」


「そうですね。流行りの盛り付けなんてあって言う間に変わりますし、食材なんて日々新しいものが発見されて種類が増えていきます。その上、品種改良によって味も進化していきますから、その辺は毎日勉強して努力あるのみです」



 料理人であるマルクさんに同意を求めれば、うんうんと深く頷きながら肯定

てくれたのでアルバンさんの表情が少し明るくなる。よし。もう一押しかな!

 アルバンさんは、私が渡した料理やお菓子の感想をいつも丁寧に告げてくれてたし、舌も敏感みたいだし、真面目だし、結構向いてると思う。なにより、甘いものが大好きだしね!


 好きこそものの上手なれ、っていうし。私は新たな菓子職人の誕生の可能性を逃さないよう、ここぞとばかりにアルバンさんを肯定していく。


「自論ですが、美味しいお菓子を作るのに必要なのは一に体力、二に腕力、三に美味しいものを食べるんだって執念、あとは一欠けらの未知の味への好奇心があれば大丈夫です。それだけあれば、いつか美味しいお菓子を自分の手で生み出せますよ!」


 きっぱりそう言い切れば、私の言葉にアルバンさんの目が輝く。

 ――ちょっとはその気になってくれたかな?


 甘いものが大好きなアルバンさんには、罪を償ったら是非ともお菓子職人を目指してほしいので、ぜひ頑張ってほしいからね。

 新しい未来を夢見るグリーンの瞳に、自分以外が作った美味しいお菓子が食べられるかも、というささやかな期待とアルバンさんの明るい未来を考えていた、その時だった。

 ほんわかした空気に水を差す無粋な声が耳に届く。



「馬鹿馬鹿しい」

「なんですって?」


 吐き捨てるように言われその言葉に噛みつけば、いつの間にか捲くし立てられた衝撃から復活したバルト公爵が私達を見て鼻で笑う。


「結局、料理人も菓子職人も農民でもどうにかなる仕事だということだろう? 王家の血を持つ儂のように代えがきかない人間とはそもそもの土俵が違うのだ。この世界はお前達のようないくらでも代わりがいる者のためではなく、儂のような選ばれた者のためにある。間違っているのはお前達の方だ」


 バルト公爵の発言に真っ先に反応したのはヨハン陛下とルクト様で、お二人の顔に空恐ろしい笑みが浮かぶ。


「ほぉ? 代えがきかないのか」

「へぇ。バルト公爵はそのようにお考えなのですね」


 二人の含みのある返しに室内の温度が二、三度下がった気がするけど、今はそれほど気にならなかった。それよりも私はあんまりなバルト公爵の言い草に、握った拳をプルプルと震わせるので忙しかったからね。




 ――ほんっとうにムカつくわ、この人! 




 私とは価値観が違い過ぎる。

 一生相容れない人種だわと思いつつ、あまりにも反省の色を見せないバルト公爵に怒りが一周回った私は、フッと笑みを浮かべる。そこまで言うなら、やっていただこうじゃないの。




「なら、やって見せていただけますか?」




 優しくそう語りかければ、皆の視線が私に集まる。


「ま、マリー?」


 私の顔を見たレイスがギョッとしたのかアンバーの瞳を見開いて、思わずといった様子で声を漏らすけれど、ごめんね。今は、バルト公爵のことで頭がいっぱいなの。


「料理人や菓子職人や農民の仕事は代えがきくもので、貴方は代えがきかない特別な存在だというのならやって見せていただけませんか? 私達とは違う土俵にお立ちの特別な貴方になら、料理人や菓子職人や農民の仕事はさぞかし簡単でしょうから」


 にっこり笑ってそう告げる。

 私が言っていることが暴論だとはわかってる。普通に考えて、どんな職業でも急にやってみろと言われても出来るはずないもの。それにバルト公爵の発言は貴族階級とか血筋的なものに起因する選民意識からきているものだというのも重々承知している。

 でも、あまりにもバルト公爵が私やアルバンさん達を馬鹿にした目で見るから、料理人や菓子職人や農家さんがどれほど肉体的にきつくて大変な職業なのか、この男に思い知らせてやりたいと考えてしまったのだ。


「さすがにお野菜を育てるのは結果が出るまでに時間がかかり過ぎるので、お料理かお菓子を一品。いかかでしょう?」

「ふざけるな。なぜ儂がそのようなことをしなければならないのだ。それは儂のような人間がやる仕事ではない」


 にべもなく断るバルト公爵と静まり返った室内に、さすがに無理があったかと思い始めた頃、口を開いたのはルクト様だった。




「――いいんじゃないかい。やってみてもらえば」




 笑みを浮かべて賛同したルクト様に、「えっ」と声を漏らしたのは誰だったのか。

 正直、暴挙ともいえるこの提案を肯定してもらえるとは思っていなかったので、私も驚いてるんだけど……。

 そんな私達の戸惑いを他所にルクト様はさらにとんでもない言葉を口にする。


「そうだな……マリーさんの課題を達成出来たら、オリュゾンの一件は追及しないであげましょう。いかがです? バルト公爵」

「なに?」


 ルクト様が告げた減刑宣言に悪くないと思ったのか、ふてぶてしいまでに変わらなかったバルト公爵の顔に興味の色が浮かぶ。

 一方の私はと言えば、驚愕と焦りで頭の中が大荒れであった。

 未遂とはいえ他国の王太子暗殺なんてかなりの重罪だろうに、それを追求しないだなんて大盤振る舞いもいいところである。暴挙とも言える私の提案に乗ったばかりか、その成否にそんな重大なことを委ねるなど普通ならあってはならいはずだ。

 私でさえそう思い焦りを感じているのだから他の面々の動揺はより一層だったようで、皆を代表してヨハン殿下が戸惑いつつもルクト様にその真意を問いかけた。


「ルクト殿下? 一体なにを……」

「大国の貴族、それも上位ともなれば民の生活とは著しく離れた豪華な日々を送っておられる。故に民の現状を知らず、その心が理解できない。違う国の王族とはいえ、それは為政者としてどうなのかと常々思っていたのでいい機会です。バルト公爵も民の生活の一端を覗いてみられるといい」


 皆の驚きなどなんのそのといった様子で両手を口の前で組みヨハン陛下に答えたルクト様は、次いでジャンを見やると愉しそうに目を細めてさらに言葉を紡ぐ。



「そこにいるジャンや我が国の騎士や魔法使いの中には、彼女に蒙を啓いてもらった者も多いからね。バルト公爵も異世界の英知に触れれば、新しい世界が見られるでしょう。勿論、褒美だけというのはバルト公爵に有利すぎるので、彼女が提示した課題を達成できなかった場合は私の要求を一つ呑んでいただくという条件付きですが、いかがですか? バルト公爵」



 誘うようにそう告げたルクト様に思うところがあったのか、バルト公爵は思案し始める。

 耳を澄ませてみれば「異世界の英知か」、「そういえばあの女は勇者と同じ世界の者だったな」、「よもや儂が負けるなど」などといった呟きが聞こえてくるので、バルト公爵は乗り気のようだ。ルクト様の言葉選びが抜群の効果を発揮したのだろう。さすがと言うかなんというか、人の扱いが上手い人よね。

 そう思う一方で、なぜルクト様は減刑するか否かなんて重大なことを賭けてまで、私の暴論に乗ろうとしているのか考えを巡らせる。

 ルクト様が後押しくれるのは心強いし、嬉しいんだけど……。



 開拓中の国の王子ということもあってルクト様は逞しく、柔軟な考え方をしているのでアリメントムの人々にとって新しい食材や料理に挑戦する時は、意外と率先して試すタイプだ。

 そのため私に対して協力的な姿勢を見せてくれるけど、線引きはしっかりしているし、なんでもかんでも試してみるのではなく、何度も計算し直して確実に利が見込めると判断出来てから行動に移す人である。面白そうとか気に食わないからといった感情論でルクト様が動くことはない。


 ということは、私が勝つと確信して賭けを持ち出したというわけだが、どうしてそのような結論に至ったのか。ルクト様は私がバルト公爵にどんな内容の課題を提示するのか、まだ知らないというのに。

 そう考えを巡らせていると、ルクト様にマルクさんがそっと近づいていくのが見えたので、ちょっと二人の会話に耳をそばだててみる。すると。


「俺は料理人なのでマリーさんの言い分に共感してますし、味方をしたい思いもひとしおですが、減刑を賭けるというのはやり過ぎかと。本当にいいんですか? ルクト様」

「ああ。彼女がしごくと決めて提示する課題を、バルト公爵が達成できるとは思えないからね。この件で心折れてくれれば扱いやすくもなるだろうし。ほら、オリュゾンでもあっただろう? 矜持が高くて扱いづらいとお前もぼやいていた料理人達が彼女の怒りを買って……」


「……ああ、彼奴らですか。そういえばマリーさんから厳しい駄目出しと指導を受けてから、すっかり大人しくなりましたね」



 バルト公爵に聞こえないようコソコソと話している二人の会話の内容に興味を引かれたのか、さりげなくヨハン陛下も加わる。


「そうなのか? それほど厳しい性格の女性には見えないが……」

「マリーさんは時間短縮とか慣れてない人のために工程を省いたりするのには寛容ですけど、自分が楽するために食材を雑に扱ったり、能力を過信して手を抜いたりする奴にはすごく厳しいんです。それに彼女は、異世界の最新の知識と技術で作られた完璧な状態の品を知ってますから。俺達のこのくらいで十分じゃないかっていう妥協は一切通用しません」


「……なるほど。ユウトの世界はかなり高度な文明に至っているようだからな。要求される水準は高いだろう」

「ええ、かなり。しかもそれを要求しているのがマリーさんみたいな女性で、本人はいとも容易くやって見せるものだから、矜持の高い男共の心には余計効くんですよね」


「うら若き女性だからな。伯父は矜持が高くて面倒な性格だから、ルクト殿下の言うとおり大人しくなるのなら願ってもないことだ。差し迫って聞き出さねばならない情報もないから、物は試しに任せてみるのも悪くない。オリュゾンだけがリスクを負う形になるが、」



 そう言ってヨハン陛下がチラリとみそら色の瞳を動かせば、その視線を受けたルクト様は悠然と微笑む。


「問題ありません。食に関してならば、先に折れるのは確実にバルト公爵の方ですから」


 信頼されていることを喜べばいいのか、彼らがどんな印象を私へ持っているのか問いただすべきか迷う会話に、なんとも言えない気分になった。ルクト様の狙いはわかったけど、酷い言われようである。


 それにマルクさんもマルクさんだ。ヨハン陛下にあまり変なことを吹き込まないでほしい。



 たしかに食べ物に対して誠実ではない方々とお話をさせてもらったことはあるけど、心折るような真似をした覚えはない。

 精々、切り身魚を綺麗に焼くために塩を振って水分を抜いてもらったり、野菜を下茹でする時にお水と加える塩を毎回きっちり計量するようにしてもらったりとか、お菓子を作る時の卵の泡立て具合とか、クッキー生地のサブラージュやパイ生地の折り込みなどゆっくりやってるとバターが溶けて食感が落ちてしまう作業に駄目出ししたりとか、ちょっと雑だなと思った箇所を指摘して練習してもらったり、普段の作業に新しく工程を足してもらったくらいだ。



 すべて美味しく食べるために必要なことで、難しいことも大変なことも言ってない。冤罪である。



 ……まぁ、好きなようにやらせてもらえるならいいか。

 急に責任重大になって緊張するし、ルクト様達の発言には少し物申したいところだけれど、私の我儘を実現させてくれそうなので今ばかりは黙っておこう。最初に言い出したのは私だしね。


 ルクト様達の会話を盗み聞きながらそうこう考えているうちに、バルト公爵の心も決まったようで。



「そこまで言うのならばやってやろうではないか」



 ルクト様が提示した減刑を美味しいと思ったのか、それとも異世界の英知という言葉に惹かれたのか。大変上から目線であるものの私の提案を承諾したバルト公爵の言葉によって、異色のメンバーでのお料理教室の開催が決定したのだった。

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