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[第六章]真相編 ―馬鹿を閃く朝2/2―

 真弥からノープス真命会についての情報を得た、翌日。克己は、八建睡眠科学研究所を一望できるアパートの一室を借り、張り込みをしていた。

 克己が情報を伝えた当初、本部の反応は冷ややかなものであった。当然だ、署が総力をあげて捜索しているノープス真命会の拠点が、民間人――それも匿名――が発見したなどと誰が信じるだろうか。

 だから克己は報告をしてからすぐに八建睡眠科学研究所の張り込みを志願し――その情報が真実であると証明してみせた。

 既にノープス真命会に対する逮捕状は出ているため、今すぐにでも八建睡眠科学研究所に強制捜査に入ることは可能だ。現に八建睡眠科学研究所の周囲には、八建警察署署長の指示で、克己以外にも無数の警察官がいつでも突入出来るように張り込んでいる。

 だが、警察は動けずにいた。原因は、田辺栄人の存在である。

 警察の強制捜査に伴い、ノープス真命会が田辺栄人に危害を加えるかもしれない。警察として、それだけは絶対に避けなければならない。

 故に警察は、田辺栄人の安全を確認出来るまで、八建睡眠科学研究所に踏み込むことが出来ない状況にあった。

 

「でも、先輩って本当に凄いですね! ノープス真命会の潜伏場所を突き止めるなんて、お手柄ですよぉ!」


 張り込み中だというのに、克己の横でキャピキャピと笑っている女性は、犬飼歩智(いぬかいほとみ)。他の署から転勤してきた際に、克己に面倒を見て貰ったことが切っ掛けで、彼にすっかり懐いていた。仕事中も克己を見かけては、笑顔でてとてと(・・・・)と傍に駆け寄りはしゃぐ姿は、周囲の人間に犬を連想させていた。

 

「犬飼くん。キミは、今がどういう時か分かっているのか? 少しは緊張感というものを持ちたまえ」

「はぁーい」


 歩智の気の抜けた返事に、克己は頭痛を覚えた。

 確かに張り込みは二人組で行うことが基本であるが、だからといって、彼女と一緒でなくても良いではないか。所帯を持つ身である自分が、若い女性と二人きりで仕事をするのは如何なものか。克己は、この組み合わせを決めた上司の顔を思い出し、心の中で舌打ちした。今に見ていろ、近い将来お前を出し抜いてやる。

 

「それにしても、『さがしや』の人たちって果たして本当に信用出来るんですかねぇ」


 歩智は、双眼鏡で研究所を覗きながら呟いた。

 

「なに?」

「だって、そうでしょう? ホトたち警察ですら掴めなかったノープス真命会の潜伏場所を、人探しのついでに見つけるとか、ちょっと眉唾ものですよ。もしかして、ノープス真命会と繋がっているんじゃ……」

「それはない」


 克己は間髪入れずに反論した。

 

「言い切りますね」

「悪意はないとはいえ、信頼している人間を貶されるのは気分が悪いのでな。『さがしや』の二人は、他人に寄り添うことが出来る人間だ。そのような人間が、他人を食い物にするような連中と関わりを持つはずがない」

「そうですか……先輩にそこまで言わせるなんて、凄い人たちなんですね」


 歩智は双眼鏡に隠れた瞳に寂しさと好奇心を漂わせたが、克己がそれに気付くことはなかった。

 

「あーあ、ちょっと嫉妬しちゃいますぅ。ホトも『さがしや』になろっかなぁ」

「馬鹿なことを言ってないで、集中しろ」

「はぁい。……って、ああ、見てください先輩! 研究所に誰か入っていきますよ!」


 突然、歩智が浮かれた声をあげる。

 克己は、注意した傍から緊張感を欠く歩智に、ため息を付きたくなる気持ちをぐっと抑え、歩智が指をさす方角へと双眼鏡を向けた。

 

「でもあの人、良く見ると格好良いかも? あの人もノープス真命会なんですかねぇ?」


 歩智の言葉に、克己は何ら返事をしなかった。いや、返事をするのを忘れていた。

 何故なら、双眼鏡を通して克己の目に映る人物は、ここに居るはずのない、居てはいけない男だったからだ。

 

「悠馬、貴様どういうつもりだ!」


 怒り心頭に発した克己は、我を忘れ罵声を悠馬に――もっとも、その罵声は悠馬に届くことはないが――ぶつけた。

 

「先輩、あの人を知っているんですか?」

「知らん」

「でも今、ゆうまって」

「UMA、未確認生物だと言ったんだ」

「ははぁ、なるほど。実はわたし一度で良いから、ラーガルフリョゥトルムリンに会ってみたいと思ってるんですよねぇ」

「……それはUMAではなく、神話の生き物だ」


 克己は、ズボンのポケットから取り出した携帯電話を握りしめた。着信があった際、一秒でも早く電話に出られるようにするためだ。


 『マシン』の心地よい駆動音で支配されたこの空間が、岡峰あずさは好きだった。

 あずさは、荒くなった息を隠すこともせず、光悦とした表情を浮かべ、まるで男の肌を触るような手つきで『マシン』の表面を撫でまわした。

 

「あぁ、愛しい子……。もっと、もっと、動いて。そして、私たちの『夢』を叶えてちょうだい……」


 二十四時間稼働し続ける『マシン』の過熱対策は万全であるが、『マシン』の表面に肌を密着させているあずさの顔は紅潮していた。額に汗がにじむ。あずさは白衣を脱いだが、まだ暑い。今度は上着を脱ごうと手を掛けたところで、部屋の扉が開いた。

 

「失礼し……し、失礼しました!」


 扉を開け部屋に入ってきた男は、今にも上着を脱ごうとするあずさを見て、慌てて彼女に背を向けた。

 

「別に構わないわ。それで、一体何の用かしら?」


 当のあずさは、一切の羞恥心を感じる様子はなく、その姿のまま男に話を促した。

 

「は、はい。実は、例の『モニター』の志願者がやってきまして……」

「あれは、今月末に一括で執り行う予定だと言ったはずよ」

「ええ、ですから、案内にもそのように記載したのですが」

「待ち切れず、やってきたと?」


 困惑した表情で頷く男に、あずさは冷淡に言い放つ。

 

「追い返しなさい。今はまだ『被検体』のデータ採取の段階よ。これから集めたデータを分析し、そしてその結果を元に『この子』を完璧に仕上げる。実験台(モニター)を使っての最終調整はそれからよ」

「ですが、その、実はその志願者なのですが……」男は持参したレポートに視線を落とす。「資金集め及び新規信者獲得のための訪問販売の中で行った、我々ノープス真命会の『適性テスト』で、被検体の少年と同じ点数を出しているのです」


 男の報告を聞いた途端、あずさの冷めた顔が熱を帯びた。

 あずさは興奮した表情で、男が持ってきたレポートを奪い取る。

 

「……素晴らしい、素晴らしいわ。これほどの逸材が、同じ町で二人も見つかるだなんて!」


 あずさは恋煩いにも似た胸の高鳴りを感じていた。

 思えば、あの少年と初めて会話をした夜もそうだった。

 家庭を保つことすら出来ない非力な母親を誑かし、家族全員に『適性テスト』を受けさせた際に見つけた、逸材。

 それから、彼について徹底的に調査した。

 若くして社会からはじき出され、歪んでしまった自我。自分以外の人間を、ひいては世界そのものを拒絶し続けた果てに、遂に彼は一つの答えに辿り着く。


「死による、現世からの解放」そして「死こそが、自らの潜在能力を引き出す唯一の手段」


 あずさは、感動のあまり脳が蕩けたような感覚に襲われた。まさか、ノープス真命会の真理に、教祖から信託を授かることなく、自らの力のみで辿り着ける人間がこの世に存在していたなんて!

 だからあの夜、あずさは必死に興奮を抑えながら、少年――田辺栄人と接触した。

 たった一人で真理に辿り着いた彼を、ノープス真命会に迎えるために。

 たった一人で真理に辿り着いた彼の脳を研究するために。


 ――「それは、貴方の『夢』が、私の研究のテーマだからよ」


 夢のメカニズムは未だ明らかになっていおらず、様々な説が存在しているが、その中でもあずさは「夢とは脳が情報を整理する過程で生み出される」という説を支持している。そして、あずさはそこから逆説的に「夢の内容を分析すれば、脳に記録された情報と思考過程をトレースすることが出来るのではないか」と考えた。

 それを立証するために開発したのが、あずさが「我が子」と愛でる『マシン』――夢情報収集装置『ホープ』である。

 元々はノープス真命会が使用していた脳開発装置を改造したもので、被検体の脳に常に特殊な電波を当て続けることで、被検体のレム睡眠状態を維持し強制的に夢を見させて、その内容を二十四時間記録し続けるのだ。

 『ホープ』によって出力された田辺栄人の夢は、あずさにとって見るに堪えない浅ましいものであった。だが、その夢を分析した先にある情報こそ、教祖を失ったノープス真命会の新たなる教えになると信じ、今日まで彼の夢を研究してきたのだ。


(……最近、何故だか彼から得られる夢情報の精度が落ちてきているし、あの子(ホープ)を完璧に仕上げるためにも、被検体のデータは多いに越したことはないか)


 あずさは、自分たちの未来のために健気に働く我が子を見つめた。今はまだ一人(・・)しかおらず、田辺栄人に付き合わせているために手が空いていないが、だからといって、新しい被検体を追い返すのは勿体ない。それに今回は自ら進んでこの研究所まで来たということだが、追い返したことで気分を損なわれても厄介だ。ならば、その被検体を招き入れ、田辺栄人の研究が一段落するまで、ゆっくりと(・・・・・)待ってもらう(・・・・・・)方が得策だろう。

 

「気が変わったわ。その志願者を、私の元へと連れて来てくれるかしら?」


 ほどなくして、連れて来られた志願者を見て、あずさは顔を歪めた。

 ワインレッドのシャツに黒色のベストというセンスの悪さもそうだが、何より彼女が気に入らなかったのは、その男の自信に満ち溢れた顔だった。ノープス真命会の教えもなく、この醜い世界で生きていけると勘違いしている人間は皆決まって彼のような顔をし、それはあずさが最も嫌悪する人種であった。

 だが幸い、あずさはその本性を隠すことが出来るほどには大人であった。だからあずさは、人当たりの良い笑みを浮かべ、彼に手を伸ばした。

 

「この研究所で所長を務めさせて頂いている、岡峰あずさです」

「鳴海悠馬だ。アンタたちの安眠枕には世話になったぜ」


 悠馬と名乗る男が浮かべる不敵な笑みに、あずさは得体の知れぬ恐怖を感じた。いや、違う。これは嫌悪感だ。そう思い込むことにした。


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