№2 友好のオムレット 2
詳しい事情は分からないんだけど、勇者の来訪を知らせない方が犯人を追い詰めるのに都合が良いらしく、そのため私の存在を知るのは、召喚されたあの場に居たヨハン陛下と近衛騎士数名だけとなっており、客殿内に入ることが許された騎士やメイドさんには、ヨハン陛下が大切な人から預かった客人という体になっている。
ただ、国王陛下がこっそり預かり客殿に囲っている若い女性というのは、大変怪しい。
客殿内に入れるのは限られた身分の者なので問題ないらしいが、外を出歩いている姿を目撃されて騒ぎ立てられた結果、勇者様と同じ異世界人だと露見しては困る。そのため、噂にならないよう客殿の外にはなるべく出ないでほしいと言われているんだけど、私自身もともとアクティブな方ではなく、三食お腹いっぱい食べられれば文句はないので、今のところ特に問題はない。
なにより、フェザーさんご夫妻やレイス達が住む世界が危険な状態に逆戻りなんて、まったくもって望んではいないので、勇人君とヨハン陛下が無事に犯人一派を捕まえるまで大人していようと深く誓っている次第である。
――というわけで、大人しくお菓子でも作りましょうかね!
そんなことを考えながら私は必要な材料を取り出すべく、身の丈以上の冷蔵庫を開ける。
隙間なく食材が詰まった冷蔵庫から取り出すのは牛乳と玉子、それから先日人手を借りて作っておいたバター。
それらを厨房の中央にある作業台に乗せたら隣の保存棚へ向かい蜂蜜と小麦粉、オリーブオイルを取り出しておく。
次いで小さいのと中くらいのボールを各一つずつに小麦粉を篩うための網、最近オリュゾンから取り寄せたという泡立て器、木べらや秤を用意していると、私の動きをじぃっと見守っていた騎士の一人、アルバンさんから嬉しそうな声が上がった。
「もしかして今日はお菓子を作るのかい?」
「正解です。ちなみにこれから作るのはオムレットというお菓子で、カステラよりもふわふわしたの生地で果物やバタークリームっていうふわっとした甘いソースを挟みます」
これから作るオムレットについて簡単に説明すれば以前振る舞ったお菓子の味を思い出したのか、厨房内の片隅で控えて居るメイドさんや他の見張りの騎士達からも明るい声が漏れる。
そんな中私の説明に興味を持ったのか、アルバンさんがさらに質問を重ねていく。
「カステラよりもふわふわで果物も入るのか……それにバタークリームってことは、昨日作ってたバターを使うんだね」
「ええ。昨日騎士さん達に手伝ってもらったバターに砂糖や卵、それから空気を沢山含ませて柔らかいクリームにするんです。クリームの食感を説明するのは難しいので、食べてからのお楽しみということで」
「そっか。それは楽しみだな」
甘いものが好きなのか上機嫌な様子で頷いて見張りに戻ったアルバンさんに小さく笑い、私はてきぱきとお菓子作りの準備を整えていく。
最初に作るのはオムレットに挟むバタークリームで、昨日騎士達に手伝ってもらって作っておいたバター百二十グラムと卵二個、それから蜂蜜を大さじ二杯と作っておいた練乳六十グラムを使う。
ちなみに練乳は牛乳と砂糖を四対一で合わせて、焦げないように混ぜながら半量位まで煮詰めるだけでできるので、少しだけ使いたい時は手作りをお勧めする。
……砂糖や蜂蜜を好きなだけ使っていいなんてさすが大国よね。
鳥小屋で働いていた時のことを思えばとんでもない贅沢である。この台所にある食材や調味料、それからオリュゾンなど各国から集められた最新鋭の調理器具の総額を合わせたら、オリュゾンで小さな家を建てられるのではなかろうか。
大きな瓶一杯に用意されている蜂蜜を計量しながらふと脳裏を過った考えを忘れるように、私は頭を軽く振る。
……これ以上考えるのはやめておこう。
深く考えると怖くて厨房に立てなくなっちゃうからね。
この恩は料理やお菓子のレシピや地球から持ってきた本や調味料など、私にできる形で少しずつ返していくしかない。客殿や用意された衣服やここに仕えているメイドさんや騎士達の給金を考えると返しきれるのかすこぶる不安だけど、この件に関しては私が一人でいくら考えても仕方ないので落ち着いたらユウトくんやヨハン陛下と相談しようと思う。この世界でなにが役立つか私にはわからないからね。
思い当たった現実に冷や汗をかきつつ、私は気を取り直してバタークリーム作りを再開する。
まずは室温に戻したバターを泡立て器で白っぽくなるまで混ぜて空気を入れていく。この時バターにしっかり空気を含ませれば含ませるほど、完成したバタークリームの口当たりが軽く滑らかになるからしっかりね。
そうしてバターが白くフワッとしたら練乳を加え混ぜる。
次は卵の泡立てだ。卵と蜂蜜を入れたボールを湯煎にかけ、泡立て器で混ぜながらボールの冷たさがなくなり、卵液が指で触って少し温かいくらいまで温まったら湯煎から外して、白くモッタリするまで一気に泡立てる。
卵が『の』の字が書けるくらいまで泡立ったら、先ほど空気を含ませたバターを混ぜながら少しずつ卵を加えていき、綺麗に混ざったらバタークリームは出来上がり。
「それがバタークリームなのかい?」
艶々輝くクリーム色のバタークリームが気になってたまらないといった様子で持ち場から首を伸ばして覗き込むアルバンさんに頷けば、他の騎士やメイドさん達からも物珍しそうな視線が飛んで来る。
「そうです」
「冷蔵庫に入っていたバターはあんなに固そうだったのに、すごく柔らかくなるんだね」
「ええ。バターは常温だと柔らかくなりますし、泡立て器で空気を一杯入れましたから。甘くて、口に入れると溶けるのでとっても美味しいんですよ」
「へぇ」
アルバンさんを筆頭に、私の言葉に感心した声を上げる騎士やメイドさん達の姿がなんだか微笑ましくて、自ずと頬が緩む。
バタークリー?だけでこれほど豊かな表情を見せてくれる彼らは、完成したオムレットを食べたらどんな表情を見せてくれるのだろう。想像しただけで楽しみだ。
オムレットを食べた彼らの顔を思い浮かべ沸き立つ心のままに、私はスポンジの材料を計量するため新しいボールを手に取った。
外側のスポンジケーキの部分で使う材料はMサイズの卵三個に蜂蜜を三十六グラム、薄力粉六十グラム、昨日作っておいたバター十五グラム、牛乳二十一グラム。
調理し始める前に下準備としてバターと牛乳を小さいボールに入れて湯煎にかける。バターが溶けたら鍋ごと火から下ろして保温し、小麦粉は篩っておく。
下準備が出来たら、早速生地作り開始だ。
まずは大きいボールに蜂蜜三十六グラムと卵三個を割り入れて、白くモッタリするまで泡立て器でひたすら泡立てる。この際、蜂蜜と卵は常温に戻しておいた方が混ざりやすい。
ボールと泡立て器が奏でるカシャカシャという音に混じり、ピチャピチャと蜂蜜入りの卵液が音立てるのを聞きながら、時折使う手を変えつつ休むことなく混ぜ続けることしばし。
腕の疲れと比例するように卵液の音が徐々に聞こえなくなり、濃い黄色の液体が沢山の空気を抱き込みクリーム色へと変化していく。
卵がいい感じにフワフワしてきたら、泡立て器ですくい『の』の字を描く。十秒数えても字が崩れないことを確認したら卵の泡立ては終了だ。
折角泡立てた卵が潰れないよう、小麦粉を薄く広げるようにボールに加えて木べらで切るように混ぜる。この際、なるべく混ぜる回数が少なるよう手早く、しかし粉っぽさがなくなるまで混ぜたら生地を一すくい取り、溶けたバターと牛乳が入った小さいボールに入れて伸ばす。
バターと牛乳と一すくいの生地が混ざったら大きなボールに円を描くようにして戻して、木べらで数回切るように混ぜる。
これで生地は出来上がり。
あとはフライパンで焼くんだけど、ここからは時間との勝負だ。




