№2 友好のオムレット 1
№2 友好のオムレット
――改めて自己紹介を。私が、ここザウエルクを含めて十の島を国土に持つ大国クレアスの王、ヨハン・バウマンだ。以後よろしく頼む。異界の姫君。
某ロールプレイングゲームに出てくる神殿や祈りの間を思わす神聖な祭壇がある場所から移動したあと、自信に満ちた雄々しい笑みと共にそう名乗りを上げたヨハン陛下に、引きつるそうになる頬を気合で止めつつ挨拶を交わしたあの日から、早一か月。
私はその後どうなったかというと、『――俺も居ますし、悪いようにはさせませんからどうか安心してください』という勇人君の宣言どおり、オリュゾンのお城で借りていた厨房並み、いや下手したらそれ以上に設備が整った台所付きの豪華な部屋を与えられ、悠々自適な生活を送っていた。
現在、私がお世話になっているお城が建っているのはザウエルクと言い、この島と近海に浮かぶ九の島々と合わせてクレアスという一つの国なんだそうだ。
ちなみに、このクレアスという国は他国から通称『大国』と呼ばれており、異世界アリメントムでも有数の富を誇る発展国なのだと騎士やメイドさん達が誇らしげに言っていた。
そう。
大国である。
ルクト様のご一家がオリュゾンへ移られる前に暮らしていたという大国。
勇人君が初めて降り立った場所も大国に属するとある島だったそうで、よくよく思い出してみれば前回私が異世界トリップした際に物々交換してもらったり、オリュゾン行きの船に乗り込んだのも大国だったと思われる。
外に出てないからまだわからないけど……。
もしかしたら、前回私が最初に落ちたのは、このザウエルクだったのかもしれない。
といってもすぐに移民としてオリュゾン行きの船に乗っちゃったし、そのあとはお腹を満たすべく職探ししたり、異世界人だとバレないように生活することに集中していた所為か、オリュゾンで過ごした記憶の方が色濃い。正直、最初にいた島のことなんて気持ちのいい草原でビールを飲んだなぁ、くらいしか覚えてないのよね。
トリップして最初に着いた場所の記憶がそれしかないって、我ながらどうかと思う。物々交換をお願いするなんて人生初の経験だったし、印象深いはずだもの。
しかし、いくら思い返してみても景気付けのために飲んでいたお酒の効果か、手に入れた物や食べて美味しかったものの記憶しか残っていない。恐らくこれでは、もう一度同じ場所を歩けたとしても以前通ったことがある道だと気が付かないだろう。喉元過ぎれば熱さ忘れるなんて言うけど、図らずも気が付いた自分の図太さにはビックリである。
……まぁ、あの時は衣食住を確保するのに必死だったし。
覚えていなくても仕方ない、ということにしておこう。
その方が私の精神的にも優しいしね。
そんなことを考えながら私はテラス付きの淡い色彩の家具でまとめられた上品な洋室を抜けて、十人入っても広々と使えそうな台所へと足を運ぶ。
「ご苦労様です」
台所の入口に立っていた騎士にそう声をかけて中に入れば、私のような人間には夢のような光景が広がっていた。
台所というよりも厨房に近いサイズの部屋の中央には大きな作業台が置かれており、壁沿いには奥に二口、手前に三口の計五口の吹き出し口が付いた大きなコンロ台、小型の石窯、流し台、それから私の背丈を軽く超える冷凍庫付き大型冷蔵庫、穀物類と砂糖や塩といった調味料が並ぶ保存棚がコの字を描くように設置されている。
またコンロや冷蔵庫、流し台には勇者様印が刻まれており、魔法によってコンロを摘まんで回すだけで火が点き、蛇口をひねれば流し台から水が出る仕様になっていて、私一人でも調理が可能。調理器具も充実しており、刃物はペティナイフから出刃包丁や柳葉包丁のようなサイズまで取り揃えられていて、鍋やフライパンも大中小様々な大きさが壁に掛けられ、ボールやザルとして使えそうな網籠、それからオリュゾンから輸入したという泡立て器まである。
さらに素晴らしいことに冷蔵庫の中には肉や魚や卵、野菜や果物と一人では食べきれないほどの食材が詰まっていて、それらの食材は使えば翌日には別のものが補充されている。隣に並ぶ保存棚の穀物類や調味料も同様の仕様となっているので、実質調理し放題。
ちなみにこの台所と食材は暇を持て余さないようにという勇人君の気遣いによって用意されてたものなので、ご飯は自分で作らなくてもお城からメイドさん達が運んできてくれるそうなんだけど、一度だけお願いして、その後は丁重にお断りさせていただいている。
出された料理はとっても豪華で美味しかったんだけど、沢山のメイドさんに甲斐甲斐しくお世話してもらいながら食べる状況にどうしても耐えられなかったのよね……。
――勇者様として扱われることを受け入られている勇人君って本当にすごいわ。
思い出すのはヨハン陛下と対等な姿勢で話し合い、勇者様と呼び慕う近衛騎士達に堂々と対応する勇人君の姿で、あの時の彼はそれはもう立派だった。まさに、勇者様って感じ。
私達の来訪理由をサクッと伝えた勇人君が流れるように状況を尋ねると、そんな彼をヨハン陛下はとても信頼しているようで、心得たとばかりにクレアスの事情を説明してくれた。
そうしてもたらされた情報によると、最近クレアスの国内では人知れず多くの女神像が破壊され、祭壇や場が穢されているらしい。
そしてそれは、大変由々しき事態なんだそうだ。
女神像の話を聞いて表情を険しくした勇人君曰く、人間や動物などの生き物から漏れ出た魔力が世界に溶け込むことで女神様に還元されるそうなんだけど、場所的に生き物から魔力が集まりやすく世界に吸収されやすい地点というものがあるらしく。
遥か昔、力を奮い世界に恵みをもたらしあとなどに女神様はそういった力が還元されやすい場所に降り立ち、ご自身の力を回復させていた。そうして頻繁に女神様が訪れることでその地には降臨場所としての伝説ができ、人々は女神像を置いて祈るようになった経緯がある。
つまり、女神像がある場所を穢されると女神様の力が回復しにくくなり、下手したら女神様が消えてしまうかもしれず、その上、世界のバランスが大きく崩れれば、また魔王のような存在が生まれるかもしれないとのこと。
行くかどうかも聞いてもらえず、物凄く強引に異世界に連れて来られて不満だったけど、そのような事態になっていたのなら仕方ないと素直に思える状況だった。むしろ、文句ばっかり言ってごめんなさいと心から謝りたくなる。
……物凄く慌ててたもんね、女神様。
私や勇人君の言葉に耳を貸さなかったというよりも、貸している暇もない状況だったのだろう。考えれば考えるほど、申し訳ない気分になる。
ちなみに、私達が放り出されたあの場所はクレアスの城内にある神殿で、女神様が最初に降り立った地と言われている場所なんだって。
当然そんな伝説が残る場所なだけあって、女神様のお力の回復に与える影響も大きく、国内の女神像破壊の報告を聞き心配したヨハン陛下直々に神殿が無事かどうか確認しに来ていたところ、女神様のベールが出現。
そして私と勇人君が飛び出してきた、ということらしい。
どうやらヨハン陛下には犯人ではないかと目をつけている人々がいるようで現在、勇人君がその身分を隠しながら秘密裏にその人々を調べているところだ。




