№15 夢見た晩餐
――王城の一角にある大広間。
煌くシャンデリアに、細やかな細工が華やかな調度品。
美しい旋律を奏でる楽団と、リズムを刻みながら踊る人々。
赤ワインや白ワインや果実酒など色とりどりの酒で満たされた杯が並べられた台の側には、肉や魚や野菜をふんだんに使った贅を尽くした料理が並んでいた。
――どれから食べよう。
どこから手を付けていいのかわからない。
綺麗に盛り付けられた料理が敷き詰められた机の先には、これまたカラフルな果物が載せられており、この世界にきて初めて私は食べきれないほどの食べ物に囲まれている。
こんな幸せなことはない。
生きててよかった――。
山の調査から帰還して三日目。
崖の崩落で物資を失いつつも誰一人欠けることなく戻れたことを祝して、オリュゾンの王城でちょっとしたパーティーが開かれていた。
調査に参加していた騎士や魔法使いの方々も参加しているため雰囲気は軽く、衣装に着られている私やレイスが混じっていても悪目立ちすることはない。
城で宴を開くって言われた時はお断りしようと思ったけど、参加してよかった。
瑞々しいサラダや一口大に切られたチーズ各種、鳥の丸焼きやラムの香草焼き、白身魚とトマトの窯焼きに貝が覗くグラタン、それからホカホカの白ご飯と生姜焼き。
調理長という驚きの紹介と共にマルクさんが豚の丸焼きを持って登場した時は、招かれた紳士淑女の皆様から悲鳴が上がったけど、ルクト様が語り出せば徐々に治まり。
多少脚色された生還劇が語られ、仰々しく国王陛下や王妃様が豚の丸焼きを口に運べば、貴族達がこぞって追従していた。
そんな一幕が功を奏したのか、豚肉料理は案外あっさりと受け入れられ、生姜焼きなどは順調に減っている。
その光景にどんな喜劇だと噴出してしまったのは、許してほしい。
まぁ、騎士達も似たような感じだったけどね……。
ルクト殿下やジャン達が食べて美味しいと評価したことで、残っていた豚さんのお肉は寄せ鍋にして美味しくいただかれることになった。
その時点では恐々と口に運んでいる方々も居たんだけど、一度味わったら吹っ切れたというか、見た目が気にならなくなったらしく。
翌朝、張り切って捕獲作戦が決行された。
なんだかんだいって皆、正直だよね。
そんなこんなで、大量に捕獲された豚さんを食べつつ町を目指すこと十日ほど。
私達は予定より早い帰還を驚かれ、経緯を知った人々に無事の生還をこれでもかと喜ばれ、このパーティーに至る。
茸に自然薯に大葉に豚肉。
見つけた種類は少ないものの、豚さんはこれから大々的に養殖される予定だし、王太子殿下は無事に戻ってきたし、成果は上々、らしい。
さりげなくお米も売り込んでおいたし……。
どさくさ紛れに食べさせたお米をルクト様は気に入ったらしくマルクさんが炊き方を覚えていったので、こちらも徐々に浸透していくことだろう。
まぁ、損はなかったかな、と思う。
崖崩れに遭ったことで給金も弾んでくれたので、懐も温かいしね!
何買おうかなとウキウキしつつ、お城の料理に舌鼓を打っていると、耳を掠める微かなざわめき。
振り向けば、先ほどまで壇上に居たルクト殿下がジャンとマルクさんを引き連れてこちらに向かって来ていた。
「楽しんでいるかい? マリーさん」
「はい」
そう答えれば、それは良かったと微笑むルクト様。
麗人の微笑みに令嬢達が黄色い声を上げているというのにピクリとも反応しないルクト様は、存外イイ性格をしておられる。
案外腹黒いし……。
旅の後半で垣間見てしまった顔を思い出し、愛想笑いを浮かべる。目的のためならば形振り構わないと宣言していた彼は、優しい笑顔で部下を限界までこき使うタイプであり、できればあまり関わりたくない。
しかし。
「それであの話は考えてくれたかな?」
「え、三日ではまだちょっと……」
「それは申し訳ない。でもそれだけ私は君を欲しているのだと、覚えていて」
髪を掬い零されたルクト様の台詞に、聞き耳を立てていた令嬢が倒れた。
私を見詰めるブルーの瞳は弧を描いており、確信犯であることを告げているから質が悪い。
「まぁ、俺も歓迎する。できれば殿下じゃなくて、俺の方に来てほしいけどな」
そんな殿下の後ろから顔を覗かせたのマルクさんの言葉に、何処からか「マルク料理長?」なんて叫びが聞こえてきた。
殿下の先の戯れのあとの発言だったので、誤解を生んでしまったのだろう。迷惑な勘違いである。
怪しくなってきた雲行きに、この人達をどうにかしてくれと黙って控えていたジャンを見上げれば、なにを思ったのかキリッとした表情を引き締めた。
なんだか嫌な予感する……。
「不安に思うことはない。お前がどちらを選ぼうとも、なにかあったら私が助けてやる」
予感的中。
頼もしいジャンの宣言に「うそだろ」と通りがかった貴族が目を見開き、手にしていた杯を取り落とす。その所為で多くの視線が集まり、野次馬が増えた。
騒ぎが大きくなったことで、こちらの事態に気が付いたのだろう。ベルクさんとレイスがやって来る。
やめて。今は来ないで。
しかし願いは届かず。
「雁首揃えてどうした。綺麗になったマリーの取り合いか?」
ベルクさんがいつもどおり軽口を叩くが、タイミングが最悪だった。
周囲が「本当にあの三人が?」、「あれはどこの令嬢だ」とより一層色めき立つ。
「駄目だ。マリー」
そしてレイスの登場が極めつけだった。
「君がいなくなったら、俺はどうしたらいい?」
私の手を取り切なげな声でそう言ったレイスに、辺りは水を打ったように静まり返ったのだった。




