№11 危険な夜会2
――――おけ。
――で、――ですか?
――は、――――会場に戻――。
で、でも――――――どうやっ――?
突き放すような厳しい声と縋るような情けない声が聞こえて、ゆるゆると意識が浮上する。
まどろむ意識の中で寝返りを打とうと弛緩していた体に力を入れるけれども、腕も足も思うように動かせなくてぼんやりした頭の中に疑問符が浮かんで来る。
そのうちにピリッとした痛みが肌に走り、私の意識は一気に覚醒した。
――な、なに?
思いがけない痛みに「んん」と鼻にかかった声が出たことで、私は自身が猿轡を噛まされていることに気が付き、緊張からかピシッと体が固まる。え、なにこの状況。
ドクドクと急速に血が巡り出すのを感じながら重たい瞼を持ち上げてみるけど、寝ていた所為か視界はピントが外れたカメラのようにぼんやけていて、なかなか周囲の状況がわからない。
――なんでこんな状況になってるの?
目が覚めたら縛られている状況に混乱しつつ、寝る前になにがあったか思い出そうと記憶を辿れば頭の中でパッと見開かれたアンバーの瞳が浮かんだ。
――そうだ。私、レイスと一緒に居たのに離れちゃって。
思い出した姿をきっかけに、それ以前の行動も徐々に掘り起こされてくる。
レイス伝いに言われた指示通りパーティー会場を歩き回って、あと数人だってところまで頑張ったところで体力の限界が来たから、少しだけ休ませてほしいって頼んで……。それでギャラリーの席に向かおうとしたんだけど、恋の狩人な令嬢達がわらわらと集まってきたから、レイスと離れちゃって。それで。
――誰かに後ろから口を塞がれて、その時なんか変な薬吸っちゃったんだ。
完全に蘇った意識を失う直前の記憶と今の自身の状況にザッと血の気が引いていく。
え、じゃぁ体がものすごく怠いのは薬の所為?
それって大丈夫なやつ?
なんか後遺症残ったりしないよね?
しかも私、攫われたんだよね?
ってことは、よく見えないけど近くにいる人達は敵方の人間で、もうすぐ殺されちゃうってこと?
え、どうしたらいいの?
じわじわと込み上げてくる焦りと恐怖に冷や汗をかきながら必死に目のピントを合わせていけば、少しずつぼんやり滲んで見えていたものの形がはっきりしていき、アルバンさんよりは簡素な騎士の格好をしている男達とパーティー会場にいた貴族のような恰好をしている男が一人見えた。貴族の服を着た男にはなんとなく見覚えがあるので、恐らくあの時私を拘束した人物なのだろう。
「この子が起きたらどうするんですか?」
「知らん! 相手は鍛えてもいない女一人だ。お前達でもどうにかできるだろう!」
騎士の一人が情けない声をでそう尋ねると、豪華衣装を身に纏った貴族の男が苛立った様子で怒鳴り返す。
……なんか、揉めてる?
会話の内容から察するに仲間なんだろうけど、なんだか貴族の男は協力的ではなさそうである。本当に今はどんな状況なのかしら? それにパーティー会場で攫われてからどのくらい経っていて、あのあとレイスやルクト様達はどうしたのだろう。
グルグルと疑問や不安が巡る中、もっと多くのことを知ろうとそっと視線を動かし、とりあえず一番近くにいる足の主を仰ぎ見れば、視線を感じたのかチラッと視線を落とした騎士と目が合った。
「っ!」
目を見開いた騎士は、パッと口を押えて声を呑み込むと、さり気なく言い合う二人から私を隠すように立ち位置を変えていく。しばらくしてジリジリと動かしていた足が止まると、一瞬ではあるが立てた人差し指を唇に当てて黙っているようにジェスチャーして視線を戻したのだった。
…………どういうこと?
静かにしていろってことなんだろうけど、なぜこの騎士は彼らの目から私を隠したのか。なんであんなに顔を青ざめさせているのだろう。わからないことばかりだ。
貴族らしき男と言い争う三人の騎士を眺めながら状況を把握しようと頭をひねっていると、ふといつかのアルバンさんとの会話が蘇える。
『イザークはお調子者だけど気が弱くて、ヴィリーはのんびり屋さんで、エドガルはとっても頼りになる奴で、口が達者だからなにかあると矢面に立って言い返してくれるんだ』
『へぇ。背格好はどんな感じなんですか』
『ん? 同じ土地の出だからか髪と目の色も一緒だし、体格も僕と似たようなものだよ。皆、体力と腕っぷしだけが自慢だからね』
アルバンさんは腕を曲げて力こぶを作って見せながら、そう言って笑っていた。
あの時の会話を思い出しつつ騎士服を着ている三人を見れば、彼らは揃いも揃ってアルバンさんと同じ焦げ茶の髪とグリーンの瞳をしており、熊みたいな筋肉質で大きな体をしていて。
さらによくよく観察してみると、貴族の男と言い合っている男はどことなくキリッとした顔つきをしていて、私を隠している男は気が弱いのか自信なさげに視線を彷徨わせていて、その隣にいる男は顔色一つ変えずにボーと言い合う二人を見詰めていた。
…………あれ? もしかしてこの人達って、二重スパイ中のアルバンさん達の友人さん達?
思い至った結論に目を瞬かせていると、押し問答していた二人に変化が訪れる。
「とにかく、儂はもう行く! 本来ならば、儂は怪しまれないようヨハン陛下の側に居らねばならん立場なのだ。だというのに、とっくに小娘は生贄になっている頃かと思いきや、ダンスホールにフラフラと姿を現れたからこうして連れて来てやったのだ。早く行かねば不在を訝しんだ者達が探しに来てしまう」
「お、お待ちくださいバルト公爵!」
考え込んでいるうちに貴族の男は舌打ちと共にそう吐き捨てながら足早に出口へと向かい、呼び止める声を遮るようにバタンッと扉を閉めて出て行ってしまった。
そしてあとに残ったのは、閉ざされた扉を見やる騎士服に身を包んだ男達と、縛られ転がされたままの私である。
……これはどうしたらいいのかしら?
一向に動かない騎士達にそんなことを考え始めた頃。
出て行った男といい争っていたエドガルさん(仮)がそろそろと扉に近づき、ピトッと耳を当てて目をつぶる。
そしてしばらくすると、振り返ってニッと笑みを見せた。
「行ったみたいだな」
その言葉に顔を青くしているイザークさん(仮)とボーっと一点を見詰めていたヴィリーさん(仮)が大きなため息を吐く。
「あの男、話長ぇなぁ。急いでるならさっさと行けばいいのに……。よく飽きずに言い合ってられるなぁ、エドガル」
「ヴィリーは興味ない顔し過ぎだよ。エドガルは怖くなるくらいあの男に言い返すし、『おにぎりの娘』は目を覚ましちゃうし。ほんと、どうしようかと思った……」
「なに言ってるんだイザーク。ああいう奴は怒らした方が――ってお前今、『おにぎりの娘』起きてるって言わなかったか?」
のんびり文句を言い始めたヴィリーさんに、イザークさんが泣きそうな声で紡いだ台詞にエドガルさんが驚いたように声を上げる。
そしてそのまま大股で近づいて来たエドガルさんは私の前に立つイザークさんを押し退けたるものだから、顔にかかっていた影がなくなり、その眩しさに私は顔を歪めて、再び目を細めることになった。
「――まじで起きてるな。『おにぎりの娘』」
「ほんとに? おはよう。『おにぎりの娘』」
「だから『おにぎりの娘』が起きてるって言ってるだろ!」
私を見下ろしながら目を瞬かせるエドガルさんと、しゃがみ込みのんびり挨拶してくるヴィリーさんさんとそんな二人に怒りの声を上げるイザークさんと三者三様の反応を見せる中、私が気になったのはその呼び名だった。
……なぜに『おにぎりの娘』?
物凄く物申したい呼び名である。いや、たしかにアルバンさんに渡すお裾分けは持ち運びやすいことを大前提に作るものを決めてたから、おにぎりが多かったけど。なんでそんなあだ名で定着しちゃったの? 普通に名前でよくない?
衝撃的なあだ名を付けられていた事実を知り、ついそんなことを考えていると、ヴィリーさんが私の体を起こしてくれ、背に回ったエドガルさんがナイフでプチプチと縄を切ってくれた。
「……ありがとうございます?」
「大丈夫?」
「痛いとこはねぇか?」
「ないです」
一応お礼を言えば、ヴィリーさんとエドガルさんが心配してくれたので問題ないですと返し、これは状況的に助けてくれるという認識でいいのかしらと期待を胸に顔を上げえれば、厳つく大柄な男性三人に見下ろされていて、思わず息を呑む。
しかしここで怯えて口を噤んでいてはいつまで経っても話が進まないので、私は恐る恐る口を開いた。
「……えっと。アルバンさんのお友達のエドガルさんとヴィリーさんとイザークさんで、合ってますか?」
「合ってるよ」
「そうそう。いつも美味しいものをありがとう」
「アルバンがいつも物凄くいい子なんだって褒めてたぜ」
そういってニッと笑い、手を差し出してくれたエドガルさんの顔と掌を見比べること数秒。
ゆっくりとエドガルさんの大きな掌に己の手を乗せれば、たちまち温かい温度が右手を包み、次の瞬間にグイッと持ち上げられそのまま腕に座らされた。
「え、エドガルさん?」
――え。ちょ、私そんなに軽い方ではないんだけど、大丈夫なの?
太くしっかりした左腕に座らされて驚きの声を上げる私を他所に、エドガルさん達は顔を見合わせて頷き合う。
――いやいや。三人で通じ合ってないで私にも説明してよ。
『おにぎりの娘』なんて呼び名で呼んでくるくらいだから、アルバンさんの友人さん達で間違いないと思うんだけど、彼らはこれからどこに行こうとしているのか。私はここがどこかすらわかってないんだけど、このまま彼らに身を任せていていいの?
そんな心の声が届いたのか、アイコンタクトを交わし終えたエドガルさんが代表して口を開いた。
「もしアンタをこっちで見かけた場合はすぐに知らせるか、連れて逃げろって言われてるから逃げんぞ。予定通り進んでるなら敵の数も少ないだろうし、俺達の剣の腕じゃどう頑張ってもアンタを守ってやれないからな」
「あ、はい」
有無を言わさぬエドガルさんの逃走宣言と間近で見た厳つい顔の想像以上の威圧感に押され、思わず頷けば満足気に焦げ茶の頭が揺れる。
「よし! んじゃいくぞ、イザーク、ヴィリー」
「「おー!」」
エドガルさんの号令に合わせて、イザークさん達がノリ良く拳を突きあげる。
これ、本当に大丈夫なのかな……。
厳ついおじさん達にしては若いというか、どことなく微笑ましさを感じてしまう光景にそこはかとない不安を抱いている間に、三人は扉に開けて廊下へと躍り出る。
かくして、私とアルバンさんの友人三名による逃走劇が始まったのだった。
***
そんなこんなで。
自首したことですっきりしたのか、それとも開き直っているのかわからないけど、晴れやかな表情を浮べる友人達と部屋を飛び出して十数分。
私達はどうなったかというと、絶体絶命の大ピンチに陥っていた。
「待て貴様ら!」
「その女を置いて行け!」
「今さら裏切るなど許されると思っているのか!」
殺意の籠った罵声と共に背後から迫りくるのは、武器を手にした男達。
人気の少ない道をバタバタと駆けるエドガルさんの左腕に座らされる形で抱えられているため、上下に揺られながら大きな肩越しに追い掛けてくる男の様子を窺えば、目を吊り上げ鬼の形相で叫ぶ男達の中に火を点した矢を構えている人がいる。
え。ちょ、嘘でしょ?
「エドガルさん! 火が、点いた矢を、構えている、人が、います!」
舌を噛みそうな揺れの中で思わず叫べば、エドガルさんからの返事だけでなく友人さん達からも悲鳴染みた声が上がった。
「まじかよ? 火と飛び道具合わせんなよ!」
「危ないよなぁ」
「危ないじゃすまないだろうヴィリー? っていうか、そんなことよりもアルバンだよ! こいつ、大丈夫なのか?」
泣きそうなイザークさんとヴィリーさんの肩にはボロボロな姿のアルバンさんが担がれており、一人でどんな目に遭っていたのかを考えると喉がグッとつまり、熱いものが目に込み上げくる。
「だい、じょうぶだけど、」
重いだろ、ごめんと切れ切れに零したアルバンさんに、私を運んでるエドガルさんの目つきが鋭さを帯び、グッと唇を噛みしめているのが見えた。
ヒュンッと風を切り飛んできた矢が高そうな道の脇に並ぶ石像の一つを射貫き、ガッシャーンと盛大な破壊音が鳴り響くが友人さん達は走り続け、背後から追いかけてくる男達も構わず追ってくる。ボッとなにかに点火したような音も聞こえたけど、誰一人振り返ることなく足を動かし続けていた。
まぁ、今立ち止まったら捕まっちゃうからね!
ちなみにこのデッドオアアライブな鬼ごっこは、部屋を出て三分で開始されていたりする。
――十数分前。
『それじゃぁ、パーティー会場に向かうぞ』
『わかりました』
私が連れて来られたのは、会場と神殿の中間にある見回りの騎士達の休憩所だったらしく。
神殿の方から聞えて来た爆発音に勇人君が戦っていることを察した私達は、急ぎルクト様やジャンやベルクさん、それからヨハン陛下がいるだろうパーティー会場へ向かうことで同意した。
その直後のことだった。
部屋を出て進むこと、僅か数メートル。
少し先にある曲がり角から現れた三つの人影に友人さん達がギクッと足を止めたかと思えば、私達の目の間にドサッと投げ出されたボロボロのアルバンさん。
『『アルバン!』』
慌てて駆け寄るイザークさんとヴィリーさんを白んだ目で見つめフンッと鼻を鳴らした男達は、エドガルさんの腕に抱えられた私を確認すると吐き出すように告げる。
『これだから俺は農民を作戦に加えるなど反対だったんだ』
『その女を寄越せ』
『お前達もこうなりたくなかったらな』
男達のその言葉に友人さん達は固い表情で顔を見合わせるとコクリと頷き、一拍後、目を吊り上げたエドガルさんが大きな声で答えた。
『断る!』
鼓膜をビリビリ揺らすその声に驚いたのも束の間。
クルリと踵を返して走り出したエドガルさんの肩越しに後ろを見れば、イザークさんとヴィリーさんが見事な連携でアルバンさんを肩に担ぎ上げて私達を追ってくるのが見えて、私は思わず安堵の息を吐く。
しかし男達からすればそれは信じられない反逆だったようで、なにが起こったのかわからないといった様子でポカンと立ち尽くしていた彼らの顔が見る見るうちに赤く染まる。
『待て! 貴様ら!』
一拍遅れて響いたその怒声と共に武器を抜いた男達も走り出だしたのだった。
それがこの追いかけっこの開始を告げる合図となり、今に至るというわけだ。
部屋を出て早々に見つかった時はどうしたものかと思ったけど、エドガルさん達は中々すごかった。厳つい見た目どおり体力があるらしく、かれこれ十数分は全力に近い速度で走っているはずなのにまったく疲れた様子がないのだ。
いや、汗ばんではいるし、息も少し弾んでいるけどね。でも、まだまだ余裕があるというか、追手に対する文句を口にする余裕がある。私やアルバンさんを抱えて走っているのに、魔法などで身体を強化しているにしたって凄すぎるわ。
まじまじと私を腕に乗せてるエドガルさんを見ているとグリーンの瞳とパチリと視線がぶつかったので、舌を噛まないように気を付けながら体の具合を尋ねてみる。
「大、丈夫、ですか?」
「ああ! 僕ら体力と腕っぷしだけは自慢だからな!」
「ずっと農作業してたから体力と筋肉だけはあるぜ! 頑丈だしな!」
「足はたいして速くないけどなー」
素晴らしい返答である。
それに個人的な感想を言えば、体力と筋肉あるなんて羨ましいかぎりだ。
……とはいえ、体力と筋力だけでこの場を潜り抜けるのはちょっと厳しいかもしれないわね。
抱えられているだけの身でなにを言っているのかという感じだけど、実際問題として背後の男達との距離がジリジリと詰まってきている。エドガルさん達もそれがわかっているから、先ほど「足はたいして速くない」という言葉が出てきたのだろう。
追手の体力が切れるのが先か、追いつかれるのが先か。
これぞまさしく、デッドオアアライブ。
正直、大ピンチだ。
――どうしたらいい?
なにか私にできることはないのか思案するも生憎と身につけてるのはドレスと装飾品だけで、武器はおろか食べ物一つ持っていない。一か月ほど通っていたオリュゾンならばまだしも、ザウエルク城の構造には詳しくないし、知り合いも少ないので誰かに助けを求めればいいのかわからない。
そもそも大半の人はパーティー会場の方に集まっちゃってるしね。
それに男達に追い掛けられたことで、思うように進みたい道を進めないらしく、なかなかパーティー会場との距離が近くならない。
万事休すである。
――ここで捕まったら、アルバンさん達はどうなっちゃうの?
脳裏を過る想像にゾッとする。
アルバンさんはすでにボロボロだし、エドガルさん達の裏切りに男達はものすごく憤っている。元より女神様に仇を成そうと犯罪に手を染めている人達だ。武器を携え鬼の形相で追いかけてくる彼らに捕まって、ただで済むとは思えない。
考えれば考えるほど心臓がドクドクと嫌な音を立てて、お腹がギュウッと締め付けられるように痛む。アルバンさん達は折角思い留まってくれたのに、これではやり直すもなにもない。
どうにかしたい。
でも、どうすればいいかわからない。
心だけが逸り、思考が空回って頭の中が白く染まる。
――誰か。
助けて、と脳裏に浮かんだ姿にただ願う。
と、その時だった。
ヒュッと赤い火を点した矢が私達の間を通り抜けて数メートル先の地面に突き刺さったかと思えば、ボッと音を立てて燃え上がり、炎の壁となって行く手を阻む。
「っ! 大丈夫か?」
「大丈夫です。エドガルさんは?」
「俺は大丈夫だが、これはちょっとやべぇな……」
道を塞ぐ炎から私を守るように庇ってくれたエドガルさんに声をかけ、帰ってきた返事に安心したのも束の間。焦りが滲むエドガルさんの視線を追かけて肩越しに背後を確認すれば、行く手を阻まれ立ち往生する私達を見て不快な笑みを浮かべた男達が、武器を片手に三方からこちらを囲うようにゆっくりと近づいてくる。
「どうする?」
「どうするってもなぁ……」
「とりあえず剣を抜けるようにアルバンを下ろしておけ」
慌てふためくイザークさんと静かに冷や汗を流すヴィリーさんにそう告げると、エドガルさんは私をそっと下ろし背に庇う。それに倣うようにイザークさん達もアルバンさんを肩から下ろして私の隣に座らせた。
「そこまでだ。命運尽きたな」
「手間を掛けさせやがって」
そう告げる男達の顔には、獲物を追い詰めたからか余裕たっぷりな笑みが浮かぶ。
「その女を渡せ。そうすればお前らは捨て置いてやる」
「断る」
男の言葉に従うか迷う間もなくエドガルさんがそう答え、イザークさんとヴィリーさんが私とアルバンさんを庇うように前に出る。
「ここであんたの言葉を信じるほど、俺らも馬鹿じゃねぇって」
「そうそう。悪いことはもうしないって決めたしなぁ」
「エドガルとヴィリーの言うとおりだ。この娘は渡さない」
エドガルさん達の返答に余裕綽々だった男の表情が崩れ、その目に苛立ちが浮かぶ。
――なんで、そんな必死に庇ってくれるの。
私とアルバンさんを背に隠すエドガルさん達の姿に、グッと胸が詰まる。
アルバンさんとはご飯やお菓子をわけてあげて雑談するだけの仲だったし、エドガルさん達にいたっては今日が初対面だ。剣を握り、射殺さんばかりの目を向ける男からこうして命懸けで庇ってもらうような間柄ではないのだ、私達は。
なのに、なんで……。
グッと唇を噛みしめる。
と同時に地面に片手を付き立ち上がろうとしているアルバンさんに気が付き、思わずその腕を掴み呼び止めた。
「あ、アルバンさん」
そんな私にアルバンさんは小さく微笑む。
眉を下げてどこか申し訳なさそうに、しかし穏やかに口元を緩めるアルバンさんの姿はそのままどこかに消えてしまいそうで心臓がドキッと嫌な音を立てて跳ねた。
お願いだから、そんな風に笑わないで。
そう言いたくても声が出ず、私は唇を戦慄かせることしかできなかった。
「僕が見つかった所為で裏切ったのがばれて、彼奴らをエドガル達のところに連れてきちゃったんだ。怖い思いをさせてごめんね」
引き留めるように彼の袖を握っていた私の手をそっと外したアルバンさんは、よろめきながらも一人で立ち上がる。次いで向けられたグリーンの瞳は、真剣な色を宿していて。
「必ず、貴方を仲間の元へ帰すから」
そう言って震える手で剣を抜いたアルバンさんに、男達は馬鹿にするように鼻を鳴らした。
「せっかく手加減してやったのに馬鹿な奴め」
「農民が高々半年騎士の真似事をしただけで、いい気になるなよ」
「異世界の女諸共、生贄にしてやる」
苛立ちを隠すことなく武器を握り直す男達がアルバンさん達へと襲い来る。
突然のことに声は出なかった。
重い足音と共に迫る白刃が、アルバンさん達に触れるまであと数メートル。
一本道なので背後に燃え盛る壁がある以上、逃げ場はなく。
覚悟を決めたとでも言うような強い眼差しで男達を見据え、ぎこちない動きで剣を抜くアルバンさん達の横顔に息を呑む。
直後、バチャンッと激しい水音が鳴り響く。
緊迫した空気を叩き割るような大音量が耳を打ち、跳ねる水しぶきを背中に感じたかと思えば、栗色の影が私の真横をしなやかに通り過ぎ、アルバンさん達を軽やかに飛び越えて、その勢いのまま白刃を振りかざしていた先頭の男の顔に膝蹴りを入れて吹き飛ばす。
「えっ?」
「なっ?」
「へっ?」
「はっ?」
アルバンさんと友人達が驚きの声をあげている間に鮮やかな着地を決めたレイスは迫ってきていた残り二人の内一人を回し蹴りで薙ぎ倒し、もう一人は武器を振り下ろそうとしていた腕を掴み、木々に向ってぶん投げるという荒業で片づけてしまった。
そして、呻く男達を見据えて唸る。
「汚れた手でマリーに触れるな。ましてや連れて行くなど、絶対に許さない」
低く、怒り満ちたその声は獣の威嚇のようで、起き上がろうとしていた男が蛇に睨まれた帰るのようにピタッと動きを止める。
一方、私と一緒にレイスの背に庇われる形となったアルバンさん達は、その雄姿に感嘆の声をあげていた。
「すごい」
「なにあれ」
「人間ってあんなに飛ぶんだなぁ」
「めっちゃ格好いいじゃねぇか」
ヒーローを見上げる子供のような瞳でレイスに見入るアルバンさん達の後ろで、ハーと詰めていた息を吐き出した私は、緊張が解けて崩れそうになる足に力を込めて踏ん張る。
チラリと背後を見やれば、道を塞いでいた燃え盛る火の壁は跡形もなく消えていた。
――来てくれたんだ。
男達と対峙するレイスの姿に肩の力が抜ける。
威風堂々としたいで立ちに、気が早いかもしれないけど助かったのだと、もう大丈夫だという言葉が私の頭の中で巡っていた。
――いつの間にか、こんなに頼もしくなってるなんて。
そう、心の中で呟きながらピンと伸びた背を見詰める。
成長した思ってはいたけれど、きっと思っていただけだったのだろう。
大きくなったその背と剣を持った男達にも怯まず立ち向かう姿を見て私は今ようやく、レイスと離れていた一年という歳月の長さを心から実感したのだった。
「~~ふざけるな! お前達もさっさと立て!」
顔に膝を入れられた男が立ち上がり仲間達を叱咤するも、どうやら意識があるのは一人だけだったようで他の二人は地に伏したままピクリとも動かない。その事実に男の顔に焦りが浮かぶが、レイスは意に介することなく口を開いた。
「向かってくるなら容赦はしない」
淡々と答えて構えるレイスをしげしげと眺めてると、男の後方から駆け寄る影。 背後から迫りくる気配に気が付いた男が慌てて振り向くも時遅く。
「魔王の血を引く者は死んだ。パーティー会場に居たバルト公爵や他の協力者達も皆、今頃はヨハン達によって捕らえられているだろう。無駄な抵抗は止めるんだな」
強い意志を感じさせる声で勇人君が紡いだ言葉を男は強い口調で否定しようとしたが、振り向いた先の光景に絶句する。
「そんな馬鹿な――っ!」
勇人君の手には月明かりに煌めく剣が握られていて。
男の首にピタリと添えられていた刃の下に走る赤い線とジワッと滲む血が、その切れ味を如実に伝えていた。
「俺達がここに居るのがその証。今一度、己が置かれた状況をよく考えろ」
冷たく言い放たれた言葉と射貫くような眼差しに気圧されたのか、最後の一人となっても抵抗の姿勢を見せていた男がガクリと膝をつく。
どうやら完全に決着がついたらしい。
――終わった、のかな。
崩れ落ちた男から剣を外した勇人君が周囲の木々や土を魔法で操り男達を拘束していく光景にそんなことを考えていると、レイスも危険が去ったと判断したのか男達を勇人君に任せて足早に駆け寄って来る。
「――マリー! 怪我はないか?」
聞き慣れたその声に肩の力が抜け、再び会うことができた安心感からか自ずと笑みがこぼれる。しかしそんな私にレイスが手を差しだしながら告げたのは謝罪の言葉で。
「すまない。俺が守ると言ったのに、側に居ながら危険な目に遭わせてしまった……」
いつもはまっすぐ私へと注がれる視線を地に落して悔いるように紡がれたその言葉に、焦り、大きく見開かれたアンバーの瞳を思い出す。
あの時レイスの腕を離したのは一種のことだったし、まさか私とレイスの間にできた僅かなスペースを令嬢達が集団で通り抜けて行くなど思いもよらなかった。ましてやその所為でまんまと誘拐されてしまうなど、私達はおろかルクト様やヨハン陛下や勇人君も予想していなかっただろう。あれはどう考えても、偶然が折り重なって起こってしまった不幸な事故だ。
それなのにあんな風に目の前で攫われてしまったからレイスは責任を感じ、こうして悔いている。その上、かなり必死に探してくれていたみたいで、レイスの髪や服には木の葉がくっついており、額には汗が滲み、頬や差し出された手には細かい傷が見受けられる。
その事実が申し訳なくも、思いの外嬉しくて。
じわりとじわりと込み上げてくる温かい感情のまま、私は差し伸ばされたレイスの手をギュッと握り締めて立ち上がる。そして伏せられたアンバーの瞳を覗き込み、胸に広がる感謝と喜びが伝わるようにありったけの想いを込めて、感謝の言葉を贈った。
「レイスが助けてくれたから大丈夫よ。ありがとう。すっごく格好良かったわ!」
「マリー……」
そんな私に目を丸くしたレイスに嘘じゃないわよと言う代わりに笑みを深めれば、苦しげに眉が寄せられる。しかしどこか切なげなその表情はレイスが瞼を一度下ろすと共に消え去り、次いで現われた強い光を宿したアンバーの瞳が私をまっすぐに射貫く。
「次は必ず守る」
「うん。頼りにしてるわ」
私やアルバンさん達を庇うように立つレイスの背を思い出しながらそう告げれば、レイスの空気が僅かに緩むのを感じ、ホッと胸を撫で下ろす。良かった。復活したみたい。
陰りの消えたレイスの顔を見上げて安心していると複数の足音と私達を呼ぶ声が聞こえてきたので辺りを見渡せば、こちらに駆け寄ってくるルクト様やジャンやベルクさんの姿が見える。その奥からは大国の騎士や魔法使い達も付いて来ているようなので、パーティー会場の方も無事に終わったのだろう。
「あっちも終わったみたいだな」
「そうみたい」
丁度同じことを考えていたらしいレイスに頷き、ルクト様達を迎えるべくレイスの隣に立つ。
握りしめた手は、いつの間にか離れていた。
――レイスの手、大きかったな。
先ほどまで感じていた熱と自身の手とはまったく違う固い皮膚とゴツゴツと骨ばった感触にそんな感想を抱きつつ、駆けつけてくれたルクト様達を迎える。
かくして私とアルバンさん達の逃走劇は幕を閉じ、女神様を脅かす犯人達は無事に捕まったのだった。




