№15 夢見た晩餐 2
――ハッ!
息を呑み、バチッと目を見開いた私はガバッと身を起こし、跳ね起きる。
小さな洋服ダンスと二人掛けのテーブル。
簡易な台所に置かれた魔石コンロと増えた調味料。
秤と蒸し器や炊飯器などの調理器具。
それから三年前の報酬で手に入れた勇者印の冷凍室付き冷蔵庫と洗濯機。
夢、か……。
反動でギシギシなる木製のベッドの上から眺める、十畳ほどの小屋に変化はなく、額に浮かんだ汗を手で拭い、ホッと安堵の息を吐く。
三年前のあの日。
未開の山の調査からの生還を祝うパーティーは、意図的や無意識に大事な言葉を省いた男達の所為で大騒ぎであった。
「それは申し訳ない。でもそれだけ私は君(の食材への知識と調理技術)を欲しているのだと、覚えていて」
というルクト殿下の囁きに始まり、
「まぁ、俺も歓迎する。できれば殿下(の部下)じゃなくて、俺(が働いてる厨房)の方に来てほしいけどな」
と言ったマルク料理長や、
「不安に思うことはない。お前が(殿下の部下と厨房の料理人)どちらを選ぼうとも、なにかあったら私が助けてやる」
と宣言したジャン。
「雁首揃えてどうした。綺麗になったマリーの(就職先の)取り合いか?」
最悪のタイミングで軽い口を叩いたベルクさんと、
「君がいなくなったら、俺(の夕食)はどうしたらいい?」
と手を握ったレイス。
王太子殿下をはじめ五人の男性に取り合われた女性として、好奇の視線を浴びた私は一、二もなく逃げ帰った。
この私が、ご馳走を目の前に逃げ出したのだ。
どんな状況であったのか、察してほしい。
後日、やり過ぎたとルクト殿下から謝罪の手紙がきたけど、あれほどの騒ぎになって城に上がるわけがない。
王太子殿下の部下もお城の料理人の職も丁重に辞退した私は『食材研究員』という役職をいただき、極たまーにオリュゾンの発展に貢献しながら日々を過ごしている。
二度寝はできそうもないし、起きようかな……。
三年前のトラウマを夢に見た所為で、折角のお休みなのに目が冴えてしまった。
いまだ動き続ける腕時計によれば、現在時刻は朝の七時。
地球に居た頃は休みの日なんて昼過ぎまで寝ていたのに、すっかり規則正しい生活が身に付いてしまった。
――チュンチュン、ピーピピ、コケッコー。
健康的な体を感慨深く思いながら、小鳥達や鶏の鳴き声をビージーエムにカーテン代わりの布を開け放つ。
眩しい光に目を細めつつ空を見上げれば、綿あめみたいな白い雲とオーロラが揺らめく青い空が一面に広がっていた。
「…………は?」
この世界に落ちた時に見たのと同じ幻想的な空に、間抜けな声が漏れる。
これは一体何事なのか。
驚きを上回る混乱に、ただボーと空を見つめる。
数分か十数分か。
どれほどの時間が経ったのかはわからないが、消えることなく青空を彩る女神様のベールに呆けること、しばし。
コンコンコンと丁寧に叩かれた戸に、ハッと我に返る。
そして。
「――朝早くから失礼いたします。伊藤勇人と申す者ですが、田中真理さんはご在宅でしょうか?」
懐かしい抑揚で私の名を紡ぐ声を、聞いたのだった。




